◆ことばの話490「メッカ」

不況の中頑張っている企業を紹介した夕方のニュース番組の中で、こんな表現が出てきました。

「大阪の南船場は、IT産業のメッカです。」

メッキではありません、メッカ。

ひところよく使われたこの「○○のメッカ」という比喩表現。最近、影を潜めていたと思ったら、出てきました。

この「メッカ」の語源はもちろんご存知ですよね、と思うのですが、若い方でご存知ない方もいらっしゃるようで。

「メッカ」はサウジアラビアの地名です。広辞苑によると、

「サウジアラビアの西部、へジャズ地方の都市。ムハンマドの出生地で、カーバ神殿があり、イスラム教第一の聖地として多数の巡礼者が訪れる。人口36万6000人(1974)。アラビア語名マッカ。」

とあります。マッカな本当。(それにしても広辞苑、第五版にしては人口のデータが1974年とは古いな。)

つまり、イスラム教の聖地なんですよ。

だから、「門前、市をなす」と賑わうところであり聖地・中心地、ということで、転じて
「ある物事の発祥地や中心地。また、あこがれの地。(例)舞台人のメッカ、ブロードウェー」
ということなんですね。

けれども、もともとが宗教(イスラム教)の聖地ということがあるわけですから、使ってはいけないケースも出てきます。

これまでに私が聞いたことのある「それはあかんやろ・・・」という使用例は、
「仏教のメッカ」
というものです。もろ、バッティングしていますね。
このへんに注意して使う必要があるということでしょう。
NHKの「ことばのハンドブック」(1994年版)によると、
"ひゆ的に「高校野球のメッカ、甲子園」などという使い方はあるが、濫用しない。特に、イスラム教以外の信仰に関して使うのは違和感がある。(例)×修験道のメッカ、○○山"
と記されていました。

2001/11/29

(追記)

「早稲田学報2001年12月号」に「集まり散じて」という写真とコラムが載っていました。ジャズスポット「J」というところに、タモリこと森田一義さんが所属していたモダンジャズ研究会のOBが8人集まった写真が掲載されていて、その下に書かれて文章に、

"ニューヨーク・マンハッタン島はジャズの「メッカ」でもある。ジャズ愛好家にとって先のテロは、聖地への比類なき蛮行と表現したくもなる。"

とありました。書き手はその"ダンモ"研究会のOBで、昭和40年商学部卒業、現在は、大東文化大学経済学部教授の松村文武さんです。

2001/12/7

(追記2)

2005年4月7日の産経新聞・家庭欄の「心ほっこり春のスイーツ」という特集記事のリードに、
「スイーツのメッカ、神戸からは」
という文章を見つけました。いまどきこんな「メッカ」の使い方を、新聞がしているなんて、ホンマかいなと驚きました。メッカらウロコが落ちました。岸本佳子記者の署名記事ですが。
日本新聞協会新聞用語懇談会放送分科会編『放送で気になる言葉・改定新版』に「メッカ」はこう載っています。
「本来の意味はイスラム教の聖地。『交通事故のメッカ』など悪い意味はもちろん、単に人が集まるところ・名所の意味で使うことは避けたい。」

同じく新聞協会編の『新聞用語集』にも、
「メッカはイスラム教の聖地の意味だから、『交通事故のメッカ』といった悪い意味には使わない。」と書いてあります。「スイーツのメッカ」は、悪い意味ではなく良い意味なんでしょうが、あまり使わない方がいい表現ではないでしょうか。

2005/4/7

(追記3)

『「ウチら」と「オソロ」の世代〜東京・女子高生の素顔と行動』(中村泰子、講談社文庫:2004)という本を読んでいたら、東京の渋谷センター街には、
「メッカ」
という名前のプリクラ専門店があるそうです・・・。
2005/4/10

(追記4)

4月17日深夜放送の日本テレビ「ドキュメント05」では、東京・新宿区大久保の小学校を取り上げていました。ここは全校児童の6割が、「両親のうちどちらかが外国人」という学校なのだそうです。その中で、ナレーターの女優・斎藤由貴さんが、「冬ソナ」の音楽が流れる店の映像をバックに、こんなナレーションをしていました。
「韓国ブームのメッカとなった大久保」
こんなところで「メッカ」を使うのはちょっとどうかと・・・。いろんな国の人がいて、いろんな宗教の人もいるのでしょうから、気を使った方がいいのではないかなと思いました。
2005/4/18

