◆ことばの話475「帰化」

11月12日、Jリーグ・清水エスパルスのアレックス選手が申請していた、日本国籍取得が認められ、夕刊各紙にそのニュースが載りました。各紙の見出しを並べてみると(順不同)、



毎日「アレックス、国籍取得」

朝日「アレックス、日本籍取得」

日経「アレックスが日本国籍」

産経「アレックス、W杯代表へ道」

読売「アレックス帰化」




となっていました。この中で、読売だけが「帰化」という言葉を使っていて、他社は「国籍取得」「日本籍取得」「日本国籍」。産経は「W杯代表への道」ですが、サブタイトルで「日本国籍を取得」となっています。とにかく読売だけなのです、この日「帰化」を使っているのは。

そう言えば、数年前に「帰化ということばは差別語に当たる」というふうなことを聞いたような気がしますが、普段あまり接しない言葉なので、そのままになっていました。

調べてみましょう。

まず、アレックス選手に「国籍」を与えた静岡地方法務局に電話してみると、大変丁寧に教えてくれました。



「大半の日本人の方は、生まれた後に役所に届け出ますね。これが国籍法の第3条による準正による国籍の取得です。また、アメリカなどの外国でお子さんが生まれた場合、成人までにアメリカ国籍か日本国籍かを選択しなきゃならないでしょ、これは国籍法17条による、国籍の再取得に当たります。今回のアレックス選手の場合のように、全くの外国人の方が長い間日本に住んで、日本人になりたいという時は、一定の基準をクリアすると判断すれば日本国籍を取得できます。これは第4条によるもので、われわれは"帰化"と呼んでいますね。」



なーんだ、「帰化」でいいんじゃない。国籍法の条文の中に、確かに「帰化」という言葉が出てくるのです。「国籍法」を、六法全書で見てみましょう。



第三条(準正による国籍の取得)

【1】父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く)は認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときには、法務大臣に届け出ることによって、日本の国籍を取得することができる。

【2】前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。




これはまあ"フツー"の日本人の子どもの場合ですな。それにしても「あつた」の「つ」が小さくないのはどうしてだろうか?さらに、



第四条(帰化)

【1】日本国民でない者(以下「外国人」という。)は、帰化によって、日本の国籍を取得することができる。

【2】帰化をするには、法務大臣の許可を得なければならない。



そして第五条には、その帰化の基準として、例えば、5年以上日本に住んでいること、二十歳以上であること、素行が善良であることなどの条件が記されています。

また、第十七条には、「国籍の再取得」という項目もあって、これは外国で生まれた(例えばハワイで生まれた)子供で、成人になるまで外国(例えばアメリカ)と日本の両方の国籍がある、なんてケースに、日本国籍を選ぶ場合のことが記されています。

しっかり「帰化」という言葉が法律に記されているんですね。



しかし、朝日新聞に聞いたところ、



「"帰化"という言葉は、もともと"王様に屈服して従う"という意味だったので、これは失礼に当たるので、1999年の4月から使わないようにしています。"帰化人"も"渡来人"と呼びます。但し、"帰化植物"はそのまま使います。」



ということになっているんだそうです。

また、立場の違う産経新聞も「帰化」を使っていませんでしたが、こちらにも聞いてみると、

「産経新聞では"帰化"を禁止しておりません。翌13日の朝刊では見出しで"帰化"を使っています。本文では"日本国籍を取得"としています。状況によって使い分けています。但し"差別語かどうか"ということよりも、事実を分かりやすく伝えるということで言うならば、現時点では、"帰化"という言葉よりも"日本国籍を取得"とした方が分かりやすいので、そういった方向になるのではないでしょうか。」



ということでした。なるほどー。確かに産経新聞は、翌日の朝刊には「帰化」という見出しを使っていました。

また、毎日新聞校閲部編による「新聞に見る日本語の大疑問」(東京書籍1999,5,25)69ページには、「気をつけたい"帰化"の使い方」という項目があり、(この記事は、1997年11月6日に書かれたものですが)そこには、



「"帰化"という言葉には少し問題があります。漢語として"権威あるものに服従する"というニュアンスがあり、歴史的に言えば"大和朝廷の支配に帰順し、日本(ヤマト)化する」という意味があった言葉なのです。だから"帰化"と言う語に対する不快感が、特に中国、韓国・朝鮮系の方々に多いと聞きます。差別されがちな人々が、差別を誘発しそうな語を使って欲しくないと願うのは当然のことであり、マスコミは「言葉狩り」ととらえることなく、そういう立場に配慮し、自主的に使用を控える、という姿勢でなければ、と日ごろ自戒しています。」

