◆ことばの話655「ぶどう酒」
4月11日、産経新聞に小さな記事が出ました。
「名張毒ぶどう酒事件の再審棄却」
三重県出身の私も、名前は聞いたことがありますが、詳しくは知らない事件です。それもそのはず、この事件が起きたのは、今から41年前の1961年(昭和36年)、私の生まれた年です。死刑が確定した奥西勝被告は76歳で、名古屋拘置所の在監中。今回は第六次の再審請求・特別抗告だったのですが、最高裁はこれを棄却。弁護側は4月10日午後、名古屋高裁に第七次再審請求を申し立てました。
この記事の見出しの
「ぶどう酒」
に時代を感じますね。
今なら間違いなく「ワイン」ですよね。
思えば、1970年代、「金曜日には花とワインを買って帰ろう」というコピーでメルシャン
が「デリカワイン」を売り出しブームになりました。1980年代前半には、一升ビンに入った「地ワイン」ブーム、そして80年代後半から90年代初頭のバブル期における、「ボジョレー・ヌーボー」ブーム、そして、1995年頃からの本格的なワインブームと、私が経験しただけでもこの30年ほどの間に4回はワインブームがやってきています。もちろん、70年代のデリカワインの頃はまだ小学生でワインは飲めませんでしたが、あまりお酒が飲めない両親が、300mlくらいの容器に入ったワインを買ってきては、その後のビンに花を生けて食卓に飾っていたのを思い出します。あのワインは「ロゼ」だったと思います。
初めて自分が飲んだワインは、ドイツワイン。「オッペンハイマー」という銘柄でした。白ワインです。
ボジョレーの時は、本当にブームで終わってしまいましたが、今回のブームは、社会的にも、ブームの後にしっかりと「ワイン」を飲む習慣が根づいたと思います。少なくとも我が家ではそうです。そのきかっけは、ブルゴーニュ・ワイン。ジャン=グロの「ヴォーヌ・ロマネ」でした。
今後もう「ぶどう酒」という言葉はきっと「死語」になっていくのでしょうが、「毒ぶどう酒」などというもので発生する事件も、2度と起きて欲しくないのは、言うまでもありません。
もっとも「白ぶどう酒」「赤ぶどう酒」なんていう言い方は、ちょっとハイカラで、いいかもしれませんがね。
2002/4/16
◆ことばの話654「悩ましい」
ムネオ・キヨミ・コウイチ。
それぞれ今年に入ってからスキャンダルを起こし、国会を騒がせた人たち。
この3人について、警察・検察が「刑事責任」を問えるのかどうか。どういうふうな手段、手順で証拠を集めていくのか、といったことに関して、元・特捜検事の河上さんが4月11日の「ズームインSUPER」の中で、こんなことをおっしゃってました。
「捜査をどうするか、検察は、ちょっと悩ましいですね。」
ん?悩ましい?
「悩ましい」というコトバは、私にとっては、
「悩ましい視線」
のように「なまめかしい」「色っぽい」という使い方をするものだと思っていました。
しかし、「広辞苑」で「悩ましい」を引くと
【1】なやみを感ずる。難儀である。くるしい。
【2】病気などのために気分が悪い。
【3】官能が刺激されて心が乱れる。
というふうに、「悩む」という意味での「悩ましい」(【1】の意味)が載っていました。
また「三省堂国語辞典」でも、
【1】心がはればれしなくて、つらい。(例)「悩ましい春」
【2】愛の欲望が起こって、がまんしにくい状態だ。(例)「悩ましい場面」
【3】どうしたらよいかなやんでいる状態だ。(例)「悩ましい問題」
「三省堂」の場合は、河上さんの「悩ましい」は【3】の「悩ましい問題」ですね。
でも、ちょっと見てみたいのは【2】の「悩ましい場面」ですね。18歳以下、お断り。
R18指定です。
「悩ましい」ということば一つをとっても、このようにビミョーな意味の違いがあるなんて、本当に「悩ましい」ですねえ〜。
2002/4/12
◆ことばの話653「覆すと翻す」
お昼のニュース。先月滋賀県の信楽町で水道水が汚染されるという「事故」がありました。
その時に警察の事情聴取を受けた工場が、当初「薬品の流出はなかった」と話していたのですが、実は「雨水として流出の可能性があった」と報告していたことがわかったのです。
"当初"のニュース原稿は、
「当初の説明を、覆(くつがえ)していたことがわかりました。」
となっていて、そのとおり下読みをしていたのですが、デスクが悩んだ表情をして近づいてきてこう言いました。
「道浦さん、『覆す』で良いですかねえ?」
「え?どういうこと?他にどんな言葉があるの?」
「『翻(ひるがえ)す』の方がいいんですかねえ。」
あ。そう言われてみれば、「覆す」より「翻す」の方が良いような気がしてきた。
「意味は違うんですかね?どちらも、今までと180度反対のことにするって感じがするんですけど。」
