◆ことばの話575「午後中」

(平成ことば事情569の「故障中」と、ちょっと関連する話題です。)



朝の番組「あさイチ!」で金曜日を担当してくれている気象予報士の藤田君が、また質問をしてきました。"また"というのは、以前も「移動性高気圧は、東"へ"移動するんでしょうか?それとも東"に"移動するんでしょうか?どっちが正しいんですか?」と聞いてきたことがあったからです。(平成ことば事情296「"へ"と"に"」参照)



「道浦さん、"午前中"とは言うのに"午後中"って言わないのは、どうしてなんでしょうか?」



うーん、そう言われると確かにそうだなあ。考えたこともなかったなあ。



きっと、私以外の人に聞いたら、



「言わんもんは言わんだけやん。そんなことどうでもええやんけ。」



と言われたんだろうな。まあ、それがフツーでしょう。



しかし、せっかくおもしろい課題を提供されたので、私なりに考えてみました。



「午後」には「午前・午後」と対応させるものと、「お昼過ぎ、昼下がりから日暮れまでの午後」というのがあると思います。



「午前中」は「正午=12:00」という、どの季節でも変わらないきっちりとした「締切り」があるのに対して、「午前・午後」ではない二つ目の意味の「午後」は、日暮れ時間が季節やその日の天気によって変わる(=日没時間)から、「締切り=ゴール」が一定していない。だから「午後中」という表現があまり使われないのではないでしょうか。



これに関連して以前から気になっていることに「中(チュウ)」に関してなんですが、



「中外(チューガイ)」



という言葉が、今なら「内外(ないがい)」というと思うのですね。昔(戦前でしょうか。)は「中外(チューガイ)」と言っていたようです。なんでも「教育勅語」にも「中外」は出てくるとか。今はあまり耳にしませんね。会社の名前に「中外製薬」というのがありましたが。「内外衣料」というのもあったかな。話がそれてしまいましたが、要は昔は「内(ない)」のことを普通に「中(チュウ)」といっていたのではないか、ということです。



「中(チュウ)」=「内(うち)」



そうすると、



「午前中=午前のうちに=午後にならないうちに」



となります。「午前」の対立概念に「午後」があります。しかし仮に「午後中(チュウ)」という言葉を考えた場合に、同じ手順で考えますと、



「午後中=午後のうちに=Xにならないうちに」



となります。この「X」にあたるのは、意味上では「夕方」か「夜」だと思いますが「夕方」も「夜」も、「午後」の対立概念ではない。どちらかというと、「午後」に包括される時間の概念であるところから、「午後中」という言葉は成立しないのではないか?と思うのです。



どうでしょうか?

2002/2/17


◆ことばの話574「世界」

ソルトレークシティー五輪、期待されたジャンプのラージヒル。残念ながら日本ジャンプ陣は、最高で船木選手の7位でした。メダルは逃したものの7位に入賞した船木選手に対するインタビューを聞いていると、質問にこういうものがありました。



「やはり"世界"は遠かったですか?」



この「世界」は一体何を意味しているのでしょうか?普通、こういった場合の「世界」は「世界のトップレベル」を意味すると思います。しかし、冬季五輪でメダルを狙って、惜しくもメダルは逃したものの7位に入賞した前大会のチャンピオンに対して「世界のトップレベルは遠かったですか?」と聞くのはおかしくはないか?世界7位は、既にしてトップレベルではないのでしょうか?



