◆ことばの話650「ドライバー」

4月10日、滋賀県大津市の山の中で、不審な車両を発見した近くの住民が警察に通報、駆けつけた警察官が職務質問しようとしたところ、この車はパトカーに体当たりして逃げようとしたため、警官が発砲、運転していた男が死亡するという出来事がありました。



警官の発砲の是非はともかく、テレビニュースによると、この車の中には、



 「ドライバー」



などが残されていたというのです。



この場合の「ドライバー」というのは、「ねじ回し」のドライバーです。



「NHKアクセント辞典」によると、「ねじ回し」の「ドライバー」のアクセントは、平板の、



「ドライバー(LHHHH)」



しかありません。これに対して、「運転者」の意味の「ドライバー」は、



「ドライバー(LHLLL・LHHHH)」



という中高と平板の2種類のアクセントが載っています。おそらく、「運転者」のドライバーの平板アクセントは、あとから出てきたものでしょう。



ふだんは「運転者」のドライバーのアクセントは、中高でも、平板でもどちらでも「まあ、いいか」と思っていましたが、今回のように、



「車の中にドライバーが残されていた」



というような状況では、同じアクセントではどちらの意味か、分かりにくいことになります。あ、もしかしたら、残されていたのは「ゴルフの1番ウッド」=「ドライバー」と思う人がいるかもしれない。これも「平板アクセント」ですよね?「ねじ回し」よりはこちらを車の中に残している人の方が多いのでは?ゴルフをしないのでよくわかりませんが。



「広辞苑」(岩波書店)「ドライバー」を引いてみると、



【1】 自動車などの運転者・操縦者



【2】 ゴルフで、主にティー・ショットに用いる飛距離が出るクラブ。ウッドの1番。



【3】 ねじまわし。スクリュー・ドライバー。




やはり3つ意味がありましたか。でも「スクリュー・ドライバー」というと、私は「ねじ回し」よりも、「カクテルの名前」の方が先に思い浮かびます。



同音異義語が多い日本語の場合、せっかくアクセントで意味の区別が出来る場合には、それに従った方が良いのではないかなあ、と思わせられる出来事でした。でも意味が3種類あったら、3通りのアクセントで言い分けるのも大変だなあ、不自然だし。



2002/4/12


◆ことばの話649「暑い・熱い・厚い」

この4月から、いわゆるアナウンス学校のようなところで月に3回ほど、僭越ながら「共通語」について教えています。といっても、まだ2回しか行ってないのですが。



共通語を教えるにあたって、私がポイントとしたのは、



【1】アクセント



【2】鼻濁音



【3】母音の無声化




の3点です。このうちアクセントに関しては、特に「同音異義語」のアクセントに注意するように指導しました。



その練習の中で、「暑い・熱い・厚い」の区別についてというのが出てきました。これらのアクセントは、



「暑い(LHL)」



「熱い(LHL)」



「厚い(LHH)」




で、「暑い」「熱い」は中高アクセント、「厚い」は平板アクセントです。



しかし、最近テレビを見ているとアナウンサーの中でもこのアクセントがあいまいな人をチラホラ見掛けます。特に、 「熱い戦いが続きました」



という場合の「熱い」のアクセントが、本来「LHL」の「中高」のはずなのに、



「LHH」と平板になっているのです。



その話をして、「みなさん注意しましょうね。」と言った上で、生徒に



「暑い日に 熱い鍋を 厚い本の上に置いた」



という文章を読ませたところ、21人中6、7人が「熱い」のアクセントを「LHH」と平板で読んだのです。しかもその中の3人ほどは、何回かチェックしても、なかなか正しいアクセントに直りませんでした。その様子を見て、



「最近、若手アナウンサーが平板で"熱い(LHH)"と言っているのも、もしかしたら世の中では"熱い"は平板アクセントに変わりつつあるのではないか?」



という疑念が浮かんできました。



そんな時、小森法孝著「日本語アクセント教室」(新水社1987年1刷、2000年10月25日4刷)という本を読んでいたら、「厚いと暑い・・・・・・?」という項があり、



『形容詞の同音異義語というと「熱い・厚い」と「厚い」の組み合わせがありますが、困ったことに最近これに関してアクセントの混乱が見られます。「熱い(ドミド)」という起伏型の形容詞が「熱い(ドミミ)炎」「熱い戦い」「熱いまなざし」「熱く燃えて」のように平板型として発音される例が目立っているのです。(中略)おそらく最初は単なる個人の勘違いか間違いであったものがマスコミの電波に乗って思いがけず広まってしまった、一種の流行現象といった側面も大きいのではないでしょうか。』



と書かれていました。著者の小森法孝さんは、フリーアナウンサーでアクセントトレーナー(そんな名前の職業もあったのですね。)で昭和24年生まれ。文化放送、北日本放送のアナウンサーを経て、フリーになったそうです。



やっぱり、そうだったんだ!まさに「わが意を得たり」という感じです。



「熱い」思いが込み上げてきました。



「熱い」はやっぱり、中高アクセントの「LHL」でいきましょおおおお!!

