◆ことばの話310「ヴェニス商人って、誰?」

シェイクスピアといえば「ハムレット」「リア王」「オセロ」「マクベス」など、たくさんの劇が思い浮かびますが、一番一般的なのは「ヴェニスの商人」ではないでしょうか?

「商人」のアクセントが本当は「しょうにん」(HLLL)と頭高ですが、つい「しょうにん」(LHHH)と平板アクセントにしてしまって、「証人」になってしまったりします。これは「商品」と「賞品」の関係に似ています。

それはさておき、この「ヴェニスの商人」のタイトルになっている「ヴェニスの商人」とは、登場人物で言うと、一体誰でしょうか?



「うーん、そんなこと急に言われても・・・どんな話だっけ?」




と思われた方も多いでしょう。私もそうです。確認のため本屋さんで「ベニスの商人」の文庫本を買ってきました。(中野好夫訳・岩波文庫)

ヴェニスに住むバッサーニオという男が、ある女性と結婚するために金が要るので、親友のアントーニオに相談したところ、アントーニオは、ユダヤ人の金貸しシャイロックからお金を借りる。もしお金を期日までに返せなかったら、アントーニオの身体の肉1ポンドを渡すという"担保"を設定して。そして期限の3ヶ月後、貿易先から商売を終えて、金を手にヴェニスに戻ってくるはずのアントーニオの船が難破。すべての財産を失う・・・。当然、借りた金は返せない。「その身の肉をもらう」といきまくシャイロック。裁きの場で、裁判官はシャイロックに対して、

「アントーニオの肉1ポンドを切り取れ。ただし、その際に血を1滴でも流せば、そなたは死刑じゃ。」

そんなことはもちろんできず、めでたし、めでたし・・・というお話でした。ちょっと長くなりましたね。

さて、もう一度問題です。「ヴェニスの商人」は誰でしょう?

私は「シャイロック」と答えたところ、「ブー!!」

正解は「アントーニオ」です。

嘘だと思ったら、岩波文庫「ヴェニスの商人」の8ページ、登場人物のところをご覧ください。アントーニオのところに「ヴェニスの商人」とちゃんと書いてありますよ。

じゃあ、シャイロックは?

同じくその8ページに「富めるユダヤ人」と書いてありました。まあ、仕事は「金貸し」なんでしょうが、なぜそうは書いていないのでしょうか。

この「ヴェニスの商人」では、「金貸し」及びユダヤ人を(宗教上の理由からか)ものすごく嫌っています。差別しているといってもいいぐらいに。それからいうと、当時の商業国家・ヴェニスにおいて、物を作るでもなく売るでもない「金貸し」というのは「商人」に含まれなかったのかもしれません。

ご参考までに、シェイクスピア(1564〜1617)の治世、16〜17世紀のイギリスの歴史をひも解いてみると、エリザベス女王(一世・1558〜1603)の時代。16世紀に宗教改革があって、イギリスでも1534年にイギリス国教会が成立。1588年スペインの無敵艦隊を破り、1600年イギリス東インド会社を設立、日の沈むことのない大英帝国が完成。1642年にはピューリタン革命が起きる。とまあ、こんな感じです。

それにしても「ヴェニスの商人のように、エグイやっちゃなあ。」というようなたとえは、間違っているんですね。

ちなみに、サッカーJリーグのジュビロ磐田の名波選手が、イタリア・セリエA(アー)で所属していたチームは、「ヴェネチア」で、これはイタリア語。「ヴェニス」はもちろん英語です。シェイクスピアだし。

2001/5/27


◆ことばの話309「"神話"はいつ生まれたか」

新聞や放送、雑誌などで時たま目にするのが、

「三歳児神話」、「不敗神話」または「土地は必ず値上がりするという"神話"」という使い方をされる「神話」です。

言うまでもなく、本来の「神話」の意味は、

「【1】自然界・人間界の主な出来事を、すべて神の行いの結果として説明する説話・伝説。【2】人間の形をした神を主人公とする物語。」(新明解国語辞典)

です。ただこの場合の意味は、辞書に3番目の意味として載っている、

「【3】正しい根拠のない俗説」

です。広辞苑では、

「比喩的に、根拠もないのに、絶対的なものと信じられている事柄」

となっています。

最近この3番目の意味の「神話」がやたらと目につく気がします。

放送や新聞といったマスコミは、基本的には、"正しい根拠のない俗説"のお先棒を担いで広めるのは、いかがなものかと思います。そういった意味で、3番目の意味の「神話」の乱用は避けるべきではないでしょうか。また、もしも使う場合にも「神話」の部分に"神話"のように" "をつけるなど、「一般的に流布している話だけれど・・・」というエクスキューズを示すべきではないでしょうか。

まあ、「マスコミの流す情報は必ず正しい」という"神話"はとっくの昔に崩壊しているのでしょうが・・・。

それにしてもこの3番目の「神話」はいつ頃から使われているのでしょうね?神代の昔から・・・?