ということが記されています。



そもそも辞書は「帰化」をどのように書いているか?引いてみなくてはなりますまい。



<帰化>

*「新明解国語辞典」

(君主の徳に感化されてつき従う意)

【1】それまで所属していた国とは違う国の国籍を得て、その国民となること。(例)帰化人

【2】ある種の植物が原産地以外の土地で自生・繁殖するようになること。(例)帰化植物



*「新潮現代国語辞典」

【1】志望によって他国の国籍を得てその国民となること。

【2】動植物が、本来の分布地域でない土地に運ばれ、そこの気候風土と適応して、自然に繁殖するようになること。(例)帰化植物



*「三省堂国語辞典」

今までの国籍をすて、よその国の国民となること。(例)帰化人



*「広辞苑」

【1】
(ア)<論衡(程材)「帰化慕義」>君王の徳化に感服すること。

(イ)<後漢書(循吏伝、童恢)>他の地方の人がその土地に移って来て定着すること。

【2】(naturalization)

(ア)志望して他の国の国籍を取得しその国の国民になること。(例)日本に帰化する

(イ)(生)人間の媒介で渡来した生物が、その土地の気候・風土になじみ、自生・繁殖するようになること。



*「日本国語大辞典」・・・これは長いので例は引きません。

(「帰」は帰服、「化」は徳化の意)

【1】王化に帰服すること。教化に従い服従すること。朝廷の支配下にはいること。

【2】本人の希望により、新しく他国の国籍を取得すること。外国人が日本に帰化するには、引き続き五年以上日本に住所をもち、なお居住する意思があり、かつ一定の条件に合った者に対し、法務大臣が許可している。

【3】原産地から他の地域に運ばれた生物が、新しい環境に順応してその土地に根をおろし、野生状態で繁殖すること。

【4】(比喩的に)あることがら、主義、人物などに傾倒すること。なびくこと。




といったところですが、現時点で、「帰化」という言葉さえ風化しかけているのに、その語源は・・・と考えると、「差別的だ」というのは「深く考え過ぎ」のように思えるのですが、いかがでしょうか?

あっ、ちなみに、日本国籍を取得したアレックス選手(本名はアレサンドロ・ドス・サントス)の日本名は、

三都主アレサンドロ

だそうです。で「三都主」と書いて「サントス」と読むそうです。「さんとしゅ」ではないそうなんでしゅ。ご注意あれ。

2001/11/27

(追記)

足元を忘れておりました。

日本テレビ「放送で使う言葉」(1997)の「気をつけたい言葉」に「帰化人」が載っていました。

「帰化」→「渡来人」。「帰化」には朝廷の支配下に入る、の意味がる。古代、朝鮮、中国から日本に渡って住み着いた人達のことは教科書でも「渡来人」としている。

となっては、います。

2001/11/29


(追記2)

2004年3月31日、2006ドイツワールドカップのアジア1次予選「日本対シンガポール」の試合。テレビ朝日の中継の中で、シンガポールの選手を指して言う時に、アナウンサーはさかんに、
「ナイジェリアから帰化しました。」
と「帰化」をよく使っていました。


2004/4/30


◆ことばの話474「ラスト・ワン・マイル」

ふだん、家ではあまりラジオを聞かないのですが、車の中ではよく聞きます。

テロ対策法案や特殊法人改革で注目を浴びている国会の模様が、NHKのラジオ第一でも放送されています。先日、子供を保育園に送った帰りに、その国会中継をラジオで聞いていました。

自民党の議員が「ITで、大容量の光ファイバーが注目されているが、幹線は引けていても、そこからそれぞれの事業所のビルまで引くところが、結局お金がなくて各中小企業は引けないでいる。そこで景気対策の一つとして、1兆円ぐらい出して、その費用の半分を国が負担するか、全額を無利子で貸すといったことは出来ないのか?」という内容の質問をしていました。そしてこの「幹線から各事業所まで」のことを、



「ラスト・ワン・マイル」



というふうに表現していました。

初めて聞く言葉です。アメリカなどではよく使われているそうです。直訳すると、



「最後の1マイル」



光ファイバーの「末端」ですね。

そんな新しい言葉を聞いてふと思出したのは、マイル→尺貫法→永六輔→メートル法でした。日本は国際基準としての「メートル法(法律ではありませんが)」を導入することによって、「メートル」という長さの単位を使い、それ以外の単位は使わないようにしたのではなかったのでしょうか?確か、昭和30年代初め?

