◆ことばの話390「インテル、はいってる」

パソコンのコマーシャルで、最後の方で「ピポパポーン」という耳慣れた音とともに最近

「インテル、はいってる」

というコメントを聞くことが増えました。

「インテル」というのは、パソコン本体の中に入っている半導体?ハードディスク?のメーカーだと認識しています。

今までのCMでは、画面上に「Intel Inside」という文字というかロゴが出て、音が鳴るだけだったのですが、その英語の直訳とも言うべき「インテル、はいってる」というコメントも付くようになったのです。

その会社名「インテル」と、カタカナで書くと同じ「インテル」というものを見つけました。「日本語大博物館」(紀田純一郎著)という本の中に書いてあったのですが、「インテル」とは、活字印刷の時に用いる「しきり」の板のことなんだそうです。印刷とコンピューター。もしや、そこから社名をとったのでは?と思って、念のため、広辞苑で「インテル」を引いてみました。

「インテル」=inter line略訛。活字組版で、行間を適当な広さにするために挿入する、木製、または金属製の薄い板

とありました。

パソコンと英語に詳しい脇浜アナウンサーに、「ここから名前を取ったのかなあ?」と聞くと、あっさりと、

「違うんじゃないですか?つづりも違うようだし。」

とすげなく否定されてしまいました。そうかなあ。良いアイディアだと思ったんだけどな。

一度、「インテル」の会社に、聞いてみましょうかね。

2001/7/27
(追記)

「インテル入ってる」
が、一般紙のスポーツ面でダジャレに使われました。毎日新聞の2月25日。サッカーの欧州チャンピオンリーグの試合結果を報じたもので、イタリア・セリエAのインター・ミラノ(通称・インテル)が、昨年のチャンピオンであるポルトガルのポルトと対戦して、1対1の引き分け。今季のインテルは、国内リーグでここまで9勝16引き分けと「負けなし」だけれども、今ひとつ「勝ちきれず」、引き分けが多い、ということを表すのに、見出しは、
「引き分け癖 インテル 入ってる」
でした。その横にはさらに大きな文字で、
「ドロー沼」
「ドロー」は「引き分け」のことですから、これも「泥沼」と「ドロー」をひっかけたダジャレ。遊んでますなあ、毎日新聞さん。
さらにその右には、マンチェスター・ユナイテッドが、ホームの欧州チャンピオンズカップの試合で、21試合ぶりに負けた、という記事の見出しとして、
「不マンU」
これはマンチェスター・ユナイテッドの略記「マンU」と「不満」をかけています。
なんだか、ダジャレだらけです。
2005/3/3

(追記2)

続く時は続くモンで・・・。3月8日の神戸新聞夕刊などに、インテルの記事が、
「インテルに排除勧告〜メーカーにリベート CPU販売で圧力」
という見出しで載っていました。ライバル社製のCPU(中央演算処理装置)を使わせないためにリベートを払ったということで、独占禁止法違反で公正取引委員会がインテル社の日本法人に排除勧告を出したということです。
その悪い印象を払拭しようとするためか、今朝(3月10日)の朝刊各紙にはカラーの全面広告で、ゲージツ家のクマさん(=篠原勝之さん)が、インテルのCPUをかたどった、小さくて正方形のチョコレートと思しき物を舌の上に乗せて、にっこりしている写真が出ました。
「実はオレにも6年前から、インテルがハイッテルらしい。」
というとぼけたコメントが付いています。
「インテル、ハイッテル」
「テル」「脚韻」を踏んでいますが、英語の方は、
「intel  inside」
で、「in」で頭韻を踏んでいますね。
2005/3/10

(追記3)