(追記5)

2007年6月7日、日本テレビ『スッキリ!』で、河川敷でバーベキューをしていた大学生らが、ホームレスの男性やダンボールハウスに火をつけて「器物損壊」でつかまったというニュースをしていました。その中で、よくその河川敷でバーベキューをすることがあるという別の大学生にインタビューをしたシーンで、インタビュアーが誘導して、その大学生も、
「バーベキューのメッカ」
と言わされていました・・・・。字幕でのフォローでも、
「そうですね、メッカですね」
とスーパーが出ていました。
2007/6/8

(追記6)

7月19日の読売新聞に、帝塚山大学の「学長」松岡 博さんが紹介されていました。その記事の見出しに、
「『奈良学』のメッカに」
「メッカ」が使われていました。松岡さんの言葉として、
「奈良学は、帝塚山大学が提唱した学問です。(中略)将来、帝塚山大学出版会から奈良学の叢書(そうしょ)を出版できればとも思っています。日本の伝統文化研究のメッカになるべく、さらに強くなってほしい分野です。」
とありました。
2007/7/31


(追記7)

民党総裁選さなかの9月16日、候補の2人、福田康夫氏と麻生太郎氏が街頭に出て演説を行っていました。それを流したニュースの中に、麻生氏の次のような発言がありました。
「オタク文化の聖地・秋葉原」
「メッカ」を使わずに「聖地」を使っていました。
2007/10/7
(追記8)

『ありふれた思い出なんてないさ』(沢野ひとし、新風舎)の中のコラムに、
「上野駅は家出人のメッカ」
というタイトルで、
「上野駅は家出人のメッカといわれてきたが、実は私も家出人と間違われた経験がある。」
という文章が出てきました。
2009/3/17
(追記9)

TBSが出している放送の専門誌『調査情報2009、1−2』「世界のメディアブランド5」「デジタル領域への果敢な挑戦 BBC」(千田利史=TBSメディア総合研究所客員研究員 ワンズコンサルティング代表)の冒頭に、いきなり見出しで、
「放送のメッカ訪問」
「メッカ」が出てきました。「よい意味」で使うのはOKなのでしょうか?千田さんという筆者の本文の中にも、
「放送産業のメッカのようなこの場所」
「メッカ」が出てきます。そこから見出しは取ったのでしょう。放送関係の人だと比喩で「メッカ」は使わないのかなと思っていましたが、そういうわけでもないのですかね?これ自体は「放送ではない」から許されるのでしょうか?ちょっと疑問。
2009/4/30
(追記10)

有川浩(ひろ)さんの小説『三匹のおっさん』(文藝春秋:2009、3、15)の中に、
「あの商店街の空き店舗の一つが既にそうした悪徳業者のメッカになっちまってるんだ」(391ページ)
と、悪い意味での「メッカ」が出てきました。
2009/5/5


◆ことばの話489「死亡牛・廃用牛」

北海道で、国内2頭目となる狂牛病の牛が発見されてしましました。
ショックです。
新聞でその関連の記事を読んでいたところ、こんな言葉に出会いました。
「死亡牛」 「廃用牛」
ふつう、「死亡」という言葉は人間にしか使いません。以前、(今年の春でしたか)大阪の平野区で散歩中の犬が毒物を食べて死んだ時に、各新聞「犬、死亡」という書き方をして、その後、直したことがありましたが、正しくは「犬、死ぬ」ですね。
しかし今回は、おそらく専門用語・業界用語として「死亡牛」が使われているのでしょう。
でもこれも「炭疽菌」を「炭そ菌」と書くことによって「炭素菌」と間違ってしまいかねないのと一緒で、「死亡」の同音異義語である、
「脂肪牛」
と間違いそうでもあります。
「死亡」をやめて「死」にすると「死牛」。これはこれで、音の響きが悪いですね。
そして「廃用牛」です。
「牛乳」が搾れるメスと違って、オスのホルスタイン牛は、種付けで「用なし」となったら、「牛肉」になるんだそうです。それが「廃用牛」。・・・なんか、悲しい名前ですね。

牛でなくて良かった。
でも、ウシ年なんですよ、私・・・。

2001/11/29

(追記)