たとえばサッカーのワールドカップのアジア予選で、日本代表チームが負けてしまって、本大会に出られなかったとする、その場合には



「世界は遠かった」「世界の壁は厚かった」



というのは、わかります。でも本大会で、言ってみればベスト8に入ってるのに。



そうすると、この場合の「世界」はもっとレベルの高いものを意味しているのでしょうか。



世界7位よりも高いレベル、と言うと、やはり「メダル=表彰台」か。そうなると、「世界」というのは、「世界3位以内」を意味します。



さらに、もっとレベルを上げれば「優勝=世界1位=世界一」を指すとも考えられます。しかし、その場合は、本来「世界の頂点」という言葉の「頂点」を省略した、あるいは「世界一」の「一」を省略したものと考えれば良いのかもしれません。



この質問に対して、船木選手は躊躇なく「そうですね、遠かったです。」と答えていました。ちゃんと会話になっています。



日経新聞2月14日夕刊によると、船木選手は「表彰台」を狙っていたということですから、この場合の「世界」は「世界3位以内」=「表彰台」を指すと考えていいのでしょう。



でも、やはりちょっと抵抗のある使い方でした。

2002/2/15


(追記)

「世界との実力の差がまざまざと見せ付けられた。」



「世界に目を向けていなかった。」



と、2月19日19:00からの日本テレビの五輪特番で、キャスターの松岡修造が。「世界」を連発。それにつられるように、長嶋一茂が、



「世界との差がね・・・」



とこれまた「世界」を口にしていました。



この場合の「世界」は「世界トップ」、「世界1位もしくは3位以内」を指しているようです。だって、ジャンプ団体で5位の日本チームに向けての発言ですから、4位より上を指しているのは間違いないでしょう。



それにしても「世界5位」でも「世界との差」を見せつけられるとは、厳しい「世界」ですな。

2002/2/19


◆ことばの話573「日の丸飛行隊」

ソルトレークシティー五輪、日本のジャンプ陣は、残念ながら今回はメダルを取れませんでしたね。さっき、ラージヒルの競技が終りました。



その結果を伝えるテレビ各社の映像にかかる字幕スーパーが



「日の丸飛行隊、残念メダル無し」(テレビ朝日)



朝日新聞は確か、日の丸・君が代=国旗・国歌には反対の立場だったのでは?



「日の丸飛行隊」って、戦争じゃないんだから・・・。でもまあ代理戦争的な、戦争をしない代わりにスポーツで国家のストレスを発散しているような感じが、ないではないですが。



きっちり、「日本」とか「日本ジャンプ陣」とか、正確に記したほうが良くはないでしょうか?日の丸が良いか悪いかではなく、「日の丸=日本」を推進したくない立場であればそれを貫くべきではないか?と思うわけです。いかがでしょうか?



あ、でも良く考えると、あのジャンプ台から着地点までの高度差は、100メートル以上あるんでしょ?それから考えると、「飛行」ではなく「落下」ではないのでしょうか?



しかしそうすると「日の丸落下隊」・・・締まらないですね。



五輪関係の言葉で気になったのは、スピードスケート女子500メートルで、実況の多昌アナウンサーが言っていた、



「ドーソー」



多分「同走」と漢字では書くのだと思いますが、例えば、



「岡崎選手と三宮選手が同走です。」



という言い方。最初耳にした時は「同窓」かと思いました。



「同じ組で走ります。」



の方が、耳で聞いて分かりやすいと思うのですがどうでしょう?スケートのことは詳しくないので、もしかしたら競技用の専門用語で「同走」というのかもしれませんが、一般視聴者はそれほどスケートに詳しくない人のほうが多いでしょうから、ちょっと配慮が欲しかったなと思いました。



また、今日、オリンピック放送で初めて知った言葉に、



「カーラー」



があります。カーラーと言っても、おばちゃんが頭に巻いている、あれではありません。「氷上のチェス」とも呼ばれる「カーリング」の選手のことを「カーラー」と言うのだそうです。残念ながら開幕から4連敗中の日本女子チームが、世界2位の実力を持つスェーデンと延長で惜しくも敗れ5連敗となったゲームで、戸崎アナウンサーがスェーデンの選手を指してこの言葉を使っていました。(2月16日)



2002/2/16


(追記)

「同走」は、2月18日の日経新聞夕刊にも出ていました。書き言葉なのか、専門用語なのか。よく交通事故のニュースで、



「助手席に同乗していた○○さんも重傷を負いました。」



なんて原稿がありますが、その「同乗」によく似ています。



2月19日19:00からの日本テレビのオリンピック特番、司会の女性アナウンサーが、フィギュアで例の疑惑に包まれたペアが、頑張って演技をしてメダルを取ったことを伝えた後に、ひとこと。



「ホントに、おめでとうございますって感じですね。」



こ、これは、本気で「おめでとう」と思っているのでしょうか?



