◆ことばの話425「ベランダとバルコニーとテラス」

大阪で子どもが自宅マンションから転落するという事故がありました。

落ちた先は「ルーフテラス」と呼ばれる場所でした。

これに関して、報道のデスクが尋ねてきました。

「道浦さん、"ルーフテラス"というのは、"ベランダ"のことですかね?それとも"バルコニー"のことなんですかね?」

急にそんな事を聞かれても、わかりません。さっそく辞書などにあたって"ベランダ"と"バルコニー""テラス"について調べてみました。(ちょっと古いけど技報堂「建築用語辞典」1965による)すると、

"ベランダ"

建物の外周りにあるひさしのある長い廊下状の吹き抜き部分。ギャラリー形式のポーチ、屋根のあるバルコニーと考えてよい。

"バルコニー"

【1】劇場などの2階席部分

【2】建物の居室の延長として屋根のない手すりで囲んだ突出部分。(露台)

"テラス"

土壇。土地の一部を高く盛り上げて丈夫を平らにした部分。一般にはその表面をれんが・敷石・コンクリートなどで舗装し、戸外の床面として用いる。家屋に接して用いられるものをテラスハウス、庭園の一部として用いるものをガーデンテラスということがある。


つまり、マンションやアパートなどの(高層・中層)建物で、屋根のあるのが「ベランダ」、ないのが「バルコニー」と考えて良さそうです。

また「テラス」は、「テラ」=地球、大地というところからも考えて、一戸建ての建物についてしか使えないと考えられそうです。

「テラス」のイメージを付与した、マンションやアパートの広めのバルコニーを「ルーフテラス」と呼ぶようですが、まあ、ちょっとおまけしてるような感じが、ないではないですね。単なるアパートを「マンション」と呼ぶような「下駄を履かせた感じ」でしょうか。まさに「下駄履きアパート」。意味は違いますが。ちなみに我が家は典型的な「ベランダ」です。

2001/9/13


◆ことばの話424「ディズニーシー」

9月4日、東京ディズニーシーがオープンしました。大変な人気です。

で、「シー」です。当然の事ながらこれは英語の「SEA」=「海」ですよね。

すると発音は「シー」ではなく「スィー」のはずなのですが、カタカナ表記は「シー」になってますし、あまり「スィー」と発音している人を見かけません。

また「C」だって「シー」ではなく「スィー」のはずで、「ビタミン・スィー」「ウルトラ・スィー」のはずですが、そんな発音をしたら「ええかっこして・・・」と言われそうです。

大体、関西人は「ディズニー」でさえ「デズニー」と言っているぐらいですから、「シー」の方まで気が回る訳がありません。標準的関西人は「デズニーシー」と言っているはずです。

最近の若者は、逆に「シー」と言えずに「スイー」としか言えないので、

「おいすぃー(おいしい)」「むずかすぃー(難しい)」

などという人もいるようだすぃー・・・。

「シー」か「スィー」か。それと同じような問題は、数字の「2」を「ツー」と言うか「トゥー」と言うかです。

えひめ丸の引き上げの様子をリポートしている、NNNロサンゼルス支局のN特派員は、日本にいた時は「2」は「ツー」、「SEA」は「シー」と、ベタベタな関西弁だったのですが、アメリカに行った途端、

「引上げ作業をしている、ロックウォーター・トゥーは・・・」

と「トゥー」という発音をして、本人をよく知る人たちの間で話題になっているそうです。

そうそう、この「デズニーシー」のオープンで、この3月にオープンしたUSJ=ユニバーサルスタジオ・ジャパンも、人気に陰りが出てはいけないと、新しいテーマパークの施設を作る計画を立てました。場所は沈下しつつある関西国際空港の近辺。完成予定は、空港が完全に水没して"世界初の海中空港"となった頃です。空港の見た目は竜宮城。その竜宮城のような空港には、亀の形をしたシャトルに乗って行きます。「ウイングシャトル」ならぬ「タートルシャトル」。そのシャトルからチヌの舞い踊りを眺めていると、おお、なんと!空港の横に、2001年のIOC総会で惨敗した"幻の大阪オリンピック"の会場、夢洲(ゆめしま)・咲洲(さきしま)・舞洲(まいしま)も沈んでいるではありませんか!