「うーん、確かに、微妙に違う気がするねえ。」
と言いつつ考えてみると、「覆す」は、「何か他人が発表したものをひっくり返す」気がしますし、「翻す」は「以前自分が主張したものを否定して、全く違う考えを発表する」ように感じられます。
辞書を引いてみましょう。「日本国語大辞典・第二版」(小学館)。
「覆す」
【1】 上下を反対にする。ひっくりかえす。うらがえす。転覆させる。
【2】 国家、権力、旧家などを下から倒す。ほろぼす。
【3】 既成のものを否定して根本から変える。
「翻す」
【1】 ひらりと返す。さっとひっくりかえす。うらがえす。
【2】 身を躍らせて飛ばす。また風が強く吹いて物をあおる。
【3】 旗や幟(のぼり)を立てて風にひらひらさせる。風になびかせる。ひらめかす。
【4】 今までの態度や説を急に変える。今までと逆にする。反対にする。くつがえす。
【5】 原作をもとにしてその内容を作りかえる。
この場合は、【4】の意味でしょうね。【4】には「くつがえす」とありますので、そういった意味では「どっちでもよい」となるかもしれませんが、「広辞苑・第五版」を引いて、「覆す」と「翻す」の例文を見ると、
「定説を覆す」
「前言を翻す」
となっていて、ここから見ても「覆す」は他の人が、「翻す」は当人がという気がしますね。前言を翻さなくて、すみそうです。
2002/4/12
◆ことばの話652「鍵と錠」
「鍵をかける」「かぎをあける」「カギを壊す」
といった言葉があります。しかしこのうち「かぎをあける」「カギを壊す」は、正しくは、「錠をあける」「錠を壊す」ではないか?という議論があります。
関西地区新聞用語懇談会で去年の秋に、加盟24社の委員に「『カギを壊す』という表現を許容するか」どうかについてのアンケートを行ったところ、
(A)おおむね許容………20社(83、3%)
(B)限定的に許容………1社(4,2%)
(C)原則的に不可………3社(12,5%)
という結果が出ました。
まあ、妥当な線だと思います。一般的には「カギを壊す」の方が圧倒的に使われているでしょうから。でも「理屈」で考えると、やはり「錠を壊す」なんですよね。
なぜ、「錠を壊す」が「カギを壊す」になってしまったのか?
考えるに、昔は「錠前」というものがありました。もちろん今もありますが、少なくなった。また、「南京錠」も普通の家にいくつでも(?)ありましたよね。今でも一軒家、一戸建てのおうちにはあると思います。しかし、マンション住まいの我が家には、ひとつもありません。そして、「錠」はドアノブと一体になってしまって、外から見えるのは、「鍵穴」だけなのです。その上、当然のことながら自分で持ち歩くのは「鍵」。その閉まったドアを開けるのも「鍵」です。マンションの住人にとって身近なのは、「錠」ではなく、「鍵」。ここがまさに「カギ」なのです。
言葉の上から「錠」が消えたのは、「錠」そのものが目に見えなくなったことと関係があるのではないでしょうか。見えないものに名前を付けるのは、結構難しいことなのでしょうね。
2002/4/12
◆ことばの話651「ヘルシー、おいしい」
A社のコマーシャルを見ていると、若い男女のタレントが、商品のお菓子を食べていわく、
「ヘルシー!」
「おいしー!」
B社のコマーシャルを見ていると、若い女性タレントが、商品のサラダを手にいわく、
「ヘルシー、おいしい!」
・・・・・・。
要は、「健康的(ヘルシー)」な上に「美味・おいしい」、そしてそれを表現する上で、
「ヘルシー」の「シー」と、「おいしい」の「しい」が同じなので、「脚韻」を踏んだような状態
になっているのです。その口調が良いので、コマーシャルでもよく使われているのでしょう。しかし・・・・・・なーんか、安易な感じがしませんか?まるで「合い言葉」の代名詞として
「山」
「川」
を使っているような感じ。昨日、マンガを読んでいたら、「合い言葉」を言うシーンで、
「山」
「川豊」
というのがあって、「ちょっと捻ってるかな、笑いの要素を取り入れているし」と思ったのですが、この「ヘルシー」「おいしい」という呼応には、「笑い」が感じられません。耳にするたびに気になって仕方がありません。うーん、どうしてでしょう?「慣れ」の問題なんでしょうかね?
若い人は「ヘルシー・おいしいというようなコマーシャルについて、どう思うか?」と思って、20代の後輩、数人に聞いた所、
「なんとも思いませんね。プラスにもマイナスにもなってないんじゃないですか。」
やっぱりそうか。でも「ヘルシーじゃなくて、おいしくない」よりは、ずっといいんですけどね。それとこれとは、別の話です。
2002/4/12
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