2002/4/10


(追記)

「男はつらいよ、知床旅情」(1987年)という「寅さん」の映画の中で、寅さんこと渥美清が「厚い」を中高アクセントの「あつい(LHL)」と言っていました。若き日の竹下景子がマドンナでした。


2003/10/6


◆ことばの話648「ヤラハタ」

田中克彦「差別語からはいる言語学入門」(明石書店・2001年11月15日、1刷、2002年2月15日2刷)という本を読んでいたら、



「ヤラハタ」



という言葉が出てきました。第8講の「略語のサベツ効果について」という項目です。略語にすることで、サベツ的な表現になることもある、その具体例について記されています。その一つの例としてこの「ヤラハタ」が出ているのです。意味、わかりますか?



この本によると「語源はヤラズニハタチニナッテシマッタ」という若者ことばで、



「若者にとっては抑圧的である社会に対する抗議の気持ちを含んだ、境界設定的な動機があることはたしかであり、便宜だけではない、一種のイデオロギー的行為である。そのことを感じとるからこそ、社会はこうした一連の若者ことばに苦々しい気持ちや敵意をいだくのであろう。」(93p)



と記されています。何を「やらずに」かは、ご想像にお任せします。



私はかろうじてこの言葉の意味はわかりましたが、若い人に聞いても、知っている人と知らない人が混在しています。後輩のUアナに「ヤラハタって言葉知ってる?と聞いたところ、



「道浦さんぐらいのおじさんが若い頃に使った若者言葉じゃないですか?」



と言われました。そう言われればそんな気もします。



インターネットの検索エンジンGoogleで「ヤラハタ」を調べた所、290件使われていました。(4月11日現在。)ひらがなの「やらはた」も263件ありましたが、こちらは、



「〜やら、はたまた・・・」という文章が引っかかったことが多かったようで、今回取り上げている意味の「ヤラハタ」は、カタカナ表記に限るようです。



と思ったのですが、少し前(1998年3月)に出た、梅花女子大学の米川明彦教授が書かれた「若者ことばを科学する」(明治書院)には、「やらはた」とひらがなで項目として4回、紹介されています。そこには



やらずにはたちになる→やらはた(36p)



「やらずにはたちになる」を「やらはた」といった具合である。(45p)



やら(ずに)はた(ちになる)(53p)



とあるほか、1982年版「現代用語の基礎知識」の女性を表す語として「やらはた」が載っているということも記述されています。



おお、1982年と言えば、まさに私の大学生時代!現在40歳前後の人たちの「若かりし頃」ではないですか!まさに、「道浦さんぐらいのおじさんが若い頃に使った若者言葉」ですね。ただ、注目すべきはこの「やらはた」が、1982年当時「男性を表す言葉」としてではなく「女性を表す言葉」と分類されていることではないでしょうか。現在は「男性を表す言葉」として使われていると思います。



冒頭にご紹介した田中克彦氏(一橋大学名誉教授)は、この「ヤラハタ」という言葉を、「先日、ことばに関するある研究会の席で『ヤラハタ』(語源はヤラズニハタチニナッテシマッタ)という若者ことばが紹介された。『差別語からはいる言語学入門』」と書いていますが、もしその「先日」というのが最近であれば、「ヤラハタ」という「若者言葉」は、その対象を女から男に変えながら、20年の永きにわたって「若者言葉」たりえた、貴重なコトバなのかもしれません。(実際に「ボク、ヤラハタでした。」となぜか誇らしげに話してくれた20代前半の若者がいましたから、そのことはそれを証明していると言えるでしょう。)



2002/4/11


◆ことばの話647「ケイン・コスギ」

人の名前は難しい。



まずそう申し上げましょう。



さらに、人の名前のアクセントも難しい、という話です。



過日、番組の中でYアナウンサーが、ケイン・コスギさんの名前のアクセントを



「HLLL・HLL」(Lは低く、Hは高く)