左から順に「夢・咲・舞」=「ゆめ、さく、まい」・・・やはり名前からして招致は難しかったのかも知れません・・・。しかしだからこそ、3つの人工島を使って、東京ディズニーシーに勝るとも劣らない、巨大海中テーマパークを、この和泉の地に作ることができたのです。このテーマパーク、名づけて、

「イズミーシー!!」

ええい、ついでに「ネズミーランド」も作っちゃえぃ!!

・・・ウソです。本気にしないで下さい。

そう言えば、USJオープンの時のコマーシャルで、かっこいい男の人が、英語ぽい感じのナレーションで、

「ユニバーサルスタジオ・ジャパーン!」

といってましたが、あれも英語でやるなら、「スタジオ」ではなく、

「ユニヴァーサルステューディオ・ジャパン」

だろうと、英語に堪能なWアナウンサーが言ってました。

つまりは英語じゃないのよ、外来語は。日本語なのよ。

でもその後見たCMではちゃんと「ステューディオ」といっているように聞こえましたけどね。

そうそう、京都にもUSJがあるそうですよ。えっ?ウソだって?いやほんま。

太秦撮影所(Uzumasa Satsueijo )ジャパン(Japan)・・・・。

2001/9/4

(追記)

外来語としての「ディズニーシー」のアクセントですが、私は「ディ・ズ・ニ・ー・シ・ー」を「LHHHHL」(Lは低く、Hは高く発音)と読みますが、テレビで見ていると、東京の人たちの中には「LHHLLL」と「ニ」のあとに下がるアクセントで言う人がいるようです。なんか変な感じ。

「ディズニーシー」よりも問題なのは、敷地内にある「メディタレイニアン・シー」とかいうやつ。「地中海」という意味だそうですが、おそらく、入場者の10人に一人ぐらいしか、ちゃんと発音できないのではありますまいか。

2001/9/5

(追記2)

今、話題の書、川上弘美「センセイの鞄」(平凡社2001.6.25)の中に、主人公のツキコさんがセンセイとどこかへ行こう、と相談する場面が出てきます。ツキコさんは37歳、センセイはおそらく70歳くらいでしょうか。

それじゃあ、次はどこにいきましょうか。

ディズニーランドなんか、いいですね。

デズニー、ですか。

ディズニー、です、センセイ。

はあ、ディズニー、ですね。しかしひとごみはワタクシはちょっと。

でも、わたし、行きたいです、ディズニー。

デズニーに、それでは、行きましょうか。

デズニーじゃないですってば。

ツキコさん、あなたなかなか厳しいんですね。


そちらがセンセイで、どちらがツキコさんかは、おわかりですよね。

やっぱりお年寄りには「ディ」の音は発音しにくいのかなあ。

そういう私も、「ディレクター」「ディズニー」は言えても「ディジタル」とは、よう言いません。

2001/11/13


◆ことばの話423「第四事業」

元・近畿郵政局長で7月の参議院選挙で当選した高祖議員派をめぐる公職選挙法違反事件は、9月3日までに大阪・京都両府警に15人逮捕され、まだまだ根が深いものになりそうです。

さてその選挙違反の実体が明らかになる中で、「郵政一家」の「隠語」が色々と明らかになってきました。

一番有名になったのが「第四事業」。表の「郵便・貯金・簡易保険」という「郵政三事業」に次ぐ裏の事業が、「選挙での票集め」という「第四事業」。

ゴルフでいうところの「19番ホール」と似た響きがありますね。

このほか、8月28日(火)の読売新聞・夕刊によると、

選挙支援活動のことを→「ニューパワー作戦」

選挙担当の近畿地方特定郵便局長会の理事→「総合政策委員」

衆議院選挙→「ALL JAPAN CONTEST」

自民党の党費振込用紙を部会長ごとに分ける行為→「カルタ取り」

後援会名簿→「お客様名簿」


こういった隠語は「営業時間内なども選挙関係の会話がしやすいように作られ」ていたそうです。

米川明彦編「集団語辞典」(東京堂出版)によると、「カルタ取り」は、銀行で「勘定が合わない時、伝票を一枚一枚照らし合わせて調べること」、中央官庁で「人事異動のために机の上に人名を書いたカードを並べてどこにだれを配置するかと考えること」とあります。「集団語」が「隠語」と「非隠語」に分けられ、「非隠語」は、「スラング」と「職場語・職業語・専門語・術語」に分けられるそうです。(渡辺友左1981)

