◆ことばの話640「「黒人風(ふう)」」

3月22日神戸で、外国人風の二人組みの男が70代のお年寄りが持っていた650万円入りの袋を奪うという事件が起きました。

この時の外国人風の二人組みの特徴は、

一人が金髪、もう一人が「黒人風」

だったといいます。しかしこの「黒人風」という表現は差別的ではないだろうか?ということで、報道デスクと話をしました。(結局、「黒人風」はナレーションでは使わずにスーパーで使いました。)

そもそも「黒人」の定義は何か?『広辞苑・第五版』を引いてみますと、

「こくじん」=ネグロイドに属する人

とあります。次は「ネグロイド」を引かなくてはなりませんね。

「ネグロイド」=類黒色人種群。三大人種区分の一。黒褐色の皮膚の色を主な特徴とし、黒色人種・ニグロとも呼ばれる。アフリカのスーダン系のネグロイドのピグミー、南アフリカのコイサン、インドのドラヴィダ、東南アジアのネグリト、メラネシア人などが含まれる。コイサン人種群をカポイドとして区別する分類も行われる。

となっていました。む、難しい。学術的にはそうかもしれないけれど、一般的には、「ネグロイド」=「黒人」ということがどのくらい浸透しているか。また、ネグロイドにもこんなに種類があるなんて…・。

アメリカでは、以前、差別的に「ニグロ」と呼ばれていた黒人たちが、「私たちは美しい」として自分達のことを「ブラック」と呼ぶようになり、現在は「アフリカン=アメリカン」、つまり「アフリカ系アメリカ人」というふうに言っているようなんです。

それに合わせて、「黒人」はすべて「アフリカ系アメリカ人」と呼ぶべきかどうなのか?

もし、そうだとすると、「黒人風」は「アフリカ系アメリカ人風」になってしまいます。なんか、ヘン。単に「慣れ」の問題なのでしょうか?

私は男声合唱をやっているのですが、その主要なレパートリーの一つ「黒人霊歌」は、

20年前(私の大学生時代)には「ニグロ・スピリッチュアル」と呼ばれていました。略して「ニグロ」。その後、「ブラック・スピリッチュアル」と呼ばれるようになり、最近は「アフロ=アメリカン・スピリッチュアル」と呼ばれているようです。横文字は避けて「黒人霊歌」と、今も呼ばれているようですが。(と思っていたら、私が所属していた大学グリークラブのOB合唱団の、今年冬の演奏曲名に、しっかり「ニグロ」と書いてあって、びっくりしました。)

アメリカでは「PC(ポリティカル・コレクト)」と呼ばれる「政治的に正しい」言葉の数々があります。もしかしたらこの「アフリカン=アメリカン」もPCの一つなのかもしれません。 今のところ、逃げた犯人の特徴を表す表現としての「黒人風」はしょうがないかなあ、と思います。「〜風」という表現は、その人の先入観に基づく偏った表現になる恐れがないとは言えませんから、これはできたら避けたいところですね。

2002/4/5


(追記)

4月10日読売新聞夕刊で、アカデミー主演賞をハル・ベリー(主演女優賞)とデンゼル・ワシントン(主演男優賞)が取ったことに関して、東京女子大の名誉教授でアメリカ史が専門の・猿谷要さんが

「アカデミー賞黒人が独占 共生意識 米社会に定着」

というコラムを書いていました。そこには、「黒人」という言葉とともに、

「アフリカ系(黒人)」

という表現を使って、たとえば「アフリカ系の男女」「アフリカ系のシドニー・ポワティエ」(=1964年「野のユリ」で主演男優賞を獲得)という表現が見られたり、

「先住アメリカ人(インディアン)」

という( )を使った表現が見られました。それに対して白人は「白人」でした。

このコラムの書き出しは、

「つい半世紀前までアメリカでは、一滴でも黒人の血が混じっていれば『黒人』として偏見と差別の対象となってきた。」

とあります。国務長官(コリン・パウエル)や大統領特別補佐官(コンドリーザ・ライス)に黒人が起用される時代だからこそ、表現にも気を配る必要があるでしょう。

2002/4/19


◆ことばの話639「元店主」

「今から20年前、女性を北朝鮮に連れて行った」と、八尾 恵という人が名乗り出ました。

この人は日本赤軍のメンバーの元妻で、よど号事件の裁判の証人として法廷に立ちました。連れ去られた女性のご両親は、ずっと娘の行方を追いかけていらっしゃいました。八尾さんは法廷での証言に先立って、ご両親に土下座して謝りました。

