◆ことばの話480「行った、行った」

「さあ、早く行った、行った!」

人を促すときに、こんな言い方しますよね。ほかにも、

「さあ、買った、買った!」

「食った、食った」


というのもあるでしょう。

この「行った」「買った」「食った」は、形の上では「過去形」に見えるのですが、意味の上では「勧誘」「助言」、あるいは「命令」だと思うのです。しかも現状としては、「まだ、行っていない」。だからこそ「行った、行った!」と尻を叩いている訳ですが。

一体これはどういうことなんでしょうか?

考えてみました。

思うにこれは、

「行った方が良い」

「行った方がおまえさんの身のためだ。」

という意味の文章の後半部分を省略した形
と考えられるのではないでしょうか?

そして、使われ方の特徴としては、「2回繰り返すことが多い」ようです。(もちろん、1回でも使えますが。)

「行った方が良い」という場合は、英語で言うと「You had better go to〜」というような形になると思うのですが(また、脇浜アナから突っ込み入りそう)、「行った」と「仮定」して、その方が「行かない」ことよりも良いという想定が基本にあるんだと思います。つまり、仮定の話の時に「過去形」を使うということは「未来を仮定して"行った"こととして考える」ということになります。英語でも「If I were a bird,〜」(もし私が鳥だったらば・・・)というふうな仮定形の時には「過去形」を使いますが、それと同じようなことなのでしょうか?

話がややこしくなりました。

もうこの話は"終った、終った!"

2001/11/20


終った、つもりだったら、森田良行「言葉をみがく〜日本語の持ち味、隠し味」(創拓社1991年)にこれに関連したことが書かれていました。



「買った!買った!」の「〜た」の形にも命令用法がある。相撲で行司さんが「残った、残った」と叫ぶ、あれも"残れ、残れ"という力士への命令から来た掛け声だろう。」(42、43ページ)

「どうも日本人は、西欧の人と違って、個々の動作を現在だ、未来だ、やれ過去のことだと区別して細かく考えようとしない。文法学的に言えば時制に対する言い分けを神経質に行わない。いや、現在から見ての未来だ過去だという弁別よりも、もっと違った観念があるように思われる。



"やっと電車がきました。<快速>の文字もハッキリ見えます"

"先生のお宅、現在も電話ありました。やっぱり新宿局でした"

"明日は帰りに役所へ回ります。重要な会議がありました"



未来や現在のことでも"た"を用いているのはどうしたわけか。いや、それだけではない。同じ話題の問答にもかかわらず、テンスが不ぞろいなどということは、いくらでも例がある。」(72、73ページ)





とありました。いや、まったくそのとおり。

この話を書いていたら、後輩のOアナウンサーが、こんな話を。

「最近気になるCMがあるんですよ。韓国料理の"なんとかジャン"という鍋の素のコマーシャルなんですけど、そのジャンを強調するために、登場人物が必ず語尾に"〜じゃん"とつけてしゃべるんですが、その鍋を初めて食べたお母さんが、"食べたことないわ"と言うと、周りの家族が"今、食べてんじゃん"と"つっこみ"を入れるんです。その"つっこみ"が納得いかないんですよねえ。」

「どうして?」

「だって、お母さんは"今までに食べたことがない味だわ"という意味で、"食べたことないわ"と言ってる訳ですから、それに対して"今、食べてんじゃん"とつっこむのは、どう考えてもおかしいでしょ。」




どうでしょうか。私は必ずしもおかしいとは思いません。

確かにお母さんの言わんとしていることは、



「(これまでに)食べたことないわ。」であり、「現在」は含まれていない。そして、現在初めて食べていることで、「今までに食べたことがない」ことがわかったわけですから、それを否定するような家族の"つっこみ"がおかしいというのも、一応わかります。

しかし、「現時点では、もう食べている=食べた」状態であるので、それも含めた「経験」において「食べたことない」という過去形を使って表現をするところに、わずかではありますが、家族が付け入るスキがあります。CMとしては、それを"オチ"に使って"笑い"を取ろうと言うんでしょう。ねらいは分かります。まぁしかし、あまり面白くないけどね。

