◆ことばの話570「スノボとスノボー」

連日、ソルトレークシティー・オリンピックのニュースが、新聞やテレビを賑わせていますが、その中で比較的親しみやすさを感じる競技が、スノーボードのハーフパイプとかいう種目。日本選手も頑張っていますが、メダルには手が届きませんでした。審判の主観が入る競技は、どうしても地元びいきが入ってしまいますよね。まあ、しょうがないか。



さてその「スノーボード」、新聞などで略称で使われる時は、果たして「スノボー」でしょうか?それとも「スノボ」でしょうか?「ー」がつくかどうかという問題です。



新聞を見てみると、2月12日(火)の読売新聞夕刊(3版)は「スノボー」、朝日新聞夕刊(3版、4版)は「スノボ」でした。



こういった新しい言葉は、インターネット検索が有効です。Googleで調べると、



<スノボ>2万3000件



<スノボー>6万3200件



と、「スノボー」が3倍近く優勢でした。しかし、実際にスノーボードをやる人達に聞いてみると、



「"スノボ"と、短く言いますね。少なくとも若者は。」



という声が返ってきました。



「スノーボード」によく似た「スケートボード」の場合、略称はどうでしょうか?また調べてみました。



<スケボ>1310件



<スケボー> 3万0500件



こちらは圧倒的に「スケボー」と伸ばすほうが優勢です。



もしかしたら、この「スケボー」と区別するために「スケボ」と短く言うことが広がっているのかもしれませんね。今後の動きに注目です。



2002/2/13


(追記)

と言って注目していたら、さっそく翌日(2月14日)、京阪電車の中の「ひらぱー」(枚方パーク)の吊り広告に



スノボに燃えろ!」



というのがありました。入社2年目の後輩のM若アナウンサーに「スノボか?スノボーか?」と聞いたら、「そりゃ、スノボですよ。スノボーなんて言いません!」と断言していました。



2002/2/15


(追記2)



2月16日放送の日本テレビ「ナイナイサイズ」(土曜・23:30〜)の中で、ナインティナインの矢部が、スノーボードに挑戦する場面がありました。そこに出ていた字幕スーパーが、



スノボでトリック 最後はジャンプしたい」



というのが出ていました。やはり「スノボ」でしたね、ナイナイも。ちなみにトリックというのは、スノボの技のことのようです。

2002/2/15


(追記3)

シーズンだけに、気にするといっぱい「スノボ」が目に入りますね。



「週刊文春」2002年2月28日号のナンシー関「テレビ消灯時間」で、



「(スノーボード・ハーフパイプは)なぜ服装がレクレーションっぽいのだろうか。そのへんのあんちゃんがスノボをするのと変わらない格好だけど、何か不思議だ。」



「スノボ」と伸ばしません。



また、JR東海が新幹線のグリーン車の中で読む用に出している雑誌(だと思う)「ひととき」の2002・2月号に出ていた、カルビーの「じゃがりこ」の広告には、「JAGARIKO」と書かれたスノーボードを持って「じゃがりこ」をかじったキリンが、



「あそボー!スノボー!じゃがりこブラボー!」



としゃべってます。こちらは「スノボー」と伸ばしてます。これは「あそボー(遊ぼう)、ブラボー」というふうに「ボー」を引っ張るのに合わせて、脚韻を踏んでいるからですが。

2002/2/22

(追記4)

前に追記してから4年経ちました。そう、またオリンピックです。今度はトリノ・オリンピックです。さっき、清水アナウンサーが、
「スノボかスノボーか、伸ばすかどうか、どっちでしたっけ?」
と言っていたので、
「以前、それについては書いたよ」
と「平成ことば事情」を検索したのでした。4年で2000項目近く書いてるんだな。すごいな、我ながら。
Googleでは、4年前は「スノボー」が優勢でしたが、4年経ってどうなっているでしょうか?調べてみようっと。(2月3日)
「スノボ」=344万件
「スノボー」=347万件
おお!全体の件数がものすごく増えてる(「スノボ」で150倍、スノボーで「55倍」)んだけれど、「スノボ」の追い上げがスゴイ!当時も、若者やスノーボードをよくする人の間では短く「スノボ」と呼ばれていたようだけど、これだけ広がったということは、スノボ人口が増えたということでしょうね。「スノボ」が「スノボー」を抜くのは、時間の問題でしょう。恐らくトリノ五輪の最中には逆転するのではないでしょうか?
そうそう、4年前に見た時は「スノボー」と表記していた読売新聞でしたが、4年経った2006年2月3日の朝刊の「トリノ五輪11日開幕」という記事の見出しでは、
「スノボ」
を使っていました。新聞の見出しはやはり一文字でも短いものを選ぶ傾向にあるのでしょうね。
2006/2/3