上田浩史さん『ワールド・ワード・ウェブ』(研究社、2002)という本を読んでいたら、「ペンテ・ペンタ・ペンティ」という項(88ページ)に、こんな文章が。
「インテルの”intel  inside”というキャッチコピーを『インテル入っテル』と訳した人はすごいと思うのは私だけでしょうか?ついでにセブンイレブンのキャッチコピー『セブン・イレブン、いい気分』は、本家アメリカでも”Thanks heaven Seven Eleven”(=セブン・イレブンありがたい)と韻を踏んでいます。」
とのこと。上田さん、あなただけじゃないですよ、「インテル、はいってる」がすごいよなあ、と思っているのは。ここにも一人いましたよ。
ところで、上田さんによるとインテルのCPUのPetium(ペンティアム)ですが、インテル社は自社のプロセッサの名前を、86,286,386,486と名付けてきたのですが、数字では商標登録できないということで、次の世代のプロセッサに586と付ける代わりにPetiumという造語をつけたと。この「Pent−」というのはギリシャ語で「5」を表すということですね。アメリカの国防総省「ペンタゴン」「五角形」をしているから、その名がありますし、カメラの「ペンタックス」は、1眼レフカメラに初めて五角形の「ペンタプリズム」を導入したので、その名があると。
私は高校の時分、定期テスト前に化学式を覚えていた際に、薬剤師の母からギリシャ語の数の数え方を教わって、それ以来この「ペンタ」の話は知っていました。
「モノ・ディ・トリ・テトラ・ペンタ・ヘキサ・ヘプタ・オクト・ノナ・デカ」
1から10までは言えますよ。これを知っておくと、「モノレール」とか「テトラパック」とか「オクトパス」とか、「ああ、数字で表しているのだな」とわかって、なんだか便利です。
2005/6/13



◆ことばの話389「ミニ大仏」

「道浦さん、ミニ大仏って、おかしくないですかね?」

と、報道の記者が聞いてきました。何のことかと聞くと、小さな大仏さんがあるそうなのですが、「大仏」の「ミニ」は矛盾しているのではないか?ということらしいのです。

ふーむ、だからといって「小仏」と名づけてしまうのもなあ。もう「大仏」は固有名詞みたいなもので、その固有名詞の中の「大」という字の意味を取り出すのもなぁ。小さな「大林さん」や、大きな「小池さん」もいるのと同じように、「ミニ大仏」も許されるのではないかなあ。そもそも「ミニ」は「ミニチュア」の省略形です。「ミニチュア」は「小型模型」のことですから、当然「大仏」だろうが「中仏」だろうが「小仏」であろうが「喉仏」であろうが(?)、「ミニチュア」=「ミニ」はありえますね。

さて、このほかになんとなく矛盾しているようなものを、無理矢理、考え出しました。

LLサイズのミニスカート

1万人集めたミニコンサート(曲数が少ない)

ミニ・ビッグエッグ

不便なコンビニ

緑の黒板

赤い白墨

青いブランコ


うーん、いかにも無理矢理。これは失敗。

2001/7/27

(追記)

「美似の日本展」という展覧会が、今、大阪・なんばの高島屋で開かれています。(8月21日まで)「美似」と書いて「ミニ」と読ませるんだそうです。今清水英一さんという方が50数年にわたって収集したミニチュア作品5000点を展示したものだそうで、江戸・火消しの纏(まとい)や、神輿(みこし)屋台などの「美似」がズラリと並んでいるそうです。