これらの郵政"第四事業"における言葉の数々は、「隠語」でありながら、ある意味では「職場語」と言えるでしょう。

(おまけですが)役人の隠語について。朝日新聞で国税庁についてのコラムを連載している中で、国税庁の「集団語」が紹介されています。

「学士」=キャリア組のこと

「てんぷら」=高校卒業後に採用され税務大学校普通科で基礎実務を学んだ一般職員。みせかけだけで中身がないという意味だが、本心ではない。

「庁キャリ」=国税庁に採用されたキャリア。財務省採用の本省キャリアが国税の主要ポストを占めているのに対して「庁キャリ」の部長は徴収部長のみ、という処遇上の"区別"があるそうです。


2001/9/4

(追記)

忘れてました、「機密費」でおなじみの外務省。「ロジ担」というのも業界用語、というか「省内用語」ですよね。海外出張などで、宿泊や移動の手配をする裏方のことだそうです。

2001/9/19


◆ことばの話422「ウサマ・ビン・ラディン」

9月11日、許されない卑劣なテロにより、大惨事が起きてしまいました。

アメリカで民間航空機4機がハイジャックされ、そのうち2機が、ニューヨーク・マンハッタンの世界貿易センタービルに、1機はワシントンの国防総省(ペンタゴン)へ突っ込んだほか、もう1機はペンシルベニア州に墜落、たくさんの方が亡くなりました。

ブッシュ大統領をして「これはテロなどというものではない。戦争だ。」と言わしめた今回の事件。首謀者・黒幕として名前が挙がっているのが、イスラム原理主義・過激派グループの指導者、ウサマ・ビン・ラディン氏です。

この人物の日本語表記、つまりカタカナ表記に、マスコミ各社で微妙な差があります。

今朝(9月14日)の朝刊各紙を見てみると、

(読売)ウサマ・ビンラーディン

(朝日)オサマ・ビン・ラディン氏

(毎日)ウサマ・ビンラディン氏

(産経)ウサマ・ビンラーディン氏

(日経)ウサマ・ビン・ラーディン氏


そして英字新聞の「Daily Yomiuri」は、

(デイリーヨミウリ) Osama bin Laden

読売と産経が全く一緒、日経は「ビン」と「ラーディン」の間に「・」が入っています。

朝日だけが「オサマ」とファーストネームの母音が「オ」です。他は全部「ウ」。(「デイリーヨミウリ」は、発音は分かりませんが、スペルは「O」です。)

スポーツ紙は、ニッカン、サンケイスポーツ、スポーツ報知、スポーツニッポンの4紙とも、

「ウサマ・ビン・ラディン」


で統一されているようです。

テレビはどうか、と見比べてみると、

(日本テレビ)ウサマ・ビン・ラディン氏

(フジテレビ) ウサマ・ビン・ラディン氏

(TBS) ウサマ・ビンラーディン氏

(テレ朝) オサマ・ビンラディン氏

(NHK) オサマ・ビンラディン氏

といったところでした。


また、フルネームではなく使われる場合、新聞は、

(読売)ビンラーディン

(朝日)ラディン氏

(毎日)ウサマ氏(9月14日朝刊から、ビンラディン氏。おことわりあり)

(産経)ビンラーディン氏

(日経)ラーディン氏

(デイリーヨミウリ)ビンラーディン(Bin Laden)


テレビ局は、

(日本テレビ)ビン・ラーディン氏

(TBS)ラディン氏

(テレビ朝日)ラディン氏

(NHK)ラディン氏

(フジテレビ)フルネームで。略さず。




新聞は、朝日と日経を除いて「ビンラーディン(氏)」か「ビンラディン氏」と「ビン」からを名字と考えているようです。朝日と日経は「ビン」はミドルネームという考え方でしょうか?

テレビ局は、日本テレビ以外は「ラディン氏」と、朝日・日経と同じ考え方のようです。(富士は略称を見逃していて、確認できていません。)

また、「現代用語の基礎知識2001年版」を見ると、

「オサマ・ビンラーデン」(Usama bin-Laden)

と「オサマ」ですが、スペルの頭は「U」です。

ここで、いくつかの疑問が生じます。

1."オサマ"か"ウサマ"か?

2."ビン"と"ラディン"の間に「・」が必要かどうか?

3."ラディン"か"ラーディン"か?