◆ことばの話569「故障中」

先日、インターネットの掲示板「ことば会議室」で、こんな質問が書き込まれていました。「"故障中"という表現はオカシイと聞いたのですが、なぜおかしいのでしょうか?」



これについて、いろんな方が書き込みをされていましたが、「それほどおかしくない」と感じる方のほうがやや多いようでした。私もそれほどおかしくないと感じたのですが、



「どこかでこれに関して読んだことがあるな。」



と思っていたら、武庫川女子大学の言語文化研究所所長の佐竹秀雄教授が書かれた「サタケさんの日本語教室」(角川ソフィア文庫2000・3・25)の中に書かれていました。



「駅のプラットホームの時計や温泉旅館のマッサージ機などに"故障中"の張り紙がされていることがある。この"故障中"は違和感はないか?」



というものです。その本によると、



「"〜中"というのは人間が主体となって"〜している"ときに使える表現」



だから



「"故障中"の張り紙の場合は、機会がまるで人間のように意志を持って"故障している"みたいで不自然になる」



ということだそうです。



でもその販売機なり機械を取り仕切っているのは、紛れもなく"人間"ですから、その人間の意志を反映したと考えれば「故障中」でもおかしくない気がするんですよね。



逆に「中」をつけなくて、



「故障」



とだけ記されていたとしたら、それを見た人はきっと、



「この販売機の持ち主は、商売をする気がないのか!」



と、腹が立つのではないでしょうか?ひどい人などは、



「商売する気がないのなら、目障りだから壊れたものをいつまでもこんなところに置いておくな!」



と思うのではないか。そこまでは思わないか。



そんな事を考えながら、休みの日に近くの書店をブラついていたら、



「この本は、売切中です。大変申し訳ありません。」



と書かれた札を見つけました。



「売切中」



きっと、取り次ぎに今注文を出しているところなんでしょう。そういった努力が感じられて、私は、言葉として正しいか間違っているかよりも"人間味"を感じたのですがね。



佐竹先生は、



「最近ラグビーの選手などに対して、"あの選手は故障が多い"などと使われるが、これは人間も機械並みになってきたということか?」



と書いてらっしゃいますが、私は逆に、



「機械が人間並みに扱われているのでは?」



と思いました。

2002/2/16


◆ことばの話568「おめでとうございました」

2月2日、伝統芸能・太神楽(だいかぐら)の曲芸師、海老一染太郎さんが亡くなり、5日、葬儀・告別式が営まれました。亡くなられたのは、例の



「おーめーでとーございますー!!」



という声とともに、傘の上で玉を回したりしているお二人の、声をかけるほうの方、お兄さんです。70歳でした。



その告別式で、弟の染之助さんが「兄は幸せ者でした。」という言葉と共に、やっぱり大きな声で言っていました。



「おーめーでーとーございます!」



これは、お葬式では大変珍しいことではないでしょうか。



「おめでとうございます」の関連で言うと、この過去形「おめでとうございました」という言葉で去年、一躍有名になったのが、プロ野球日本一に輝いたヤクルト・スワローズの若松監督。セントラル・リーグの優勝インタビューでファンの皆さんに向かってひとこと、という場面。球場に集まった観客も、テレビの前の視聴者もみんなが、「ありがとうございました」と言うだろうな、と思っていた時に、若松監督の口から出たひとことは、



「おめでとうございました。」



あまりの緊張で間違ったのかなと思ったら、「最初からそう言うつもりだった」と言うではありませんか。その後の日本シリーズ後も、やはり「おめでとうございました」と言っていました。



「おめでとうの過去形」を言う場面というのはかなり限られているのではないでしょうか?私の経験から言うと、結婚披露宴が終って、新郎新婦とご両親が立礼をされている前を通って帰る時に、