少し、海老一染之助・染太郎さんの爪のアカを煎じて飲んだほうがいいのでは?って感じですね。

2002/2/19

(追記2)



日本時間の2月25日に、第19回冬季オリンピック(ソルトレークシティー大会)は閉幕しました。日本勢は結局、銀メダル一つ、銅メダル一つのメダル2つ。前回の地元・長野では10個のメダルを取りましたから、そういった意味ではずいぶん「規模縮小」で、あまり盛り上がりませんでしたね。それを象徴するかのように、テレビ視聴率もソルトレークの特集番組は最高でも11%と、盛り上がりを見せませんでした。



でも、メダルを狙えるかもしれない位置にいる選手が4位、5位あたりに入賞したケースはずいぶん多くて、派手さはないものの玄人受けするような大会だったのかもしれません。しかしまあ、一番注目を浴びたのは審判団でしたが。黒子が目立つようでは、よい大会とは言えません。それと明らかに「地元びいき裁定」サッカーで言うところの「ホームタウン・ディシジョン」があったと思います。国体で、開催県が必ず天皇皇后杯をとるような。



建前で「スポーツは政治とは別」なんて、のうのうと言っていては、いけませんね。

2002/2/26


◆ことばの話572「シカシカシカ・・・」

さあ皆さん、問題です。「シカ」って10回言って下さい・・・・言いましたか?



では問題です。



「サンタクロースが乗っているのは、何?」



・・・違います。「トナカイ」じゃありません。答えは「ソリ」です。ハハーン、ひっかかった!?これは「シャンプーハット」というコンビのネタです。昨日テレビで見ました。



おもしろかったので、妻に向かってさっそく試みました。



「"シカ"って10回言って!」



「シカシカシカシカシカシカシカシカシカシカ」



「トナカイが乗るのは何?」



「・・・サンタクロース」



「・・・・」



し、しまったあ!「サンタクロース」というべきところを「トナカイ」と言ってしまった!



しかし「サンタクロース」と答える方も答える方だよな。割れ鍋に綴じ蓋。(少し前まで、「閉じ蓋」だと思ってました。)



気を取り直し、4歳の息子に、



「シカって10回言って!」



「シカ、シカ、シカ、シカ、・・・・」



今度は自信を持ってゆっくりと・・・



「じゃあ、サンタクロースが乗るのは何?」



息子もあわてずに考えて、



「・・・ソリ。」



チェ!しっかりしてやがるぜ。じゃあ、これはどうだ。



「ピザって10回言って!」



「ピザ、ピザ、ピザ・・・」



「じゃあ、これは何?」



と肘(ヒジ)を指しました。「ヒザ」って言うかな?と思ったら、



「うで」



と答えられました・・・。



4歳児にはこの手の遊びは通用しないことが分かりました。



その翌日。



会社へ行くと、後輩のNアナウンサーが、なんか嬉しそうに近づいてきて、こう言いました。



「道浦さん、シカって10回言ってくれますか。」

2002/2/18


(追記)

このパターンの遊びには、「ヒマラヤ」を10回言わしてから「世界一高い山は?」と質問して、「ヒマラヤ!」と言わせようとするもの(正解はエベレスト)や、それの皿に手の込んだ形で「ヒマラヤ、平山(ひらやま)」を10回言わせるものなど、他にもいくつかありますね。



2002/2/19


(追記)



こんなのはどうでしょう?