と、「ケイン」も「コスギ」も「頭高アクセント」で言ったところ、一緒に番組に出ていたタレントのKさんとIさんが一斉に



「そんなアクセントはないだろ!ケインコスギ(HLL・LHH)だ!!」



と、つっこんだのです。つまり「コスギ」は「LHH」という平板アクセントだと言うのです。



後日、Yアナウンサーが



「ケイン・コスギさんのアクセント、間違えちゃって、KさんとIさんに怒られたんです。」



と言ってきました。私は、その番組を見ていたので、自信を持って、



「大丈夫、君は間違っていない。」



と答えました。



私の記憶が正しければ、アメリカのアクション・スター(正確には、その息子)としてケイン・コスギさんが日本のマスコミに登場した時は、



「ケイン・コスギ(HLL・HLL)」



という頭高アクセントだったと思います。



今朝(2002、4、11)の「ズームインSUPER」では女性キャスターが、



「ケイン・コスギ(LHHHLL)さん」


と、くっつけたアクセントで呼んでましたが。



ちなみに英語に堪能な、Wアナウンサーに



「アメリカ人はケイン・コスギをどう発音するか?」



と聞いたところ、 「あえて高低アクセントで言うならばケイン・コスーギ(HLL・LHLでしょうね)」という答えでした。



それが、いつから「コスギ(LHH)」という平板になったのか?



おそらく、ケイン・コスギさんが、日本の東京のタレントとして定着した時からでしょう。関西では今でも「コスギ」は「HLL」です。「LHH」という平板アクセントは、東京の方言アクセントと、私は考えます。「大杉」(LHHH)の平板にあわしたのでしょうか?



「小」で始まる3文字の苗字「小○○」を読む時に、東京では平板で読む傾向がありますが、関西は頭高です。だから、KさんとIさん、関西ローカルの番組に出る時は、「コスギ(HLL)」と頭高アクセントで言って下さい。お願いします。



大体「コスギ(LHH)」という平板アクセントでは「濃すぎ」と、どう区別するのですか?



ちなみに関西の人の苗字で、東京とアクセントが極端に違う(ように感じられる)ものには、



  (関西) (関東)
田中 LHL LHH
中江 LHL LHH
下尾 LHL LHH
中尾 LHL LHH
箕田 LHL HLL
大田 LHL LHH
米田 LHL HLL
小室 HLL LHH


などがあります。特徴は、関西では「3拍中高アクセント」の苗字が、関東では「平板アクセント」になる傾向にあると言うことです。この他、微妙に違うものには、



  (関西) (関東)
三浦 HHH LHH
小澤 HHH LHH
中田 LLH LHH
前田 LLH LHH

などがあります。これは耳がいい人でなければ聞き分けられないかもしれませんが、「三浦」「小澤」に関しては、関西の方は「最初の音が下がりきっていない」のが特徴、「中田」「前田」は、上がるのが関東は2拍目に対して、関西は最後の3拍目というのが特徴です。



他にも探せばいくらでもあると思いますが。まあ、このへんで。



どう呼ぼうが、その人に変わりはないのですけれどねえ。一応、こだわってみました。

2002/4/11

(追記)
いやあ、2年3か月ぶりの追記ですね。
2004年7月11日のNHKのお昼のニュースで放送していた、1995年に起きた警察庁長官狙撃事件の容疑者逮捕のニュース関連で、NHKの末田アナウンサーは、「小杉巡査長」というのを、
「こすぎ(HLL)巡査長」
「小杉」を「頭高アクセント」で読んでいました。「こすぎ(LHH)」という「平板アクセント」ではありませんでした。

2004/7/18



◆ことばの話646「重傷と軽傷」



3月6日、大阪府枚方市で、犬の散歩をさせていた会社員の男の人が、車に乗っていた男に因縁をつけられた上、手製の銃のようなもの(結局、模造拳銃でした)で撃たれて大ケガをするという事件が起きました。



犯人と見られる男は指名手配されて、その後(3月12日)逮捕されたのですが、このニュースでは当初、被害に遭った男の人のケガの程度は、



「全治4週間の重傷」



と伝えられました。しかしその数日後のニュース原稿では、



「男性は軽傷を負い」



となっていたのです。数日の間に、ケガが軽くなったということでしょうか?しかし、当初は重傷だったのに、なんかおかしいなと思うと同時に、「全治4週間のケガは、重傷なのかどうか?」「軽傷と重傷の境目は、どこにあるのだろうか?」「重傷と軽傷の中間は、"中傷"?」などという疑問が噴き出しました。



そして3月13日の読売新聞朝刊によると、男の人は



「左足に約二週間のけが」



ということになっています。「2週間」だと「重傷」という感じではないですねえ。実体験から言うと「ねんざ」などでも2週間くらいかかりますし、「肉離れ」なんかは全治3週間以上かかりますよ。スポーツの怪我と、こういった名愛の怪我の「全治○週間」は、違うのではないか?という疑問も出てきます。