「美似」の世界。とても小さい。だから思わず見入る、と、ふっと惹き込まれてしまう。時を忘れ存分に、見入り魅入られる「美似体験」の快感を味わって下さい。

というのが、江戸文化に詳しい文筆家・杉浦日向子さんがこの展覧会のチラシに書いた紹介コメントです。

2001/8/14


◆ことばの話388「オッパイ星人」

恐縮です、恐縮です・・・。こう書いていて私も恥ずかしいのですが・・・しかもなんか下ネタ系の言葉を2連発で・・・・。しかし、最近よく耳にするのです、この言葉。

「オッパイ星人」

火星人やバルタン星人、イカロス星人のような異星人のことではありません。もちろん、あの目が大きくオッパイの豊満な「土偶」のことでもありません。意味は、

「大きなオッパイの女性が好きな男の人のこと」

のようです。いったい誰がこんな事を言い出したのでしょうね。

その辺の事情を、読売テレビアナウンス部で若者ことばに詳しい、野村明大アナウンサーに聞いてみました。

(道)「オッパイ星人って、いつごろから使われてるのかなぁ。」

(野)「ボクが大学生のころは、もう使ってましたから、かれこれ10年近くになるんじゃないですか。」

(道)「でも最近になって、よく聞くんだよね。」

(野)「SMAPの香取慎吾が、3年ほど前から自分のことを"オッパイ星人"って言い出してから、よく使われているようですね。」

(道)「ホォー、やっぱり、よく知ってるね。香取慎吾って、慎吾ママで"オッハー"もそうだろ。"オッハー"も"オッパイ星人"も"オッ"で始まるよね。"オッ"が好きなのかな、香取慎吾は。"慎吾"は"新語"に通じたりして。」

(野)「・・・・。」

(道)「最近、俺が耳にした"オッパイ星人"発言者は、"レッツ"の司会者の向井亜紀さん、"ザ・ワイド""あさイチ!"の芸能デスクの石川さん、そしておととい、トミーズ雅さんが、健さんのことを"こいつはオッパイ星人やから・・・"と言ってたんだよ。」

(野)「香取慎吾の世代がテレビでも使いだしたので、それより上の30代、40代の人たちも使い出したんじゃないですか。」

(道)「なるほどー。しかし、なんで"オッパイ星人"なんだろう?"バルタン星人"や"火星人"は、バルタン星や火星に住んでいるからその名があるんでしょ・・・そうか、つまり大きなオッパイにあまりにも執着する様子が、まるで異星人のように感じられるところからその名があるのかな?」

(野)「そうかもしれませんね。」

・・・それにしても恥ずかしい響きの言葉だこと・・・。

2001/7/26

(追記)

念のため、インターネットの検索エンジンで調べてみました。ひらがなとカタカナの両方で。結果は以下の通り。

  (Google) (Infoseek)
オッパイ星人 1390件 444件
おっぱい星人 約4500件 1189件


おお!と言うか嗚呼・・・。こんなに使われているんですね。カタカナよりもひらがなの方が多いようです。本などの活字には出てこなくても、より俗語っぽいインターネット上では使われていることが確認されました。

読売テレビS解説員によると、「オッパイ星人と言い出したのは、、山田五郎じゃないか?」ということでした。知ってる?山田五郎さんって?あの「どっちの料理ショー」に出てくる眼鏡をかけた人のようですが。あの人は確か「お尻」に関する本は書いてらっしゃいましたね。実際のところは、よくわかりません。

2001/8/9

(追記2)

「○○星人」という言い方は、漫画「クレヨンしんちゃん」の主人公・しんのすけがよく「ケツデカ星人」のように使っているという情報が寄せられました。そこで、さっそく近くの書店で「クレヨンしんちゃん・ファミリー編(臼井儀人)」(双葉社)を買い求め、そういった言葉が出てくるか確認したところ、ありました、ありました。「お下品だ」として「教育上よろしくない」という批判も受けたことがあるこのマンガ、確かにお下品な部分はあります。しかもダジャレ満載。

免許取りたてのお母さんが、門柱に車を食い込ませているシーンで、お父さんが「そーじゃねえよ。それじゃますます車が門柱にくいこむだろうがあ〜っ」と怒っている横で、しんちゃんが 「おパンツくいこみケツだけ星人」とお母さんい突っ込んでいます。ここで「おパンツくいこみケツだけ星人」という宇宙人のように聞こえる、宇宙人ではない形容表現が。