「サマランチ、サワランチって10回言って!」



「サマランチ、サワランチ、・・・・」



「では、IOCの会長は?」



「サ・マ・ラ・ン・チ!」



「・・・答えは、ロゲでした!」



2002/2/26


◆ことばの話571「太神楽」

ことば事情568「おめでとうございました」で書いた海老一染太郎さんの話で、染之助・染太郎さんの仕事を「太神楽」というのが出てきました。最初「大神楽」だと思って、その読み方は「だい」なのか「おお」なのか?ニュースでは「だい」と読んでいたようだが・・・と思っていましたら、アナウンス部の先輩のMさんも、



「あれは"だい"かね?"おお"かね?」



と言っていたので、調べてみました。すぐに結論はでました。



「太神楽」=だいかぐら。



以上、おしまい。漢字は「大」ではなく「太」でした。



いや、そうではなくて、「大」と書いて「だい」と読むか「おお」と読むかは、アナウンサーにとっては大事(だいじ)なことです。



よく言われるのが、「大地震」は「オージシン」か「ダイジシン」か?



一般的には「大」の後に来る言葉が「漢語ならばダイ」、「和語ならばオオ」。



それから考えると「大地震」は「地震」が漢語ぽいので、「ダイ」と読んでしまいがちですが、「地震・雷・火事・親父」のように、和語的な使われ方をしていたので、「オー」。



阪神大震災までは、一般には7割以上の方が「ダイジシン」と読んでいたようですが、阪神大震災で、テレビのアナウンサーなどが「オージシン」と読んだので、「どうもオオジシンと読むらしい」ことが広まったのではないか?と思うのでが。



NHK放送文化研究所編「NHKことばのハンドブック」(1994,2,20・4刷)に「"大"の付く語の読み」というページ(354ページ)があって、そこには、



「ダイ」と読むものとして、



「大悪人・大英断・大家族・大回転・大学者・大音声・大上段・大発会・大流行」



などが、また「オー」と読むものとして、



「大商い・大当たり・大暴れ・大鳥居・大花火・大手愛・大津波」



などがあげられています。



そして、漢語の前に「大」が来ているのだけれども、従来慣用的に「オー」と読むことになっているものには、



「大一番・大火事・大喧嘩・大散財・大地震・大所帯・大時代・大道具・大舞台」



などがあるということです。



この中で、「大舞台」などは、「ダイブタイ」と読まれることも多いようですが、日本テレビ系列ではここ数年、従来の慣用的な読み方「オーブタイ」を採用しているようです。



1988年にNHKが、元番組モニター100人を対象に行った調査では「大舞台」を「ダイブタイ」と読む人は70%を超え、また「大時代」を「ダイジダイ」と言う人が60%を超えたということでした。



この「ことばのハンドブック」では、「大地震・大舞台・大時代の"大"を"ダイ〜"と読む人が増えているという現象は、これらのことばの語感が、本来の漢語的なものにもどりつつあることを示しているのだとも言え、なかなか興味をひかれるものがある。」と締めくくっていました。



放送で使う言葉は、伝統的に正しい言葉で一般の多数の人が使っていれば、問題はないのですが、伝統的には正しくない、誤用された言葉が、一般に多くの人に使われている場合、どの時点をもって、多数派の言葉に乗り換えるかという見極めが、大変ムズカシイと言えます。



2002/2/14


P. S



日本テレビの多昌アナウンサーが、ソルトレークシティー五輪のスピードスケート実況を担当しています。女子500メートルの中継を見ていると、彼は「大舞台(オーブタイ)」という言葉を、なんと4回も使っていました。好きなのね、オーブタイ。ま、確かにオリンピックは「オーブタイ」だからいいんですけど。

2002/2/14


(追伸)

ことば事情568「おめでとうございました」とこちらとどっちで書こうか迷ったけど、こっちかな。



「週刊ポスト」(2002年2月22日号)でも、故・海老一染太郎さんの記事があって、そこにこんな記事が。



「ちなみに太神楽は"代神楽(だいかぐら)"とも呼ばれ、神の代理として悪魔払いを行なう獅子舞のこと。」



すると「太」とかいて「だい」というのは、もとは「代」で、「神の代理」の「代」だったのかもしれませんね。それじゃ、「大」じゃないんだ。



2002/2/16

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