その疑問を抱えたままいると、3月29日読売新聞に、3月4日に起きた神戸の大学院生殺害事件関連記事で、



「知人男性 重傷だった」



という見出しの本文の中に、



「実際は約四週間の重傷だったことがわかった」



とありました。読売新聞は「(全治)4週間は重傷」と見ているようですね。確かに私もそう思います。



でも4月3日の日経新聞夕刊では、



「衆議院秘書を殴る〜奈良・五條市議を書類送検、通夜参列代理に立腹」 という見出しの記事が。本文の中には、



「『なぜ本人が来ないのか。なめているのか』と怒り、あごを手で突き上げるなどして、四週間のけがを負わせた疑い。」



とありましたが、「四週間のけが」という文字は見えますが、この記事には「重傷」という言葉は見られません。



問題は「全治3週間」ぐらいかな。境界線は。



NHK放送文化研究所編「ことばのハンドブック」(1992,3,25、1刷:1994年2,20、4刷)によると、まず「重傷」をひくと



「重傷・・・・・・30日以上の治療を要する場合」



「軽傷・・・・・・30日未満の治療を要する場合」



具体的にけがの程度を「○日」などと言うときは、「およそ」「程度」を付ける。なおアナウンスでは、「大けが(をした人)」「軽いけが(をした人)」と言うほうがわかりやすい。




とありました。さらに「軽傷」も引いてみると、



30日未満の治療で済む場合。放送では、できるだけ「10日間のけが」「3週間のけが」などと表現する。



と書いてありました。これに従うと、「2週間のけが」は「軽傷」ですね。



でもこれに従うと、「4週間のけが」は、「4週間=28日」ですから、「軽傷」ということになってしまいます。これは納得いきません。なぜなら、一般的には、



「4週間=約1か月」



ですから、「1か月=重傷」になるのではないでしょうか?



そんなことを考えながら、大阪府警のキャップに「重傷と軽傷の違いについて」聞いてみました。



「うーん、大体は、1か月以上が重傷、それ未満が軽傷ですね。でも、骨折してたら、全治何日でも、重傷と言いますね。大体、警察発表時には、まだ診断が終わってなかったりして、すぐに"全治何日"とかわからないことも多いから、"骨折なら重傷"です。」



なるほど、現場の判断は、わかりやすい。さらに彼は、



「以前、暴力団組員がピストルで撃たれて、弾が顔に当たったことがあったんですけど、頬骨に当たった弾がそのまま食道を通って胃の中に入ったので、"臭い弾"が出て来るまで2日かかったことがありました。しかしヤツは結局、全治2週間の軽傷でしたからね、ピストルで顔を撃たれたのに。」



へーえ、事実は小説よりいきなり、いや、奇なり、ですなあ。



このキャップの話を受けて、読売テレビ報道局のニュース原稿で「重傷」が使われているものをピックアップしてみました。結構たくさんありました。2002年1月〜4月までで65件。そのほとんどが、手や足の「骨折」あるいは「胸や首などを刺され」たり「切られ」たりしたものでした。



キャップの話は裏付けられたわけですね。



できるだけ、そういうニュースのネタにならないように、平穏に暮らしたいなと思う今日このごろです。

2002/4/17

(追記)

4月19日の朝刊から。まずは毎日新聞



岩手県北上市の県立黒沢尻北高校で、昨年11月、物理の授業中に担当の男性教師(37)が3年生の生徒計26人の指にX線を放射し、うち男子1人の指3本が『急性放射線皮膚炎』にかかり、約1カ月のけがを負っていたことが18日、わかりました。



見出しは、



「授業で生徒にX線 急性皮膚炎 1カ月のけが」



特に「重傷」という言葉は出てきませんでした。



次は、日刊スポーツ



「内藤剛志全治4週間重傷」



という見出し。どんなけがかと言うと「右足のふくらはぎの筋肉が断裂」ロケ中に坂道で転倒して歩行困難。撮影が一部始まっていた2時間ドラマは、内藤さんの復帰待ちだそうです。というのも、自然治癒しか治療法がないんだそうです。



でも、明日(20日)土曜日の朝の生番組の司会は、「スタジオでの司会進行だから休みたくない」と予定通り生出演するそうです。



そんなことはどっとでもいいのですが、この場合は、「全治4週間=重傷」になっていますね。



また、スポーツ報知には、こんな見出しが。



「清原全治3週間」



そして、本文の書き出しは、



「17日の広島戦で左脇腹を痛めた巨人・清原和博内野手(34)が重症であることが分かった。」



この場合は全治3週間でも「重症」なんだ。「重傷」じゃないけど。



けがの名前は、「左外斜筋の筋挫傷」だそうで、



「患部が完治してから実践的な練習を開始することを考えると、1軍復帰は5月中旬から下旬となりそうだ。」



とも書いてあって、小さい見出しには、



「復帰は1か月後」とあります。復帰が1か月後なら、やはり「重傷」で「重症」でしょうね。

2002/4/19