一体どれが正しいのか?まあ、正しいというか、近い発音ならびに表記なのか?ちょうど、「あさイチ!」という番組に、中東問題のゲスト解説者としてご登場いただいた、国立民族学博物館助教授で、総合研究大学院大学助教授の臼杵(うすき)陽先生に、番組の後で伺ってみました。すると、

「アラビア語の母音にはア・イ・ウの3つしかありませんから、"オサマ"ではなく"ウサマ"の方が正しいでしょう。ただ、発生をする時にのどに擦れて"オ"に近い音に聞こえるかも知れません。」

ということで1は「ウサマ」が正解でしょう。続く2は、

「"ビン"というのは"〜の息子"という意味です。だから"ビン・ラーディン"は"ラーディンの息子"という意味なのです。」

ということで2は「・」を入れる。ちなみにこの人物は「ウサマ・ムハマード・ビンラーディン」というのが正しい名前なんだそうです。お父さんは、イエメン出身のサイジアラビア最大のゼネコン・オーナーで大富豪で、「ムハンマド・ビンラーデン」という名前(現代用語の基礎知識2001による)。そのお父さんの名前「ムハンマド」を冠するのが「正式」なんだそうです。同じような意味の言葉には「イブン」もあります。「イブン・バツータ」は「バツータの息子」という意味。それだけ家系・血筋を大切にするということでしょう。しかも血のつながりは男系のみです。「マッカートニー」(アートニーの息子)とか「マッカーサー」(アーサーの息子)、「マッケンロー」(ケンローの息子?)「マックドナルド」(ドナルドの息子)のような「マック(Mc)」も「〜の息子」という意味だそうですから、似ていますね。「ベン・ケーシー」の「ベン」も「息子」という意味なんだそうです。「ビッグ・ベン」は「大きな息子」か。(冗句です。)

そして3に関しては、

「"ラーディン"のところにアクセントが来ますから、長音にする方がいいでしょうね。ということは日経新聞の表記が一番近いかな。」

というお答えでした。

それにしても、1998年のケニアやタンザニアのアメリカ大使館爆破事件の首謀者としてFBIが国際手配しているのなら、「ウサマ・ビン・ラーディン氏」ではなく「ウサマ・ビン・ラーディン容疑者」という呼称になるのではないでしょうか?よく見ると、読売新聞だけは「氏」をつけず呼び捨てですが。

しかし、ミロシェビッチも、確か「被告」という呼称ではなく「元・大統領」という肩書きを使っていたしなあ。よくは分からないですが、難しいです。

2001/9/14

と、9月14日の午前中に、ここまで書きました。その後夕刊でちょっと状況が変っています。どう変ったかというと、朝日新聞が夕刊で次のような「おことわり」を出しました。

オサマ・ビン・ラディン氏の姓を、今後は「ビンラディン」と表記します。米政府などをはじめ、国際的に呼びならわされているためです。

ちなみに、植村なおみアナウンサーがインターネットの検索エンジンYAHOOで「ラディン」で検索したら出てこなくて、「ビンラディン」で検索したら、ちゃんとお目当てのデータが出てきたそうです。

また、パウエル国務長官が会見で、「首謀者は、ウサマ・ビンラディン」と認めたために夕刊の見出しが

"ビンラディン氏は容疑者"(朝日)

"「ビンラディン氏は容疑者」"(毎日)


となっていましたが、「容疑者」なら「氏」はいらないんじゃないのかな?

もっとも毎日新聞は、あくまでパウエル国務長官の発言、という意味で「 」を付けていましたが。実際、読売新聞は、

"ビンラーディンが容疑者"(読売)

と、朝刊もそうでしたが、「氏」はついていません。産経は、

"ビンラーディン氏が首謀"(産経)

と微妙に違う表現ですが、内容は同じです。

これを受けて、はじめから「ビン・ラディン氏」としていた日本テレビ以外のテレビも、夕方の6時台のニュースで、

(フジテレビ)ビン・ラディン氏

( T B S ) ビンラディン氏


と、それまでの「ラディン氏」から変更したところもありました。

今後、いつその身柄が確保されるのかも含めて、名前の表記の変化にも注目です。

それにしても、イスラム世界がいかに我々から遠いところであるのか、名前一つとっても感じられますね。

2001/9/14 午後6時10分

朝日新聞の知人に“なぜ「オサマ」なのか?”についてメールで問い合わせたところ、すぐに返事を頂きました。それによると、
言語の発音が「オ」と「ウ」の中間で、
(1)エジプト政府が「オ=O」を採用している。
(2)AP,ロイターの英語では「Osama」を使用している
という2点が根拠なんだそうです。