また、ズボンをずらしたしんちゃんが叫ぶセリフで、またもや「ケツだけ星人」が出てきます。そもそもしんちゃんは5歳児という設定で、怪獣やヒーローの名前をよく叫びます。「アクション仮面」「鬼ババライダー」などの名前(どんなものかは知りませんが)も出てきます。そういう意味では、非常に「幼児的な発想」から、「○○星人」という言葉は出てきたようです。このマンガ本、発行は2000年8月ですが、連載されていたのはおそらく10年くらい前だと思われます。(ハイレグ、岡本夏生といった単語がキーワード)

その頃から「○○星人」は使われ始めたのではないでしょうか。

2001/8/22

(追記3)

米川明彦編『日本俗語大辞典』(東京堂出版)に「オッパイ星人」、載っていました。

「おっぱいせいじん(おっぱい星人)」
=胸の大きな女性。またそのような女性が好きな男性。後者の意味が一般的。軽薄な語感。◆『現代用語の基礎知識1996年版』若者用語「おっぱい星人 巨乳の人」◆『現代用語の基礎知識1997年版』若者用語「巨乳好きの人」◆『なにわOL処世道』各論1(2002年)<そのだちえ>「『おっぱい星人』とは『大きいが好きな男性』をいいます」


とありました。途中で意味が変わったようですね。

2005/1/11



◆ことばの話387「ふりちん」

恐縮です、大変恐縮です、こんな話題で・・・。と言いつつも、書いてしまいました。

「男性が、下半身に何も身に付けずにいることを、俗になんと呼ぶか。」

ということなのですが、先日、図書館で借りてきた「言葉と鋏(はさみ)」(駒田信二著・文藝春秋1986年)という、けっこう固い本を読んでいたら、いきなりこの話題が出てきたのです。(よく考えたらこの本のタイトルは「バカと鋏は使いよう(で切れる)」ということわざの「バカ」の部分を「言葉」に置き換えているのですね。)

タイトルは「ふりの客」。

「ふりの客」の「ふり」や「ふりちん」の「ふり」は古語のはずだが、「岩波古語辞典」や「角川古語辞典」には、そういう意味の「ふり」という言葉は採録されていない。しかし、採録している辞書もあって、たとえば、現代語・古語の両方の辞典である「新硫黄国語辞典」には、「(七)ふり(振り)なじみでもなく約束もなく、遊女の客が突然来るもの。「女郎は(略)−の客の勘定でも取るように」(大悲千録本)(八)褌・腰巻きの類を着けないこと。」と両方の「ふり」が採録されているし、・・・(略)いわゆる国語辞典には、どの辞典にも「ふりの客」の「ふり」は採録されているが、「ふりちん」の「ふり」はない。・・・(略)古語辞典の方が「新潮古語辞典」以外はこの言葉に知らぬふりをしているのは、俗語とみなして捨てたのであろうか。だが、「ふりの客」の「ふり」だってもともと遊里の俗語だったのである。

として、さらに江戸時代の川柳を紹介しています。

ふりまらで逃げていくのは豆泥棒

というのがある。夜這い句である。江戸時代には「ふりちん」とはいわなかったようである。

大部屋へ泊った夜鷹ふりで逃げ

というのもある。

略)「ふり」はまた「むふん」ともいう。

木綿高価(たかね)につき下女むふんなり

むふん」とは「無褌(むこん)、ふんどし無しの意である。


・・・ためになりますね。さらに、こんなことも。

なお、「ふりの客」の「ふり」を読みやすいようにという配慮からであろうか、片かなで「フリの客」と書く人がいるが、そうするとフリー(free)の客と読む人もあって日本語ではないように受けとる者もいないとはいえない。これは「ふりちん」の場合も同じであって、現に「フリちん」とは「むふん」すなわちフリーの状態をいうのだと主張する者もいる始末である。一般の文章では、片かなは、漢語以外の外来語を表記するときだけに用いるべきである。

なるほど、そう来ましたか。

実際、私も「ふりちん」の「ふり」と、「ふりの客」の「ふり」が繋がっているとは知りませんでしたし、それよりなにより子どもの頃私は「ふりちん」ではなく「ふるちん」と言っていました。しかもそれは「ふる=full」、つまり「すべて(=フル)脱いだ状態」というふうに、駒田さんが指摘されたのと同じように、「フルは英語」だと思い込んでいました。「フリちん」も「フルちん」も、確かにカタカナにすると、「英語かな?」と思ってしまいますよね。思わないですか?