「今日はどうもおめでとうございました。」



という時ぐらいですね。



ただ、若松監督は確か北海道出身だったと思うのですが、北海道の人は、過去形でものをしゃべる傾向があるそうです。「こんばんは。」という意味で、東北の人なら



「おばんです。」



と言いますが、北海道の人は、



「おばんでした。」



と過去形で言うそうですし、電話をかけた時、受話器を取った相手の人が、いきなり、



「もしもし、○○でした。」



と普通に言ったりするそうですから、若松監督の「おめでとうございました。」は、共通語で言うところの「おめでとうございます」の意味かもしれません。

2002/2/13


(追記)

「週刊新潮」(2000・2・21号)「墓碑銘」で、故・海老一染太郎さんが取り上げられていました。その中で、



"染太郎さんに突然アイデアが閃いた。そもそも尾お神楽とは伊勢神宮で発祥したおめでたい民俗芸能。いつもお客さんに言っている「ありがとうございました」という当たり前の口上を、元気一杯に「おめでとうございます」に変えてみてはどうだろうか・・・。"



とあります。「おめでとうございます」は染太郎さんの発案だったのですね。



弟の染之助さんは、



"それが大受けしたわけです。以後も「いつもより余計に回しております。」「兄は頭脳労働でギャラは同じ」などの科白(フレーズ)を次々生んでいった。私とぶつかり合うことは相変わらずでしたが、それまでと違い、話芸に自信と誇りを持つようになりました。"



とコメントしています。

2002/2/16


(追記2)

「Agora」という雑誌の2002年5月号、「エグゼクティブの自由時間17」で、落語芸術協会会長の桂文治さんがインタビューに答えて、こんなことを



話しています。



「テレビ見てたら、大相撲の勝利者インタビューでアナウンサーが『おめでとうございました』なんて言ってんの。これ、江戸言葉にはない言い方なんですよ。過去形にしちまうと、おめでたいご縁を切ってしまってるじゃない。だから江戸の商人には『おめでとうございます』しかないの。同じように『ありがとうございました』も、『ございます』とか『存じます』、あるいは『昨日はありがとうございます』っていう。こんな調子で新しい言葉が次々出てくる世の中だから、落語の世界でも本当の江戸落語を残すことが、ますます難しくなってきてるんですよ。」



(文は飯田守と言う人が書いています。)



そうかあ、「おめでとうございました」とは江戸っ子は言わなかったんですね。



理屈はよく分かりました。

2002/5/9


◆ことばの話567「おかげさまで・・・」

人間ドックに入ろう・・・そう思い立ちました。2月7日。思い立ったが吉日、すぐに、毎年1回、受診している某ドックに電話をしました。



「すみません、人間ドックを受けたいんですが。2月18日の月曜日はあいてますか?」



「ありがとうございます。では、ただ今、お日にちをお調べいたしますので、少々お待ち下さい。」



とっても丁寧な猫なで声の男性が応対しました。



そのまましばらく待っていると、当の係の男性が電話に戻ってきました。



「大変お待たせしました。おかげさまで、3月28日まで、ご予約でいっぱいでございます。」



!?なんと!7週間先まで予約がビッシリ詰まっていると言うの?2月18日は平日なのに・・・。



と、一瞬びっくりすると同時に、なぜだか知れないけれど、猛烈に腹が立ちました。



なぜ、腹が立ったのか?一瞬のうちに考えてみると、一瞬のうちにわかりました。原因はこの男性の言葉使いです。



「おかげさまで、予約がいっぱい。」



という言葉。そんなにそっちは儲かっているのか。それはそれは。でも「おかげさまで」って、私は予約を断られたわけだからその繁盛ぶりには貢献していない。よって「おかげさまで」と言われる筋合いはない。さらに、繁盛しているのはそちらの勝手で、今、私は、客として予約が可能かどうかを問い合わせたのだ。であるならば、「予約がいっぱいで押さえることができない」という状態に対して「おかげさまで・・・」と答えるのは、客の立場を無視したものとは言えまいか?