メスのホルスタインも、乳が出なくなると、「廃用牛」になるんだそうです。
合掌・・・。
また、群馬県で3頭目も。
2001/12/6

(追記2)

あれから2年あまり。BSEの感染牛は、国内で10頭になりました。
それとは別に、今度は山口県と大分県で「鳥インフルエンザ」に感染したニワトリがたくさん出ました。それがおさまりかかった今日(2004年2月27日)、今度は京都府丹波町で、1週間にニワトリ1万羽が死に、そのニワトリから「鳥インフルエンザウイルス」が検出されました。さてその死んだニワトリのことを、インタビューに答えた京都府の係官が、
「死亡鶏」
と書いて、
「シボウケイ」
と言っていました。ニワトリも「死亡」するんだ・・・・などとのんびりしたことを言っていられないです。牛ダメ、トリダメ。一体我々に、何を食えというのでしょうか?
あ、そうだ。オマケで、「餃子の王将」の、昔からやっているテレビコマーシャルのセリフを書いておきます。
「食は王将にあり。豚肉1日7000キロ、卵1日5万個、鶏肉(トリニク)3000キロ、ギョウザ1日100万個。食は万里を越える!」
京都府丹波町のこの養鶏場では、1日8万個のタマゴを「生産」していたということです。
もう一つ。2月27日の読売新聞夕刊では、
「ニワトリ」
「鶏」

という2種類の表記が見られました。読売新聞社の『読売ハンドブック2002』によると、「動物、植物の名称で常用漢字で書けないもの」は「カタカナで書く」ことになっています。それで、(注)として、
「常用漢字表に含まれている動・植物の漢字〔特別に認められた表外字を含む〕は次の通り。」
○動物
牛 馬 犬 豚 羊 象 鶏 鯨 蚊 蚕 猿 猫 蛇 蛍 亀 鶴 虎
○植物
松 杉 柳 桑 梅 桜 桃 菊 竹 茶 漆 麻 稲 麦 芝 豆 芋 菜 綿 藻 柿

 
ということです。つまり、読売新聞が「ニワトリ」「鶏」というカタカナと漢字の2種類の表記を使ったのは、常用漢字表にある漢字である「鶏」を使う一方で、ほかの多くの動物がカタカナ表記なので、それに歩調を合わせる形で「ニワトリ」というカタカナ表記も使ったということではないでしょうかね。
ちなみにほかの新聞(2月27日夕刊・早版=3版)も合わせて書きますと、
(読売)ニワトリ、鶏(ただし4版からは「鶏」だけ)
(産経)ニワトリ、鶏
(毎日)鶏
(日経)鶏
(朝日)鶏

ということでした。もしかすると、「ニワトリ」と言うと「生きた動物」として扱っているようで、漢字の「鶏」にすると「食料としての鶏肉・鶏卵の元である鶏」という使い分けがあるのかもしれません。
でも、それよりは、4文字の「ニワトリ」よりも1文字の「鶏」にして、字数を稼いでいるというのが、本当の所かもしれませんが

2004/2/27
(追記3)

久々の追記です。
秋田県の業者が、「比内地鶏」と偽って、そうではない鶏肉を出荷していたことが発覚しました。その「比内地鶏」の代わりに使われていたニワトリが、
「廃鶏」
と呼ばれるものでした。もう卵を産まなくなったニワトリのことだそうです。10月22日のテレビ朝日のお昼のニュースでは、
「はいけい(LHHH)」
平板アクセントで読んでいました。「廃用牛」と言い「廃鶏」と言い、なんだかちょっと寂しい呼ばれ方ですね・・・。

2007/10/22


◆ことばの話488「招かれざる客・招かざる客」

和歌山県の宇久井漁港で今、「コモンフグ」という猛毒のフグがとれすぎて困っているというニュースをやっていました。
このニュースの中で、
「漁師さんも"招かれざる客"に頭を痛めています。」
という一文がありました。
私はちょっと引っかかったんですが、「招かれざる客」の「れ」は受け身の「れ」。だから、「れ」が入った形は「客」である「フグ」から見た場合か、第三者側から見た場合には使えますが、漁師さんを主体にした場合には使えないのではないか?と思ったのです。あえて使うのなら、漁師さんが「招かざる客」(「れ」がない形)ではないのでしょうか。
慣用句としてはもちろん「招かれざる客」なんでしょうが。
YAHOOで使用例を検索してみると、
「招かれざる客」=4690件
「招かざる客」=1550件 と、3:1の割合で「招かれざる客」の方が多くなっていますが、それでも1550件も「招かざる客」も使われているようです。