このCMにおいても「食べたことない」という過去形の(お母さんの)発言が、現在進行形の「食べている状況」と、形式の上ではマッチしない(意味の上では、なんら問題はなくマッチする)というところが、ポイントになっているようですね。いやぁ日本語は、ホント、ムズカシイ。

2001/11/22


◆ことばの話479「酒米」

休日となった平日のお昼前、後輩のSアナウンサーから、ケータイにメールが入りました。

Sアナは、この日の昼のニュースの担当者です。メールの内容は、このようなものでした。



「酒米」は何と読みますか?教えて下さい。



ははーん、ニュース原稿で、酒の仕込みのニュースがあるんだな。

でも、なんて読むんだろう?普通で読めば、「さかまい」だろうけど。

「広辞苑」を引いてみると・・・なんと、載っていないのです、「酒米」。

とりあえず、Sアナには「さかまい」で行けと電話で伝えて、なお調べて考えることに。



まず、「酒」と「米」とに分解して読み方を考えてみました。

「酒」は「さけ」か「さか」か「しゅ」、

「米」は「こめ」「ごめ」「まい」「よね」「べい」


ですね。組み合わせで考えると、3×5で15通りの読み方があると考えられます。

「さけこめ」

「さけごめ」

「さけまい」

「さけよね」

「さけべい」

「さかこめ」

「さかごめ」

「さかまい」

「さかよね」

「さかべい」

「しゅこめ」

「しゅごめ」

「しゅまい」

「しゅよね」

「しゅべい」


以上、15種類。「米」という字はいろんな読み方があるんですね。

「むぎこめ(麦米)」

「もちごめ(餅米)」

「はくまい(白米)」「あかまい(赤米)」

「よねず(米酢)」

「べいこく(米国)」「にちべい(日米)」


というふうに。「米酢(よねず)」は意表を突いたでしょ?「こめず」と読みがちです。

おっと、横道に逸れた。

休日だったので、近くの図書館に行って「日本国語大辞典」を引きました。すると、しっかり載っていました、「酒米」。読みは、

「さかまい」

で合ってました。

読み方がいろいろあるということは、それだけ、日本人の生活に密着していることの証明でもあるような気がしました。

2001/11/20



◆ことばの話478「あつくなくな〜い?」

寒くなってきました。師走ですもんね、もう。

外が寒いとその分、暖房の入った家の中や電車の中、会社のオフィスは、とても暖かく感じます。それどころか、暑く感じることさえありますよね。

こういう時、標準語だと、

「暑くない?」

まあ、こんな感じで話すでしょう。

ところが、最近の東京の若者はこんな言い方をするそうです。

「暑くなくな〜い?」

アクセントは平板で、語尾が少し上がる感じ。

おーい、暑いのか暑くないのか、ハッキリしてくれい!

いや、暑くないのか暑くなくないのかどっちやねん!

えっ?だから「暑くなくない」と言っているって?"「暑くない」ことない"かと聞いている訳ですから、「"寒い"ことない?」ということ?寒いのか?暑いのか?

いや、意味の上では、

「暑くな〜い?」

と同じなんですよね。つまり「暑い」んだ。それなのに「ない」が1回多い。否定が奇数回あるということは、そこに提示されていることの反対のこと(否定形)を示しているのではないか?とも思うのですが。でも婉曲表現では「暑くな〜い?」は「暑いよね。」という同意を求めているわけですね。反語的かな。

偶数回でも、例えば「なくはない」=「ある」のように「否定の否定は肯定」ということがあります。

その論でいけば、「暑くなくな〜い?」も「否定の否定=肯定」で「暑いよね」と同意を求める疑問文になりますよね。じゃ、いいのか。

・・・こんがらがってきました。

こんな時のひとこと、関西弁やと、

「暑いこと、あらへん?」

「ある」に否定形の「へん」をつけて「あらへん」?と婉曲に聞きますね。

「ある」で肯定を強調してから「へん」で否定する。うーむ、これも奥が深い。



それにしても、「ない」が1回でも2回でも同じ意味になるって、なんかヘンな感じが、しなくな〜い?