中学の時に吉本クンという子がいました。その名字の「吉」の字が「古」に似ている、という無理矢理の理由から「ふるちん」と呼ばれていて、本人は嫌がっていたのをふと思い出しました。

ためしに、周囲の何人かに、

「あなたは"ふりちん"と言いましたか?それとも"ふるちん"といいましたか?」

と聞いてみたところ、若い人はやはり"ふるちん"派が多かったです。

その際に、どんな会話が会社内で交わされたかは、ご想像にお任せします。

2001/7/28

(追記)

レンタルビデオ屋さんに行ったら、以前に見たことのあるビデオに目が止まりました。
タイトルは「フル・モンテイ」。意味は「素っ裸」だそうです。リストラされて職を失った男たちが、なぜか男性ストリップの仕事にはまってしまう・・・というような内容だったと思いますが、1997年度のアカデミー賞にもノミネートされ、一つ賞を取っている作品です。この映画を見た時、なんとなく「フルチン」とイメージがオーバーラップしたのを思い出しました。
また、「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)という漫画雑誌に連載されている「早乙女タイフーン〜ライフセーバー太腕繁盛記」(くじらいいく子)の第6話に、
「ところで、なんでまたフルチンなんですか?」
というセリフが出てきてました。作者のくじらいいく子さんは「フルチン派」のようです。

2001/8/17

(追記2)

川上弘美のエッセイ集『此処彼処』を読んでいたら「吉祥寺」というエッセイで、
「今わたしパンツはいてないんだよという、妙な自慢の心もぽっちりある。でもやはり何やら後ろめたい。ああ今わたしやさぐれてるんだ。その時、強くわたしは思ったのである。」
これって、つまり女性版の「ふるちん(ふりちん)」状態ですよね?大胆だなあ、川上弘美。

2005/11/7

(追記3)

気になりだしたら、よく出てくるもので・・・・
『ビッグコミック・スピリッツ』(11月21日号)に連載されている、『20世紀少年』(浦澤直樹)の234話「この旗のもとに」の中のセリフで、
「みんなの前でフルチンにされて……四の字かけるとか言われて……」
「俺がフルチンでつぶれた秘密基地の上てビービー泣いてた時……」(マルオ)
「フルチンのおまえをヤン坊マー坊がこう……」(ケロヨン)

というのが3か所出てきました。

2005/11/9

(追記4)

ご常連、川崎市の西尾さんからのメールです。

「辞書をスキャンしてOCR処理してみました。家人に聞いてみたら、「どっちも言いません」でした。娘には聞けない・・・。
『日本俗語大辞典』が引いている用例は、戦前のものは "ふりちん" 派だけ。インターネット世代(?)は、3対7で "ふるちん" 派が優勢でした。これは偶然なのかが気になるところです。
"フリチン"
"ふりちん"
"ふりチン"
"フリちん"
"freeチン"
"freeちん" 
19,200 件
948 件
855 件
289 件
21 件
13 件
  "フルチン"
"ふるちん"
"ふるチン"
"フルちん"
"fullチン"
"fullちん"
37,700 件
9,990 件
361 件
243 件
181 件
59 件
 
合計 21,326 件 合計 48,534 件  Google(2005/11/10)