「平成ことば事情487・肉汁3」で意見を頂いた、早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんから、これについても意見を頂きました。

たとえば、例文として
「A先生は、授業中に指名されない生徒が退屈しないように、まんべんなく質問を発する」
は成立しますし、
「A先生は授業中に指名しない生徒が退屈しないように、まんべんなく質問を発する」
でも成り立ちます。
つまり、どちらでも良いのでははいか?ということでした。
そうかあ・・・。
言葉としては、「招かれざる客」の方が定着していると考えてよいのでしょうね。

2001/11/27


◆ことばの話487「肉汁3」

「肉汁」の1、2で「にくじゅう」か「にくじる」か?という話をしました。
その中で、「肉」の「にく」という読みは、訓読みのように見えるが、「音読み」で、「訓読みはない」というふうに書いたところ、東京の知人から、
「"しし"という読みは、訓読みではないのか?」
という質問を受けました。
そういえば「ししむら」「太り肉(じし)」というふうな言い方をしますね。
「角川新字源」という漢和辞典を引いてみると、意味としての「しし」というのは載っていますが、「訓読み」の欄には、読みが書かれていません。

「日本国語大辞典・第二版」で「しし」を引くと、そこには「肉・宍」という漢字があててありました。つまり「しし」に「肉」という漢字をあてるが、それは「訓読みではない」ということなんでしょうか?

そうすると、「一体、訓読みとは何か?」という疑問が生じます。

思うに「しし」という「やまとことば」が昔からあって、「獣(けもの)」のことを「しし」と呼んでいた。そのあとに「肉」という漢字が中国から入ってきた。そして「にく」という音をあてた、ということなのではないでしょうか?

ちなみに「猪(イノシシ)」も「シシ」といいますし、「鹿(シカ)」も「シシ」と言います。京都の「鹿ケ谷かぼちゃ」は「ししがたに」です。つまり「鹿」と書いて「しし」と読んでいる訳です。

「肉」に「訓読み」はあるのか?また「しし」は「肉」の訓読みなのか?

いろんな方にメールなどで意見を聞いたのですが、早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんから頂いたお返事が一番詳しく「なるほど」と思ったので、要旨をご紹介しましょう。

広い意味の「訓読み」は外国語である文字の漢字に、意味のよく似た日本語をあてたもの。たとえば「頭」という字は「かしら」と読むほか「いたる・こうべ・かみ・さぶらう・はし・ほとり・さき・つかさどる・・・」など様々に読まれていた。そういう意味ではこれらは「訓読み」と言える。そのうち、中でもよく使われる訓(定着した訓)を、仮に”固定訓”と言うならば、「かしら・こうべ・あたま」が固定訓と言えるだろう。

戦後「当用漢字表」→「常用漢字表」が発表されたときに表に載っていた「常用訓」は、「頭」の場合は「あたま・かしら」の2つ。

「肉」に訓読みがないというのは、「常用訓がない(常用漢字表に訓が記載されていない)」というだけのこと。ちなみに「角川大字源」では訓読みに「しし・にく」を記載してあり、「大字源」は「にく」「しし」を訓読み(固定訓)と考えている。しかし「にく」は音読みでは?という点に関しては、音読みが「ニク」訓読みが「にく・しし」。もう「にく」は日本語として定着したと考えているのではないか。


ということでした。(要旨と言いながら、ほぼ全文を載せてしまいましたが。)

それを裏付けるように、読売テレビの漢字博士・下尾雅之氏(漢字検定一級・全国2位!!の実績)が、漢字検定協会の参考書から「常用漢字の表内外音訓表」のコピーを持ってきてくれました。それによると、 「肉」の音読みは「ニク」、訓読みは"なし"、表外訓として「しし」が載っていました。

飯間氏によると、「訓」とは「漢字の翻訳語」ともいうべきものだとも書いてらっしゃいました。

今回、「肉」の読みをめぐって考えている中で、ふだん常用訓にのみ、とらわれてしまっている自分の視野の狭さに気づきました。もうすこし広い視野で、楽しく漢字とつき合おうかな、という気がしました。