このニュースが流れたのは、もう1か月前の3月中旬。月日の経つのは早いものです。というか、大きなニュースだったのに、あれから1か月の間にムネオや清美や紘一や、いろいろあって、すっかり忘れ去られたニュースかも知れません。

この記事が出た時、女性を連れ去った"犯人"なのに、なぜ"八尾恵さん"と"さん"が付くのかな?と疑問に思っていました。

新聞はその間、この"八尾恵さん"のことをどう表記していたか?気になりました。後輩の坂アナウンサーがチェックしてくれました。

それによると、3月12日から14日にかけての各紙の呼び方<「八尾」のあとにつける呼称。(例)稲垣メンバーの"メンバー"のような肩書き>は

(読売)(日本赤軍メンバーの)元妻→八尾証人→八尾元スナック店主

(朝日)(日本赤軍メンバーの)元妻→八尾元スナック店主

(毎日)女性→八尾さん→八尾元スナック店主

(産経)女性→八尾証人→八尾元スナック店主

(日経)女性関係者→八尾さん→八尾元スナック店主

ということで、「八尾さん」と「さん」と敬称をつけたのは新聞では毎日と日経だけで、その後、申し合わせたかのように各紙、「八尾元スナック店主」に統一されました。

(テレビでは、"土下座"の様子を取材していたテレビ朝日の「ニュースステーション」は「八尾さん」と読んでました。)

この連れ去り事件が20年前という昔に行われたこと(時効にかかる可能性が大であること)や、まだ本人の証言だけで裏付けが取れていらず、警察なども動けないでいることなどから「さん」付けになったのでしょうが、その本人が「私が連れ去った」と、いうなれば「自白」しているのに、「さん」付けには、何か違和感がありました。で、この八尾氏が裁判で証人として証言をしたということで、新聞の中には「八尾証人」とした時期もありましたが、証言が終わってしまえば、またもや「呼称」「肩書き」がなくなってしまう。そこで、考え出された苦肉の策が、元の職業である「元スナック店主」なのではないでしょうか。この「元○○」は、しばしば見受けられる肩書きです。

「さん」はつけたくないが何か肩書きが欲しい・・・というマスコミの姿勢が垣間見えた気がしました。でも10数年前は、逮捕された人につける「○○容疑者」の「容疑者」なんて、ほとんどの新聞は付けていなかったのに、今は尽きていないと落ち着かない気がしますから、「慣れ」というのはおそろしいですね。昨日の常識は、簡単に今日の常識ではなくなってしまうわけです。

ちなみに部屋を整理していたら、4年ほど前にこの「八尾元スナック店主」が、「よど号犯の妻が始めて明かした"北朝鮮対日工作"の全真相」を告白した週刊誌(「週刊現代」1998年11月28日号)の切り抜きが出てきました。なんだ4年も前に、ちょっと話していたんじゃないか。なぜその時はそれほど話題にならなかったんでしょうねえ。そこでは「拉致」に関しては話していなかったんですが。

それにしても、「元スナック店主」が、なぜ今ごろ両親に連れ去りを告白・懺悔をしたのか?と考えると、やはり「もう時効で、大丈夫」という考えがどこかにあったのではないでしょうか。

連れ去られた当時20代だった女性も、いまはもう40代になっているはずです。一日も早く、ご両親と対面できるように、願わずにはおれません。

2002/4/9


◆ことばの話638「台湾籍」

夕方ニュースのSキャスターが話し掛けてきました。

「道浦さん、台湾の人の国籍を言う場合は、"台湾籍"ですかね?それとも"台湾国籍"ですかね?」

「うーん、例えばアメリカの場合は"アメリカ籍"とは言わず、"アメリカ国籍"、"ロシア籍"と言わずに"ロシア国籍"、日本の場合は"日本国籍"だよね。"国"が入るというか、国名に"国籍"をつけて言うよね。だから、"台湾"は、"国"として認めてないんだから"国籍"ではないだろうなあ。だから"台湾籍"だろうね。」

と答えたものの心配になって、インターネットGoogleで検索(3月14日)したところ、

台湾籍 3190件

台湾国籍 223件

と、やはり「台湾籍」が多かったようです。

それから1か月経って、また調べました。(4月14日)

台湾籍 3250件(十60件)

台湾国籍 296件(十73件)

「台湾国籍」が結構、増えていますね。

それでもう一つは気になるのは、北朝鮮です。北朝鮮はどうなのか?「北朝鮮籍」なのか?「北朝鮮国籍」なのか?