2001/9/14 午後6時45分

(追記)
10年ぶりの追記です。
そうです、10年間、ほとんど「平成ことば事情」では触れることのなかった「ビンラディン」が、アメリカ軍の攻撃(作戦)によって殺害されたというのです。このニュースは、日本時間の2011年5月2日の午前に飛び込んできました。ということで10年ぶり。当時も、もうこれを私は書いていたのですね。何書いたか、覚えてないわ。
そこで、5月2日の夕刊各紙の名前の表記です。
(読売)ウサマ・ビンラーディン(54
(朝日)オサマ・ビンラディン容疑者
(毎日)ウサマ・ビンラディン容疑者(54
(産経)ウサマ・ビンラーディン容疑者
(日経)ウサマ・ビンラディン容疑者
ということで、やはり「朝日新聞」だけ「オサマ」でした。(放送ではNHKも「オサマ」です。)「読売新聞」だけ「呼び捨て」で、あとは「容疑者」が付いていました。10年前は「ラーディン」と伸ばしていた日経新聞が伸ばさなくなっていましたし、「ビン・ラディン」という「・」を使った表記はなくなっていました。
アメリカ・ニューヨークでは、ビンラディン容疑者が死んだことを喜ぶ市民の様子が。その手に持ったプラカードには、
「Osama」
と書かれていました。

2011/5/3


◆ことばの話421「秋雨」

9月に入り、急に秋めいてきました。

朝から雨が降る月曜日、3歳の息子を車に乗せて保育所に送る途中、ふとこの雨について話したくなりました。

「あのね、今降っている雨はね、秋に降る雨だから、秋雨(あきさめ)って言うんだよ。」

これに対して我が息子は、

「サメ?サメがいるの?」

「ううん、サメ(鮫)はいないよ。アメ。秋の雨でアキアメなんだけど、アキサメって言うんだ。」


こう答えたものの、自分自身、疑問が湧いてきました。

「なぜ"アキアメ"ではなく"アキサメ"と、"ア"が"サ"になるんだろうか?」

たとえば野球の「一死」の「ワン・アウト」が「ワンナウト」と「ア」が「ナ」にリエゾンするのはわかります。しかし「アキアメ」は、たとえリエゾンしても「アキサメ」と「サ」にはなりません。それがなぜ「サ」になるのか?

まず、「サメ」になる雨と「アメ」になる雨を列挙することにしましょう。

元祖・お天気おじさんの倉嶋厚監修「雨のことば辞典」(講談社2000年9月)を参考に書き出しました。

(サメ)

秋雨、春雨、氷雨(ひさめ)、村雨、叢雨(むらさめ)、小雨、霧雨(きりさめ)糸雨樹雨(きさめ)小雨(こさめ)、立雨(たちさめ)、夏雨(なつさめ)、大雨(ひさめ。大いに降る雨。「甚雨」とも書く。「ひちさめ」「ひため」とも。)、夕雨(ゆうさめ)、夜雨(よさめ)

(アメ)

大雨、にわか雨、小糠雨(こぬかあめ)、長雨、青葉雨、あぎあめ(秋雨=福島県方言)、地雨、あぶら雨(沖縄県波照間島)、一時雨、一発雨、糸雨、丑雨、涙雨、大雨、脅し雨、親方雨、御日さん雨、樹雨(きあめ)、気違い雨、霧雨(きりあめ)、毛雨、御器洗雨(ごきあらいあめ=青森県野辺地町)、小雨(こまあめ、こさあめ、こそあめ、こあめ=兵庫県)、こし雨、木の芽雨(このめあめ)、小糠雨(こぬかあめ)、こぼれ雨、ころど雨(岩手県気仙地方)、桜雨、山賊雨(群馬県沼田地方)しけあめ、しとしと雨、篠突く雨、繁雨(しばあめ)、繁吹き雨(しばふきあめ)、柴くれ雨、しぶしぶあめ、しぽしぽあめ、白雨(しろあめ)、しょぼけあめ(島根県隠岐島地方)、漫ろ雨(そぞろあめ)、袖笠雨(そでがさあめ)、田植雨、たかぬあみ(沖縄県長浜地方。「鷹の雨」の意味。渡り鳥の鷹が南へ渡る頃の雨)、たがらーめ(秋田県。「宝雨」の意味。夏の日照り続きの後に降る雨)、伊達こき雨(新潟県地方)、七夕雨、端的雨、ちあめ(鹿児島県地方。「霧雨」のこと。
ちなみに秋田県では霧のような細雨を「ちりあめ」と言う。)、ちらさあめ(長野県秋山地方。霧のようにかすかに降る雨。)、墜栗花雨(ついりあめ)、作り雨、鉄砲雨、照り雨、照降雨(てりふりあめ)、天気雨(東京地方。腫れているのに降ってくる雨。)、冬至雨、通り雨、時知る雨、土曜雨(週末に雨が多いこと。大気中に人間活動による排ガスなどが浮遊していて、それらが核となって雨粒となる。一週間分の浮遊物が溜まる週末は雨が降りやすくなるそうで、東京では緊要部に雨が降りやすいらしい。)、虎が雨(陰暦5月28日に降る雨。"曽我兄弟"の命日に降る雨。別名「曽我の雨」。太陽暦だと6月28日にあたり、この日の東京の雨天率は48%と一年のうちで最も雨が降りやすい日、らしい。)、長雨(ながあめ。青森県地方では古語の「ながめ」も使われているとのこと。)、