文字表記の使い分けが両者同順位なのも、単なる偶然でしょうか。

『日本俗語大辞典』(米川明彦、平成15年)
ふりちん[名] 
男性がパンツなどの下着をつけず、男根を丸出しにしていること。
「ふるちん」とも言う。下品な語感。
『滑稽新聞』第14号(1901年)
「彼のマルチンルーテルにはあらぬフリチンルーデサツクにも勝るものと云ふべし」
『滑稽新聞』第45号(1903年)
「ふりちん 風俗壊乱、小児は別格」
『三等重役』海の家・一(1951〜52年)〈源氏鶏太〉
「奈良さんも自分のフリチンに気がついて」
『恋のトルコ風呂』クチル島漂流記・二(1952年)〈玉川一郎〉
「千松はフリチンのまま直立不動の姿勢をとった」
『東京困惑日記』ミョーな奴は銭湯にいる(1991年)〈原田宗典〉
「当然じいはフリチンである」
『だって、欲しいんだもん!』酒と泪とケツの穴(1997年)〈中村うさぎ〉
「彼はフリチン状態で高らかに笑った」

ふるちん[名]「ふりちん」に同じ。
『何だか気になる話』熊楠先生狸 抄(1955年)〈平野威馬雄〉
「一年中、素つ裸で、フルチンで通し」
『たけしくん、ハイ!』楽しい銭湯(1984年)〈ビートたけし〉
「フルチンになって、石けんとタオルがねえなんつってさ」

『性語辞典』(柴田千秋、河出書房新社、1998)
ふりちん【振ちん】丸出しの陰茎。ふり。ふりまら。ふるちん。
  〈ついに振りちんとなったおれは、〉(筒井康隆「おれは裸だ」『原始人』十九八七)
ふるちん【振ちん】丸出しの陰茎。ふりちん。ふりまら。
  〈さっき、フルチンで金槌もって、自分の頭を叩いていましたから、どばどば血を流してニタニタ笑ってんの。〉(ビートたけし『漫才病棟』一九九三)
ふりまん【振まん】丸出しの女陰。ふり。
  〈ヌーディスト・リゾートには「フリー」と「スゥィムスーツ・オプショナル」の
2種類がある。前者は完全たるフリチン・フリマンスタイル。〉
(『週刊プレイボーイ』一九八二・一・五)
# 外国でも、すっぽんぽんは「フリー」なんですね(笑)」

と言うことで、いろいろ調べてくださって、ありがとうございます!「ふりちん」の方が振るそうですね・・・・いえ古そうですね。「ふるちん」の方が、用例は新しいようです。

2005/11/9

(追記5)

『週刊文春』(2006年6月29号)小林信彦のコラム『本音を申せば』で、俳優の古田新のラジオ番組のタイトルが、

「ふるチン」

というそうで、これは「古田新太のあだな」なんだそうです。あ、やっぱり!「古川」「古田」「古屋」「古谷」など、
「古○」
という苗字の人は、「フルチン」というニックネームになりやすいんですよねえ!
ちょっとかわいそうかも・・・。
2006/7/11

(追記6)

2008年3月27日のサンケイスポーツにこんな見出しが。

「夏帆絶叫『アイ・アム・フルチン!!』

なんのこっちゃ?と思ったら、11代目リハウスガールの夏帆(16)が出演する映画、

「うた魂(たま)」(4月5日公開、日活配給)


のPRでした。この映画、合唱がテーマらしいです。見てみたいなあ。
え?なんで「フルチン」なんて叫んでいるかって?記事によると、

「気持ちの入らないと歌やオーディエンスに失礼。一番大切なのは(精神的に)フルチンになることだ」

と、熱血漢のゴリから励まされた夏帆が、「アイ・アム・フルチン!!」を連呼するシーンがあるんですって。ふーん。
平成ことば事情1162「フリマラ」もお読み下さい。
2008/4/3

(追記7)

追記4で情報を寄せてくださった川崎市の西尾さんから、また新情報を頂きました。お久しぶりですありがとうございます!
それによると、
『早速ですが、JR新宿駅構内で数日前に「歌魂」の巨大な広告看板を見かけました。
デジカメで撮った証拠物件を添付します。
「I am Full Teen !!」
に思わず目がとまってしまうのは、やはりオヤジでしょうか…。』