これもGoogleで検索しました。(4月14日)

北朝鮮籍 495件

北朝鮮国籍 159件

やはりこれも「北朝鮮籍」の方が多いですね。でも、「北朝鮮国籍」も「河北新報」などの新聞でも使っていたのは驚きです。

細かいことですが、この当たりにも目配りをしていきたいと思います。

2002/4/14


◆ことばの話637「至れり尽くせり」

飲みに行った帰りのこと。大阪のあるレストランが、レストラン・ウエディングの広告をエレベーターの中に出しているのを目にしました。そこにはこんな文句が。

「至れり尽くせり」

いつも聞きなれた言葉ですが、おや?と思いました。この言葉のおしりについている

「り」

って、何やろか?

インターネットの掲示板「ことば会議室」に質問を出したところ、さっそく答えを頂きました。それによると、「至れり尽くせり」の「り」は、完了の助動詞「り」だそうです。

他にも

「願ったり叶ったり」

「似たり寄ったり」

「踏んだり蹴ったり」

「なだめたりすかしたり」

といったものがあるそうです。ああ、確かにありますね。

なんだか簡単に答えが出てしまいました。聞いてみると、素乗っ取りでなんで気づかなかったんだろうというものばかりですが。

「広辞苑」(岩波書店)で「り」を引きました。

「り」(助動詞)

四段・サ変活用に付く。他の動詞の後では多く「たり」が使われた。完了した結果が続いていることをいう。…ている。…である。動詞連用形に「あり」の添った形で、たとえば「咲きあり」「船出しあり」が、それぞれの母音結合のため「咲けり」「船出せり」となり、「け」「せ」が活用語尾と見られた結果、「り」が独立して扱われたもの。

…以下、略で、いいですよね。語幹が活用語尾に思われて変わってくるというケースはあるんですね。よく、わか「り」ました。

2002/4/12


◆ことばの話636「府下と府内」

以前から気になっていた言葉に「府下」と「府内」があります。一体、意味はどう違うのか?もし同じ意味なら、なぜ言葉が違うのか?

同じようなもに、「都下」と「都内」があります。これは、今から20年以上前の学生時代にその違いについて東京在住の友人に聞いたところ、

「都内は23区内、都下は、それ以外の地域。多摩地区など。」

という答えが返ってきました。しかし、大阪府と京都府の場合には、それは当てはまらないように思います。また、「県下」と「県内」でも、そういった区別は当てはまりませんし、北海道の場合、「道内」という言い方はあっても「道下」という言葉は聞いたことがありません。私が聞いたことがないだけなのでしょうか?

イメージとしては「府下」「県下」の方がお役所的な高圧的な、威張った感じがします。高らかに誇っているとでもいいましょうか。それに比べると、「府内」「県内」の方がおとなしい感じがします……しませんか?もしかしたら、旧憲法下での用語が「県下」「府下」名のでは?

一体この区別はどこでついているのか?

わ・か・ら・ん。

静岡県出身のHアナウンサーは、

「県下では感じなかったけど、府下だと、大阪市を除く大阪府の全市町村をさしているような気がする」

と答えてくれました。それだと、「都下」「都内」と同じ使われ方ですよね。本当ににそうなのでしょうか?