いや、私は「メートル以外の基準を使ってはいけない」と言っている訳ではないのです。「(メートル以外の基準は)使わないように決めた」はずの立法府・国会の場で、なんの疑問もなく「マイル」が使われている様子を聞いて、一体、「尺貫法廃止」とかなんとかやっていたのは何だったのか?と思った訳です。結局、今も家の間取りは「6畳」とか「8,5畳」とか言ってる訳だし、土地も「3、3平方メートル」なんて中途半端な表示はしているものの、考え方は「1坪」なんですから、

なんだかなあ、といった感じです。

答弁に立った竹中平蔵大臣も、平気で「ラスト・ワン・マイル」と言っていました。

「ラスト1.6キロメートル」

とは、決して言っていませんでした。

2001/11/20


◆ことばの話473「同級生2」

11月12日、埼玉県久喜市で、中学3年生の女子生徒2人が飛び降り自殺をするという痛ましいニュースがありました。

そのニュースをNNN24で見ていたら、こんな表現がありました。



「2人は、中学校のクラスの同級生でした。」



ちょっと待った。現役の中学生でクラスが一緒ということは、普通は「級友」すなわち、「クラスメート」という風に表現すべきなのではないのか?と引っかかった訳です。つまり、

「2人は、中学校のクラスメートでした。」



ということですね。

話は更にここから広がります。「同級生」という言葉を、その当人が、その時点で使えるか?という疑問が生じました。つまり第三者が、現時点で同じクラスにいる2人の生徒を「太郎と花子は同級生です。」

と言うのは良いとして、太郎本人が、花子のことを、

「花子は同級生です。」

と言えるのかどうか。これも、先ほどのニュース原稿と同じように、

「花子はクラスメートです。」

といった方が良いのではないか?

つまり「同級生」という言葉は、「過去において同じクラスになったことがある友達」を指すのではないか?と思ったのです。

この考え方に基づいて言うならば、中3の太郎が花子のことを、

「中1の時の同級生」

というのはOKです。しかし、今現在、同じクラスにいる友人を

「同級生なんだ。」

と言えるのかどうか?普通は言えそうなんですが、今回「同級生とクラスメート」の意味の違いを考えた時に、「実は言えないのではないか?」というふうに思った訳です。「日本国語大辞典」で「同級生」を引いたところ、



「同じ学級の生徒。クラスメート。」



とありました。じゃあ、良いのか。確かに直訳すると「クラスメート」は「同級生」か。でもなんとなく「同級生」という言葉に対して私が思い描くイメージは、

「そのクラスを卒業した後にクラスメートを指して呼ぶもの」

なんですよねえ。

つまり、「同級生」と「クラスメート」は「同義」ではあるものの、まったく重なるものではなく、「同級生」の方が、意味の幅が広いような気がするのです。

皆さんは、いかがでしょうか?

2001/11/21

(追記)

久々の追記です。
2006年3月31日の日経新聞スポーツ面、パ・リーグの「ソフトバンク対西武」の試合で、先発はソフトバンク・和田、西武・松坂でした。その和田は1981年2月生まれ、松坂は1980年9月生まれと「同学年」なのですが、和田は島根県出身、松坂は東京出身(横浜高校出身)と、まったく育った場所は違います。でも日経新聞は、

「同級生対決、和田に軍配」

と見出しで、本文も、

「ソフトバンクの和田が強く意識する同級生の松坂との投げ合い」

と書いてました。「同学年」=「同級生」じゃないと思うのですが・・・・。

2006/3/31



◆ことばの話472「息つく・つぐ間もない」

ニュース原稿の中に、

「息つく間もなく」

という言葉が出てきました。これを聞いて「おやっ?」と思ったのです。

息は「つく」のか?「つぐ」ではないのか?