本来、ここでは、



「申し訳ありません、あいにくその日は予約で埋まっておりまして、3月28日まではお取りできないんですが・・・」



と言うべきではなかろうか?もしこれが、飛行機や新幹線の座席を予約する時に、その便はいっぱいだとしたら、航空会社やJRの職員は「おかげさまで満席です。」と答えるだろうか?否、あり得ない。



理由が分かると、少し落ち着いたが、やはり気分は悪い。人間ドックを受ける前に病気になりそうだ。



「じゃあ、出直します。」



と電話を切った後、少し考え直して、もう一度電話をした。今度は女性が出た。落ち着いて、「さっき電話したら、3月28日まで空いてないと言われたが、もう一度確認して欲しい」旨を伝えたところ、やはりそのとおりだったので、観念して3月28日を予約した。



だから皆さん。



3月28日・木曜日の「あさイチ!」が終った後、翌日まで、"おかげさまで"私は人間ドックに入ることになりました。



以上、ご報告まで。

2002/2/7


◆ことばの話566「アメリカの初代大統領は?」

書いていいのかなあ、どうしようかなあ、けど、ON AIRでも言っちゃってたしなぁ。



ええい、書いちゃお。



生の番組って思わぬことが起きることがありますよね。本人は一生懸命なんですけど、だから見ている人は面白いという・・・。



今、(2月18日)ブッシュ大統領が来日していますが、以前番組で「アメリカの初代大統領はだれ?」と突然聞かれたAアナウンサー、「え・・・。」



としばらく絶句したあとに小さな声で、



「・・・レーガン大統領」



ずっこける出演者・スタッフの様子に、「間違ったんだ」と悟った彼女は、あわてて訂正して、



「あ、違う違う、リンカーン」。



・・・リンカーンは第16代大統領です。



後日、この話を聞いたBアナウンサー、「レーガン」のところで大笑いしました。そして、「じゃあ、本当は、初代大統領はだれ?」と聞かれて、自信を持って、



「リンカーン!」



・・・それじゃ、Aさんのこと、笑えない・・・。



このBさんは、先日大橋巨泉さんが議員辞職した時に、民主党の比例名簿で次点のツルネン・マルテイ氏が繰上げ当選になるというニュースを、



「この結果ツルネン・マルテイ氏が、繰り上げ返済・・・失礼しました、繰上げ当選となります。」



と読んでしまいました・・・。いくら35年ローンでマンション購入したからって言って・・・。



Aさんは、先月でしたか「来月(2月)に開かれる冬季オリンピックはどこで行われるか知ってますか?」と聞かれて、



「リレハンメル」



と答えたこともありました。ソルトレークシティーと答えるより、リレハンメルと答えるほうが難しいと思いますが・・・。AさんとBさんは同じ大学の先輩・後輩です。



アメリカの初代大統領に関しては、その後アナウンス部の若手CアナウンサーとDアナウンサーに聞いたところ、しっかり「ワシントン」という正解が返ってきて、ホッとしました。が、他に若い人に質問したところ、



「・・・ワシ・・・」



「ワシ・・、何?ワシがどうしたの?」



「ワシ・・・・ン・・・トン?」



というふうに、結構みんな不安そうに答えるし、さすがに「レーガン」と答えた人はいませんでしたが、



「リンカーン」



と答える人が他にもいたのです(!)。



「ワシントン」よりも「リンカーン」の方が、アメリカ大統領としては有名なのかもしれません。



もしかしたら「アメリカの初代大統領=ジョージ・ワシントン」というのは、歴史の教科書で習ってないのではないか?と思い、去年話題になった中学生向けの社会の教科書「新しい歴史教科書」(扶桑社)を見てみると、案の定「ワシントン」の名前はありませんでした。



もしかしたら、学校の社会・歴史で習ったのではなく、例の「桜の木を折ったのは誰だ!?」「私です」と正直に名乗り出たという「偉人伝」で読んだか、若しくは「国語」「道徳」の授業で学んだのかもしれませんね。だとすれば、今の若い人が知らないのは「むべなるかな」と・・・は思えないか。



知っとけよ!ワシントン。

2002/2/18

(追記)

2003年5月28日のケータイメモから。
テレビを見ていたら、「アメリカの今の大統領は誰?」と聞かれた大阪府忠岡町のおばちゃんが、
「ブッシュマン。」
うーん、しゃれで言っているのか皮肉で言っているのか、それとも本気で言っているのか、ちっともわかりませんでした・・・。
2006/10/31