「広辞苑・第五版」(岩波書店)を引いてみると、

「都内」

@みやこのうち。

A東京都のうち。特に、二十三区内。

「都下」 @みやこのうち。みやこ。

A東京都下の略。東京都の管轄下の意。また、東京都管轄下のうち、23区を除く、市部・郡部・島の称。

「県下」

県の管轄に属する地。

「府内」

@府のうち。府の区域または管轄内。

Aごふない(御府内)。江戸城を中心として、その四方、品川大木戸・四谷大木戸・板橋・千住・本所・深川以内の地。地図ではその境界線を朱で書いたので、これを御朱引き内という。

「府下」

ある府の管轄下、区域内。(例)「京都府下」

「県内」は見出しがありませんでした。

やはり「○下」というのは、「おかみの管轄下」というイメージが強いですね。「おかみ」というのは、明治時代以降の政府という意味で。

それに対して「○内」、特に「府内」の2番目の意味などは、明治より前の「江戸時代」にも使われていたようです。その「府内」がさす「御府内」は、「大阪府」「京都府」をさすのではなく、「江戸の町」をさしています。そう言えば、戦前(第二次世界大戦、敗戦前=1945年以前)は、東京も「府」だったんですよね。戦後生まれの私には、共時的な体験はありませんが。大きな都市は「府」というくくりだったのでしょう。「太宰府」は別でしょうけど、そもそもの意味は共通したものがあったのかもしれません。また、「広辞苑」を引きます。

「府」

@くら。特に、宮廷の文書・財貨を納める所。(例)「府庫・秘庫」

A役人が事務を執る所。役所。(例)「国府・政府・幕府」

B事物や人の多く集まる所。みやこ。転じて、物事の中心。(例)「学術の府」「首府」

C江戸時代、幕府のあった江戸の地。(例)「在府・御府内」

D行政区画に一。

(ア)中国で唐から清まで設けられ、一般に県の上に位したもの。

(イ)普通地方公共団体の一。現在は京都・大阪の2府。(例)「府下・府民」

E国の行政機関の一。実質寿は省と同じ。総理府の類。

とまあ、「府」だけでこんなにいろんな意味合いを持っているんですね。

そうかあ、A「政府」に「幕府」の「府」ですよね。気づかないものだなあ。「森」を見て「木」を見ていないんだなあ。Cが、「御府内」の意味ですね。Dの中国の古い例から見ると、「県」より「府」の方がエラいんだ。えっへん、大阪府民。借金も多いゾ。E総理府の「類」と言われても、その「たぐい」は、なかなかすぐには思いつきません。

しかしこうなると、これは「府内か府下か?」を知るには、「下」と「内」の意味の区別を考えなくてはならないのかな?

「下(か)」

A影響を受ける範囲や地位にあること。(例)「門下・県下・戦時下」 「内(ない)」

@一定の範囲のうち。(例)「内部・内容・室内」

ほぼ、これまでに書いてきたような内容のようです。 今後は「県内」「府内」を主に使うことになるでしょう。但し「都下」と「都内」はすでに意味の分化を起こして両立しているので、そのままでしょうね。

2002/4/12
(追記)

2007年11月2日の読売テレビのお昼のニュース、昨夜から今朝にかけて、大阪府で飲酒検問が一斉に行われたと、本野大輔アナウンサーが伝えていました。その中での表現では、
「府下一斉に」
「府下」が使われていました。こういう場合は「府内」ではなく「府下」ですよね。
「府内一斉に」
だと、なんだか間が抜けたような・・・Googleで検索してみましょう(11月2日)。
「府下一斉」=825件
「府内一斉」=443件
で、思っていたより「府内一斉」がありました。比率は、
「府下:府内=2:1」
ぐらいでしたね。
また、ちょうど今日(11月2日)読売新聞朝刊「京阪版」には、
「福祉タクシースピード配車」
という見出しの記事があり、本文は、
「車いすで乗れる車両などを持つ『福祉タクシー』事業者が共同で配車センターを設け、身体障害者や介助の必要な人が事前登録した情報をもとに、希望に合った設備の車を迅速に手配する全国初の取り組みが、12月から府内全域でスタートする」
とあり、ここでは、
「府内全域」
「府内」が使われていました。
なお◆ことばの話1270「県内と県下」、おなじく2731「都下と都内」もお読みください。
2007/11/2
(追記2)

急に思いつきました。
「大阪府下は行政・自治体としての大阪府の統治下の意味。大阪府内は、地図上、区域としての大阪府の範囲内という意味」
と、つまりこういうことですね、きっと。
2009/9/28