2001/5/29

(追記)
この「神話」に似たものには、「○○伝説」とか「(勝利の)方程式」、また「〜のジンクス」もこの仲間でしょうかね。

2001/6/7

(追記2)

6月8日(金)、大阪府池田市の大阪教育大学附属池田小学校で起きた児童殺傷事件。本当に痛ましい事件です。

このニュースで6月12日(火)の読売新聞社会面の見出しが「学校の安全神話崩れた」でした。本文(リード)にも「学校の安全神話は崩れたのか。」と、カッコなしで「安全神話」が使われていました。

2001/6/12

(追記3)

この場合の「神話」は「日本の神話」なんでしょうか、それともギリシャ神話のような「西洋の神話」なんでしょうか?どなたか教えて下さい。

2001/6/16

(追記4)

*ギリシャ神話の「オルフェウス」は日本神話のイザナキ・イザナミと同じような話であると聞きました。

* 8月9日読売新聞・朝刊25面、「第24回読売関西フォーラム」での、作家の堺屋太一さんの基調講演を記録した紙面の見出しが、

成長神話から脱却〜産業の創造 大学・研究所誘致を」

という見出しがありました。

2001/8/9

(追記5)

2001年6月23日・日経新聞夕刊に「乳幼児期母はそばに・・・"3歳児神話"は俗説」というタイトルの記事が載っていて、その追跡調査をしたという国立精神・神経センター精神保健研究所の家族・地域研究室長の菅原ますみさんという人が登場しています

また、ちょっと古い新聞の切り抜きが見つかったのであわせて載せておくと、 1999年7月30日の読売新聞「20世紀はどんな時代だったか325回〜家族と地域【3】ライフスタイル」という連載コラムで、第二次ベビーブームがピークを迎えた1973年、いわゆるコインロッカーベイビー(コインロッカーに置き去りにされる赤ちゃん)が多発、この年だけで40件あまりを数え「母性喪失」が指摘された、などと記されています。その記事の中の囲み記事で「3歳児神話」が取り上げられています。それによると 「3歳児神話」とは、「"3歳までは母親が育てるべきだ"という考え方で、60年代に日本国内に広まった。"三つ子の魂百まで"ということわざと結びついて"神話"になった」ということだそうです。98年版「厚生白書」は「合理的な根拠は認められない」と指摘しています。

また、「Yomiuri Weekly 2001年7月8日号」の特集で「3歳児神話の呪縛からの解放〜働く母親が安心していい"論より証拠"」という記事が3ページにわたって載っています。

21世紀になっても60年代に生まれた"神話"が生き続け、というより、働く母親が増えたことで、"神話が復活した"と見ても良いのではないでしょうか。

2001/8/17
(追記6)

8月29日付の夕刊紙「日刊ゲンダイ」の大見出しは「ユニクロ神話崩壊」。本記筋のリードと見出しには「成長神話崩壊」の文字も。

そもそもこの手の話の形容詞としては「定説」「伝説」というのがありました。「定説」が長い時間かかって、一部の人に伝わったのが、「伝説」。知ってる人は知ってるけれども、という感じで一部で綿々と伝えられてきた感じがあります。それが一般にも流布して定着した感のあるのが「神話」ではないでしょうか。

2001/8/29

(追記7)

東北大学の後藤斉さんが「東北大学言語学論集2」(1993)「"神話"の比喩的用法について」という論文を書いていらっしゃいます。ホームページで拝見しました。これは「朝日新聞記事データベース」の1985年から1992年までの8年間を対象に、比喩的「神話」の使い方とその発生頻度などについて分析したものです。A4で10枚ほどの分量で、詳しく分析してらして、大変参考になります。

2001/10/2

(追記8)

また古新聞の切り抜きが出てきました。8月31日読売新聞の「ジャパン・ウォッチ」というコラム。「日本に失業率5%時代」というタイトルで、サブタイトルに「終身雇用神話を砕く」とあります。本文を見ると、