そう感じたからです。さっそく「つく」と「つぐ」を辞書(新明解国語辞典)で引いてみました。幸いにして、「つく」と「つぐ」は隣り合わせなので、一辺で両方を読むことが出来ます。手間いらず。でも最近私、後輩から「ウォーキング・ディクショナリー」と呼ばれています。何かわからないことがあって聞くと、道浦さんは、"代わりに歩いていって辞書を引いてくれる"からって。"歩く字引き"ってそういう意味か。・・・自分で引けよな、とも思うのですが、私もわからないことが多いので、ついつい私が先に引いてしまうことに。まっ、いいか。



「つく」=狭い口を通して(急に)強く出す。(例)ところてんをつく、息をつく、一息つく、ため息をつく、へどをつく(吐く)、うそ(悪態)をつく。



この「つく」は「吐く」と書いて「つく」とも読めそうですね。事実、「ところてん以外は"吐(つ)く"とも書く」と書いてありました。一方「つぐ」は、



「つぐ」=連続していないものを一続きにする。くっつける。(例)木に竹をつぐ、炭をつぐ(あとから足す)。



この「つぐ」は「継ぐ」の漢字をあてます。もうひとつ、「注ぐ」と書いて「つぐ」というのもありました。これは、

「(器などの中に液体を)そそぎ入れる。(例)お茶(酒)をつぐ。」



ということです。私が考えた「つぐ」は「息継ぎ」の「継ぐ」ですので、この場合は、前者でしょうか。せっかくですから、「日本国語大辞典」で「息」の熟語の欄を見てみましょう。



「息を吐(つ)く」

【1】大きく呼吸する。ためていた息をはき出す。

【2】ひと休みする。また、緊張や苦しみから解放されて、ひと安心する。ほっとする。

【3】きて行く。また、生活する。



「息を継ぐ」

【1】呼吸をする。呼吸を整える。

【2】ちょっと休息する。ひといき入れる。




ということは、いずれにせよ「休憩する」という意味合いなのですが、「つく」は息を吐き、「つぐ」は息を吸う。つまり動作としては、全く逆のことを指しているのです。濁点があるかないかで、全く逆。

そうすると、「息を吐く間もない」でも「息を継ぐ間もない」でも良いような気もしますが、息を吸う方が先か、吐く方が先かは、ニワトリが先かタマゴが先か?みたいな関係でしょうか?

皆さんは、息を「つく」派ですか?それとも「つぐ」派ですか?

2001/11/20
(追記)

2013年6月5日、エトがひと回りしての「追記」です。
昨日6月4日、日本代表は5大会連続のワールドカップ出場を決めました。それを伝える6月5日読売新聞朝刊スポーツ面、元読売ヴェルディ総監督・李国秀さんのコラムというか記事の書き出しが、
「息継ぐ間もないほど厳しく、激しいゲームを日本はしてくれた」
というもので、
「息継(つ)ぐ」
を使っています。これを見て「そうか!」と思いました。つまり、
「息を継(つ)ぐ」=「息を吸う」
「息を吐(つ)く」=「息を吐(は)く」

なのではないか?と思ったのです。
そもそも「息」って、吸うだけ・吐くくだけでは続きません。「吸う・吐く」で1セットですから、どちらかだけを言っても、その「間がない」ということは、
「両方のことを指している」
ことになるのではないでしょうか?と思ったのでした。


2013/6/5



◆ことばの話471「肉離れ」

NNN24を見ていたら、狂牛病のニュースをやっていました。

牛肉の安全宣言(10月18日)が出されてから3週間経ちますが、いまだ、一旦牛肉から離れていったお客さんが戻ってこないというのです。その分、鶏肉や豚肉はわずかながら売り上げが伸びているらしいのですが。これまで「高級和牛」に流れていた国内旅行客も「カニ」にシフトしているようです。お歳暮商戦にも当然影響を与えているようですね。

そういった事態を最も深刻に受け止めている肉牛の酪農家の取材をしていました。

その映像にかかっていた字幕スーパーが、



「肉離れの異常事態」



確かに「肉」、それも「牛肉」からお客さんが離れているという現状だけど、なんかおかしな表現ですね。普通「肉離れ」と言えば、



「(足の)筋肉が断裂を起こして痛い状態」



を指しますよね。もちろんこの場合はそうではなくて、文字どおり(と言っていいのかどうか)、



「(牛)肉」から(客さんが)離れて行く状態」を指します。



元の意味では「〈筋〉肉が離れた状態」を指すのですから、全く違った語法と言えるでしょう。

しかし、意味が同じで似た言葉はあります。



「客離れ」



という言葉。これは「お客さんが何かから離れて行く状態」です。

今回の「肉離れ」が特殊なのは、「肉が離れる」のではなく、「肉から離れる」点です。

つまり「が」と「から」

助詞を入れると、二つの「肉離れ」は、まったく違う意味から生まれたものであることがよくわかりますね。

2001/11/9

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