2001/11/29

(追記)
日清の「焼豚ラーメン」というカップラーメンのコマーシャル(2002、2、1:07時41分)で、
「"にくじる"がさぁ。」
というセリフがありました。"にくじゅう"ではなく"にくじる"でした。忘れないうちに記しておきます。

2002/2/1

(追記2)
セブンイレブンのコマーシャルで、
「"にくじゅう"がたっぷりのカツ重」
「にくじゅう」を使っていました。「じゅう」で韻を踏んだのかな?
今行われている読売テレビのアナウンサー試験にやってきた学生さん(主に大学3年生)に、この「肉汁」を読ませたところ、ほとんどの人は、
「にくじる」
と読んでいました。「にくじゅう」と読んだ人は、そうですね、50人に1人くらいでした。
一般的には、特に若い人にとっては「にくじる」の方がなじみがあるのでしょうが、このセブンイレブンのコマーシャルが「にくじゅう」回帰の起爆剤に・・・ならんやろなあ・・・。


2004/1/22


◆ことばの話486「どキレイ」

年賀状だあ、年賀状!図案を考えなくちゃ!ああ、もう、そうこうしているうちに師走だ師走だあ、と頭の中で走り回る自分がいる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか、という今日は11月27日。

このところ、ハウスのシチューやグラタン、トンガリコーンのCMと共にバンバン流れているCMに、エプソンのプリンター「カラリオ」のコマーシャルがあります。

西村雅彦さんと優香が出てくるやつです。あのCMで、優香が言うセリフであり、今年のこのプリンターのコマーシャルの、一番のキャッチコピーは、
「どキレイ」
です。

うーむ、「どキレイ」。これはキレイなのか、そうでないのか?当然、"とんでもなくキレイ!!!!"と言うことを言いたいのであろうが、「ど」という音は、「キレイ」という語感からは、かけ離れているような気がするのだが。

そもそも「ど」をつけて強調するのは関西弁の手法です。たとえば「ど真ん中」。東京では「まんまんなか(まん真中)」と言っていたはずでした。今でも東京の人で「ど真ん中」の「ど」には、違和感を覚える方は、年配の方の中にはいらっしゃることでしょう。

このほか、「ど」のつく言葉、挙げてみましょうか。

「ど根性」
「どたま(頭のこと)」
「どアホ」
「ど素人」
「どケチ」
「どっちらけ」(=「ど」十「しらけ」)
「どエライ」
「どマヌケ」


さらに強調して「どん」になると「どんケツ」なるものもあります。うーむ、キツイ。
「ど」は、関西弁で、対象物(者)をけなすための強意の接頭語だと思います。
「知ってなっとく日本語鑑定団〜ことばの疑問Q&A」(金田弘、鈴木丹士郎編著・小学館1999)によると、
「どけち」「どあほう」などの、ののしりの気持ちをこめて用いる接頭語の「ど」は、江戸時代からずっと現在においても使われている関西地方の俗語です。幕末の出版された「新撰大阪詞(ことば)大全」には「どといふことばは、すべての発語(ほつご=接頭語)なり」として「ぬす人をどぬす人、ひつこいをどひつこい」などとあげ、これらの「たぐひ、いくらもあるべし」と記しています。

また、近松門左衛門の作品「心中天の網島」にも見られ、「どうしぶとい」「どう根性」の「どう」がもとの形で、それが音変化したものと言われているそうです。

これに対して、「まんまんなか」の「真(ま、まっ、まん)」がつく言葉を並べてみましょう。
「まっ正直」
「まん真ん中」
「まっすぐ」
「まん丸」
「まっ赤」
「真人間」
「まっ黄色」
「真っ青」
「真っ白」
「真っ黒」
「まっぴら」
「まったいら」
「真っ向」
「まっさら」

など、単に強調していますが、そこに「けなす」という要素は感じられません。
逆に、「ま」のかわりに「ど」を入れて通用する言葉を捜してみると・・・「ど真ん中」ぐらいしか、思いつきません。そうすると、「ど真ん中」だけが、「ま」の領域に入り込んできた例外的なコトバなのか?どうも、そのようです。個人的には「ど真ん中」を使い出したのは、関西出身のプロ野球OBの解説者ではないかな?と考えていますが。