2001/11/29

(追記)

「なくな〜い?」という形の関西弁版を見つけました。



「ちゃうんちゃうん?」



あるいは



「ちゃうんちゃう?」

これは「違うのと違う?」ということで、見た目は二重否定のようですが、意味は「違うのではないか」です。「ではないか」の部分が、「違いますか?」と柔らかく「そうでしょう?」と説得しているような感じがしますね

参考図書は「みんなの方言講座【1】北海道弁・東北弁・大阪弁・広島弁」全国方言友の会・編(双葉社1994)です。

2001/12/13

(追記2)

この項、1年のご無沙汰でした。「週刊文春」の2002年12月26日号、「阿川佐和子のこの人に会いたい」の連載467回。ゲストは巨人の桑田真澄投手。その桑田投手が冒頭、阿川さんへのあいさつの一言としてしゃべっているのが、

「阿川さん、ちょっと痩せられません?」

でした。それを受けての阿川さんの答えが、
「年と取ったの(笑)だって、前にお目にかかったのは九四年ですもの。」
でした。この「痩せられません?」は、「痩せたんじゃないですか?」を、ちょっと敬語の「られる」を使って言ってみたということですが、取りようによっては、

「あなたはずいぶん太っていますね。もう少し痩せることはできないのですか」

という意味にも取れるかもしれない。そう考えると、やっぱりへんな言葉です。
あ、でも「痩せられたんじゃないですか。」と言ったところで同じか。そういう意味では、

「お痩せになったんじゃないですか」

と言うべきですかね。

2001/12/20


◆ことばの話477「なすびのび」

ひょんなことから気になりました、「なすび」の「び」。

なくても言葉としては成り立っていますよね。「なす」。意味も「なすび」と「なす」は同じです。「び」があった方が「かわいいか?」というと、そうでもありません。「び」があると、電波少年のアノ顔が浮かんでしまいますし。えっ?もう忘れてしまったって?冷たいなー、みんな。

「なすび」のような「び」がおしりにつく言葉には、他に何があるでしょうか?

「わらび」

違うか。

もしかしたら、

「み」が訛って「び」になったのかも。

もとは「なすみ」だったとか。「茄子の実」で「茄子実」。


ホラ、関西でお葬式の時に供える葉っぱの

「しきみ」は、「しきび」

とも言いますよね。(木へんに密と書く。)そうそう、江戸っ子は、

「気味が悪い」を「きびが悪い」

って言いますよね。「み」と「び」は口の形も良く似ていて、一旦唇を合わせなくちゃ発音できませんし。

違うかな。

気になるな。「び」。(ナンシー関ふう。)

2001/11/20

(追記)

古橋信孝著「和語の生活誌・雨夜の逢引」(大修館書店・1996年1月20日)183ページに、「みやびとひなび」という項がありました。

それによると

「みやび=今めかし」−「ふるび=古めかし」、

「みやび=今めかし」−「ひなび=古めかし」

という対比
があると。

これらの言葉を使った形容詞・形容動詞には「雅やかな」「古めかしい」「古びた」がありますし、「古びた」によく似た語幹のものには「鄙びた(ひなびた)」があります。

いずれも「び」が出てきます。その「び」の意味を考えると、「〜な様相を帯びた」というような意味に感じられます。

そうだ、「日本国語大辞典」を引くのを忘れていた。さっそく引きましょう。

「び」いっぱいあるな。おお、これかな?

「び」(語素)

名詞に付いて、そのまわり、ほとりの意を添える。「川び」「山び」「浜び」など。(補注)意味的には「へ(辺)」(「へ」の甲類音)に近いものであるが、上代特殊仮名遣いからみると、同じ乙類音の「み(廻り)」との関連が考えられる。


おお!甲乙丙丁はよくわからないが、なんか、「び」と「み」は関係ありそうなことが書いてあるではないか!とりあえず、ここまでしか今のところわからないんですけど。

東京のNHKの知人によると、「なすび」という言い方は、あの芸人の「なすび」が出てきた時に、とても新鮮に感じたそうですから、関東ではあまり言わないのでしょうか?関西では普通に言いますけどねえ。