並雨、涙雨、糠雨、俄雨、猫毛雨、ねこんけあめ(宮崎県日向地方の言葉。霧雨を指す。)、 覗雨(のぞきあめ)、化雨(ばけあめ)、運雨(はこびあめ)、走り雨、速雨(はやあめ)、

半夏雨(はんげあめ。半夏生=はんげしょう、7月2日頃に降る大雨、長崎県壱岐島地方では「はげあめ」と言うそうです。)、髭雨(ひげあめ。三重県志摩地方では「細雨」を言う。徳島県勝浦地方では天気雨の意味で使われる。)、肘笠雨(ひじがさあめ。急に降り出し笠をかぶる間もなく、肘を頭上にかざして笠がわりにするような雨)、日照り雨、日向雨、一切雨(ひときりあめ。熊本県宇土地方。「時雨」のこと。)、日和雨(ひよりあめ)、ほかげ雨、細引雨、外持雨(ほまちあめ。限られた地域に降るにわか雨のこと。)、

まばら雨、水取雨(五月雨のこと。)、三束雨(みつかあめ)、八重雨(やえのあめ)、 夕立雨、雪雨、雪解雨(ゆきげあめ)、横雨、若葉雨、私雨(わたくしあめ)

このほか新潟県南部では「霧雨」を「きりしあめ」と言うそうです。

また、「○○の雨」という形も多く、当然この「雨」は「あめ」と読んでいます。

下線を引いたものは「サメ」「アメ」両方の読み方があるものです。

それを入れても圧倒的に「アメ」と読む「雨」の言葉が多いですね。「アメ」がちょうど100語に対して、「サメ」はたったの15語です。ちなみにこの本は「"雨のことば"だけを1190語集めたユニークな超辞典」と帯に書いてありました。

こうして見てみると、「サメ」の雨は、傘がなくても何とかしのげる小降りの、細かい雨のような気がします。そこから私はこう考えました。

そもそも、小降りの雨のことを、「さ」と読む「小」を「雨」に添えて「さあめ」と呼んだ。その「さあめ」の状況を示すのに、春降れば「春さあめ」、秋降れば「秋さあめ」。その「秋さあめ」が「あきさめ」に変ったのではないか?というものです。

同僚の萩原アナウンサーは、こう考えました。

昔、「〜の」という意味を表すのに「つ」が使われた。例えば「沖の白波」は「沖つ白波」というふうに。それにならって、春の雨は「春つ雨」、秋の雨は「秋つ雨」、その「秋つ雨」が「あきつあめ」→「あきつぁめ」→「あきさめ」と変っていったのではないか?というのです。

さあ、そして上の「サメ」「アメ」の名前をもう一度よくご覧ください。

「アメ」のところの下線を引いた太字のところに、「小雨」と書いて「こまあめ」があります。その後ろに、「こさあめ」の文字が!そうなんです、「小雨」と書いて「こさあめ」と読むみたいなんです!

そこで「日本国語大辞典・第二版」(小学館)で「さあめ」を引いてみました。

すると、

「(「さ」は接頭語)雨。さめ。」

とあるではないですか。「さあめ」という言葉があったんだ!