これとは別なのですが、「どアホ」の「ど」に似ているものに、「超ど級」という表現があります。この「ど」は漢字では「怒」の下の「心」の代わりに「弓」と書く「弩」という字をあてますが、実は、昔のイギリスの軍艦の名前の最初の一文字「ド」を取ったものなのです。私も、つい最近知りました。

同じく「知ってなっとく日本語鑑定団」によると、「超弩級」というような表現は、「弩級艦」からでたもので、「弩級艦」と言うのは、日露戦争直後の1906年に建造されその後の大鑑巨砲主義のきっかけともなったイギリスの戦艦「ドレッドノート号」(排水量1万7900トン)の頭文字の当て字で「弩」、それと同等の大きさの船を「弩級艦」、それを越えるような大きな船は「超弩級」となったそうですが、どことなく関西弁の強調語としての「ど」とイメージが重ならないこともないですね。(この本では、時代から見ても、結び付けるのはムズカシイ、と書いてありますが。)ちなみに、「弩」というのは、中国で戦国時代以降に用いられた機械仕掛けの弓のことで、三十サンチ砲十門を装備して主砲力を誇るところから、「砲」にみあう「弩」の字があてられたのではないかと言うことです。

どなっとく?

おっ、こんなことをしている場合じゃない、年賀状の図案考えなきゃあ!!

2001/11/27

(追記)

2006年8月25日午前10時5分から放送していたNHK総合テレビの番組『知るを楽しむ選・人生の歩き方』が、で、京セラの稲盛和夫さんを取り上げたドキュメントでしたが、この日のタイトルが、
「稲盛和夫 ど真剣に生きる」
でした。「ど真剣」ですかあ。Google検索(8月25日)すると、なんと、
「ど真剣」=2万0200件
もありました。どうやら稲盛さんの座右の銘が、この「ど真剣に生きる」のようなんですねえ。その意図するところは分りますが、「ど真剣」という言葉の響きは私はあまり好きではありません。「生き様」を嫌う人が多いのと同じような理由です。(「生き様」という言葉は、私は嫌いではないのですが・・・。)


2006/8/25
(追記2)

『シモネッタの本能三昧イタリア紀行』(田丸公美子、講談社)を読んでいたら、
「ド金持ちのイタリア女性」
という表現が出てきました。ドぎついなあ。
Google検索(5月12日)では、
「ド金持ち」=495件
「ど金持ち」=201件

でした。もしかしたら、アクセントは、
「お金持ち(オ/カネモチ)」
に習って、
「ド/カネモチ」
かなあ?それとも、
「オ/カネ\モチ」「コ/ガネ\モチ」
のように、
「ド/カネ\モチ」
でしょうか??
2009/5/12
(追記3)

コマーシャルって「ど」が好きなんですね。「バンテリン」という筋肉痛緩和の薬のCMで、
「痛みにどストライク」
というのが出てきました。「どストライク」
「ど真ん中のストライク」
ということなんでしょうね、きっと。
2009/8/31
(追記4)
万城目学の小説『プリンセス・トヨトミ』(文藝春秋:2009、3、1)を読んでいたら、
「顔面どストライクや」(131ページ)
という表現が出てきました。舞台は大阪ですが、「どストライク」。すごい言葉。「追記3」のバンテリンのコマーシャルは、ここから取ったのかな。
Google検索(9月16日)では、
「どストライク」=5万1500件
でした。結構あるな。
きょう、「鳩山新内閣」が発足しましたが、国民生活の要求に「どストライク」の政策遂行をお願いしたいものです。
2009/9/16
(追記5)

『女子と鉄道』(酒井順子、光文社文庫:2009、7、20・単行本は2006年11月刊)の151ページに 、
「ド暑い平日の昼下がり」
と、ド肝を抜く表現が。女性的な丁寧な文体の中に、ときおりこういった毒のあるドぎつい表現を放り込むのが、酒井さんの特徴とはいえ、
「ド暑い」
は初めて見ました。Google検索では(4月13日)、
「ド暑い」=4180
でした。このぐらいだと「よく使われている」とまでは言えませんが、「使う人もいる」と。若者語、ですね。
2010/4/13