2001/12/7

(追記2)

「ひなびた」の関連で言うと、「古びた」「干からびた」「下びた」「大人びた」の「び」もあります。この「び」は「〜のように見える」という意味のように感じられます。そこから察するに、やはり最初は「み(見)」だったのではないか?「古見た」「干から見た」「下見た」「大人見た」の「見」が、「び」に変ったのではないかなあ?と思うのです。

(「下びた」には「下卑た」という字を普通は当てますが。)



また、東京のNHKの知人が「なすびという言い方は知らなかった」と言っていたので、会社の図書室で「現代日本語方言大辞典・第5巻」(平山輝男編・明治書院)をひもとき、「なすび」を調べてみました。

それによると、北海道から沖縄までのうち、以下の地点では「ナスビ」と言うことがわかりました。(九州・沖縄では「ナシュビ」「ナシゥビゥ」とか「ナサビ」と言うところもありますが。)



佐渡・富山・五箇山・石川・七尾・福井・岐阜・愛知・三重・滋賀・大阪・岸和田・

兵庫・奈良・十津川・和歌山・鳥取・島根・岡山・広島・油木・山口・徳島・大洲・

高知・福岡・佐賀・福江・熊本・大分・宮崎・甑(こしき)・名瀬・沖縄・平良・長浜・多良間・鳩間




以上の38地点です。東西に分けるとほぼ、きっかり西日本では「ナスビ」と言うという事ですね。東日本は「ナス」文化。関西で「ナスビ」と言わないところは、なんと京都で「おなす」。さすが、御所があったところは女房詞が中心ですか。あと九州では、長崎が「ナス」。出島があったりして、江戸との結びつきが強かったのかな?それと鹿児島が「ナスッ」。薩摩隼人は「ナスビ」とは言わなかったのでしょうか。 なかなかおもしろい分布ですね。

2001/12/10

(追記3)

一体何を見てたんだろう、俺は。3年前からずっと切り抜きを続けている、読売新聞夕刊(関西版)のコラム「ことばのこばこ」の1999年9月13日の分に、武庫川女子大学・言語文化研究所の佐竹秀雄先生が「ナスとナスビ」という題で、書いてらっしゃいました。

それによると、

「ナスが新しく、ナスビが古い言い方。語源は夏とれる野菜で夏の実からナスビになったという説がやや有力。ほかにナカスミ(中酸実)からとか、ナスミ(生実)からとか、諸説ある。そして、ナスビが室町時代の女官たちによって"おなす"と呼ばれるようになり、やがてナスが一般化した。」

そうです。「茄子の実」で「なすび」という私の説も、あながち、はずれてはいなかったようですね。

2002/1/11


◆ことばの話476「花街」

京都の芸妓さんや舞妓さんがいはる先斗町や祇園を指して、よく

「花街」

と言いますが、これはなんと読むかというと、

「はなまち」

と読む人が多いのではないでしょうか?やはり「花街の母」のイメージが強いんでしょうね。「円山・花町・母の町」という曲もありましたな。

しかし、現地では

「かがい」

と呼ぶようなのです。「はなまち」は、「新明解国語辞典」(三省堂)によると、

「置屋や待ち合いなどの集まっている町(の一郭)。狭義では遊郭を指す。」

とあります。「置屋」とは、

「芸者・娼妓をかかえておく家」

「待ち合い」
は、

「客が芸者などを呼んで遊興する所。」

「遊興」の内容が問題になる訳ですが、「はなまち」というと「狭義では遊郭を指す」という方に取られがちなので、「かがい」と呼ぶようになったのかもしれませんが、芸妓さん・舞妓さんの組合の名前でも「かがい」と呼び、「はなまち」とは呼びません。

この10月末に出たNHKの「新用字用語事典・第2版」でも「かがい」(花街)は載っていますが、「はなまち」は載っていません。

TBSの「ことばのガイドブック」(1999.4)
では、「花街」の読みとして、

○カガイ=祇園など京都の芸子組合

○ハナマチ


と載せています。

あんまり行ったことがないので、よくわかんないんですけどね。

2001/11/20