ということで、写真も送っていただきましたが、ここではご披露できないのが残念です。
確かに巨大ポスターには、

「I am Full Teen !!」

と書かれていました。そうか「フルチン」ではなく「フルティーン」だったのか。青春映画のようだし。そういう意味かなんだ、そうか・・・。
2008/4/10

(追記8)

映画はまだ見に行けていませんが、『うた魂(たま)♪』の脚本をノベライズした文庫本(朝日文庫)を手に入れて読みました。127ぺ―ジと、180ページから186ページに「フルチン」が出てきます。
「歌に大事なのはな、そんなテクニカルなことじゃねえ。一番大事なのはな、大事なのはな、フルチンになることだ!」
「メタファーだよ!メタファー!オレはな、心を裸にしろって言いてぇんだ!」
というような感じで。
口絵には、「ゴリ」さん演じる男子高校生たちが、海パン一丁で、砂浜で発声練習らしきものをしている写真が載っていますが、そのゴリさんの胸には、
「FULL TEEN」
と書かれていました。
2008/4/16

(追記9)

万城目(マキメ)学のエッセイ集『ザ・万歩計』の中の「マジカル・ミステリー・ツアー」を読んでいたら、トルコで「ハマム」という蒸し風呂に入った時の事が書かれていました。その風呂で、サッカーの元イラン代表で国民的英雄「アリ・ダエイ選手」に似たおじさんに、
「全部脱げ」
と言われ、素直に従った時の描写で、
「台の上で高い天井を見上げる私は、もちろんフル・モンティである。『モンティ』の意味をご存じない方は、その部分を『チン』に置き換えてくださったら問題ない。」
とありました。

2008/6/8
(追記10)

『風が強く吹いている』(三浦しをん、新潮文庫:2009、7、1)の中に、「フリチン」ではなく「フルチン」の例が。
「もう俺、フルチンで走ろっかな」(243ページ)
著者は女性です。
2009/10/27


◆ことばの話386「読みで」

少し前の話ですが、「だれが"本"を殺すのか」(佐野眞一著・プレジデント社)という分厚い本を読んでいた時に、

「読みでのある」

という言葉が出てきました。(379ページ)

この「で」ですが、意味は、言い換えてみると、わかります。

「読みで」=「読みがい(甲斐)」

だと思います。つまり「〜がい」の意味で「〜で」という言葉はあるのではないでしょうか。そこで、「〜がい」という言葉をピックアップして、「がい」部分を「で」に置き換えてみることにしました。

「生きがい」→「生きで」×

「食べがい」→「食べで」○

「食いがい」→「食いで」○

「使いがい」→「使いで」○

「やりがい」→「やりで」×

「しがい」→「しで」×

「働きがい」→「働きで」?


と、とりあえずこれだけあげてみましたが、「がい」→「で」に置き換わるものと、置き換わらないものがあります。この「で」は一体、何なのでしょうか?

アナウンス部の後輩の坂アナウンサーに、

「ねえ、"読みで"の"で"は、何かなぁ?」

と聞いてみると、すぐさま、

「"出"じゃないんですか?」

そうか、"出"か。私は"手"が濁った"で"のように感じていたので"出"は思いつきませんでした。

「広辞苑・第五版」で「出」を引いてみると、

「(多く動詞の連用形に付いて)分量。かさ。また、その物事をするのに費やす時間・労力。」

とあって、その例に、まさにそのままの

(例)読み出がある本、使い出がない金額、出のある料理

の三つの例文が載っていました。

一気に疑問は解決です。それでは「がい」との相互交換性はどうでしょうか?

「がい」の場合は、「で」の時間や労力を払った分だけ、見返りがある場合を指すのではないでしょうか。「で」は、必ずしも払った時間や労力の分だけ見返りがあるとは限りませんもんね。

よし、一気に解決かな?

うーむ、この文章は、(書き出・書きがい)があったな。

(読み出・読みがい)は、いかが?

2001/7/26

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