さらに「こさあめ」も引いてみました。

「"こさめ(小雨)"の変化した語。」

おや?「こさめ」が変化して「こさあめ」になったのか?例文として、久安百首(1153)春下から、

「唐衣かづく袂ぞそぼちぬる見れども見えぬ春のこさあめ」(藤原隆季)

があげられています。これは歌なので「こさめ」を三十一文字の文体に合わせて「こさあめ」にしているということでしょうね。

福井大学助教授の岡島先生は、ご自分の主宰するインターネット掲示板「ことば会議室」で(私がお尋ねしたテーマなのですが)、「はるさめ」は「はる」と「あめ」からなるので、そのの関係を考えながら構造を分析しています。それによると「はるさめ」は、

paru same

paru s ame


という二種類のいずれかを想定することになり(古代、hの音がなくてp音だったので、paruとなっている)後者の場合「s」は、「沖つ白波」の「つ」にあたるものだと考えられます。そして前者の場合は「雨」が「same」という音だったと考えるのですが、それではなぜ、語頭に来た場合は「s」の音が落ちるのか?つまり「鮫」は語頭に来ても「same」なのに、「雨」は「s」が落ちて「ame」になってしまうのはなぜか?

ということは、「鮫」の語頭子音「s(1)」と「雨」の「s(2)」は違うものだという考えです。また、「s(1)」「s(2)」のいずれかが「ts」だったかもしれない、とも述べてらっしゃいます。

また、例えば地名の「三朝(みささ)」の場合、本来は「みあさ(miasa)」となるべきところですが、「ia」と母音が続くのを嫌って「s」が入って「みささ(misasa)」になるようなケースは良くある、という説もあるそうなんですが、それだとなぜ「s」という子音が入るかという点に疑問が残りますし、「大雨」などは「おおあめ(ooame)」と母音が3っつも続くのに「おおさめ」になっていないのはなぜ何でしょうかね。やはり「s」が入るのは、「小雨」系統の、しとしと・細かい降り方の雨に、意味の上で限られるのかもしれませんね。でも「大雨」と書いて「ひさめ」と読むものもあるようだし、一筋縄では行きませんねえ。

これについて岡島先生は「"おおあめ""にわかあめ"は比較的新しい言葉。母音連続が許される新しい時代に出来たと考えられる。」

また「母音連続が許されなかった時代に、母音連続を避ける方法として一般的だったのは、母音の融合。"ながあめ(長雨)→ながめ"のような。だから、時代の変遷から言うと、

1.はるさめ時代

2.ながめ時代

3.おおあめ時代


と変遷したと考えられるのではないか。」

ということをおっしゃっています。

また、高山友知明という方と岡島先生からのご指摘によって、山口佳紀「古代日本語文法の成立の研究」(有精堂)には、「あめ」→「さめ」以外に、複合語が出来る時に母音連続を避けて別の子音が間に入る例としては、以下のようなものが載っているようです。

「うま」十「おり」=「うまこり」(味織)

「かた」十「いわ」=「かたしは」(堅磐)

「み」十「おこなはす」=「みそこなはす」(見行)

「こころ」十「うごく」=「こころつごく」(心動)

「な」十「いも」=「なにも」(汝妹) 「にひ」十「あへ」=「にひなへ」(新饗)


「さめ」研究はひとまず置いて、「春雨」と「秋雨」はどちらが古いか、ということについて、菅野洋一・仁平道明「古今歌ことば辞典」(新潮選書)の「秋雨」の項(66ページ)を見ると、「秋雨」は古くは歌の世界では「秋の雨」の語形が一般的。13世紀頃に成立した順徳院著「八雲御抄(やくもみしょう)」には、

「(藤原)光忠があきさめなどいへるたぐひはをかしき事なり」と非難していて、そのためか歌には、幕末の井上文雄「調鶴集(ちょうかくしゅう)」(安政3年=1856年)に、

「しめじめと秋雨そそぐ芭蕉葉を葉の破れし影にこほろぎの鳴く」

などに現れるぐらいだそうだ。一方、連歌では使われたと見え、室町時代の一条兼良「連歌初学抄」「春さめ、秋さめ、小さめ」を連歌の用語としてあげているそうな。

そして、連歌の伝統を受け継ぐ江戸時代の俳諧では、

「秋雨や乳離れ馬の旅に立つ」(小林一茶「七番日記」)

を始めとして多くの実作に「あきさめ」が使われるようになったそうです。

秋の長雨・・・というより、よく台風が来ますね、今年は。

2001/9/14

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