米AP通信社は八月二十八日の速報で、「(失業増は)より厳しい事態がこれから来るという不安を(国民の間に)かき立て、終身雇用という神話をうち砕こうとしている」と事態の深刻化を予想した。



とあります。ほう〜、つまりアメリカのAP通信の記事の中に「終身雇用という神話」という英文の一節があると、こういうわけですな。そうするとこの「〜神話」の用法は、もともとは日本からではなく、海外から入ってきたかもしれませんね。大体、日本の神話は

八百万の神だからちょっと違うような感じがするんですよね。

2001/10/2


◆ことばの話308「教育と洗脳」

先日、所属している男声合唱団が、梅田のビアガーデンで野外コンサートを行いました。

ビアガーデンですから、我々もジョッキを2,3杯飲み干してから歌ったのですが、なかなか楽しかったです。

そこで、ふと思ったのですが、

「この合唱団の集まりっていうのも、楽しくて自分から好んで参加しているから、多少練習が面倒でも耐えられるけど、嫌な人にとっては、こういう集まりも苦痛だろうなあ。」

つまり、ある集団の常識はほかの人たちにとっては非常識ということもあるわけですね。

そこで思い浮かんだのは、新興宗教の教団。あれもそういうことですよね。あっ、もちろんうちの合唱団は、宗教関係ではありません。

またよく考えたら今、新入社員に行っている新人研修。これも会社に入って「会社の常識」「会社の掟」を研修させるわけですから、ある意味では同じ種類のものですね。

「これって"洗脳"なのだろうか?」

普通は、これは"洗脳"ではなく"教育"といいます。「洗脳」ってあまり良いイメージはありませんよね「教育」はそんなことはないけど。ただ、「いっちょ、あいつを"教育"してやるか!」なんて時の「教育」は「洗脳」の意味合いがありそうです。では「洗脳と教育」はどう違うのか?

困った時には辞書を引くのが、この「平成ことば事情」の常套手段です。

まず「教育」を引くと、

「一般的な(その面の)知識や技能の修得、社会人としての人間形成などを目的として行われる訓練。(狭義では、学校教育を指す。)」(新明解国語辞典)

とありました。そして「洗脳」を引くと、

「(捕虜などになった外国人に対して当局者が教育を重ねて、共産主義に同調共鳴するように思想の改造をしたことから)新しい主義・思想を繰り返し吹き込んだりして、それ以外の考え方を捨てさせること。」(新明解国語辞典)

とありました。それにしても恐ろしく長い( )の中の説明!「洗脳」って、共産主義から始まったのか!じゃあ、19世紀以降かな。念のため他の辞書の「洗脳」も見ておくと、

「教育して思想を改造させること」(新潮現代国語辞典)

「その人の思想を(共産主義に)改造すること。」(三省堂国語辞典)

「新しい思想を繰り返し教え込んで、それまでの思想を改めさせること。第二次世界大戦後の一時期、中国の思想改造をbrain washingと評したものの訳語か。」(広辞苑)


なんと!翻訳語説も飛び出しました。しかも中国でのことを指していた!?

うーむ、奥が深い。

「洗脳」を説明するのに「教育」という言葉も出てきていますが、いずれにせよ、旧来の考え方を捨てさせて新しい考え方に染めるのが「洗脳」だとすれば、新しい考え方を学ぶことによって、他の考え方や自分が従来から持つ考え方と対比させて、さらに創造的なもの・考え方を生み出していくのが「教育」だと思います。

いかがでしょうか?

うん?うちの合唱団は、どっちかって?「教育」かな、やっぱり。

2001/5/27


◆ことばの話307「オトナ買い」
今朝(5月22日)、朝刊に載っていた女性雑誌の広告に目を引かれました。



「安い!かわいい!思わずオトナ買い!」



・・何?「オトナ買い」って??

アナウンス部のアルバイト嬢や、若手の女性アナウンサーに聞いても「なんですか、"オトナ買い"って?きいたことありません。」という答えしか返ってきません。

そこで、またまたインターネットの検索エンジン登場!

まずYAHOOで検索しました。すると・・・なんと139件も引っかかってきました。

それをみると、「オトナ買い」とは、

「商品をカートン単位で買うこと」「とにかくたくさん買うこと」「コレクターがおまけ付きのお菓子などをダンボールごと買ったりすること」「金に糸目はつけない買い方」などという説明が出てきました。

なるほど。女性雑誌には、さきほどの見出しの上に小さめの字で、

「全身1万円コーディネートから3万円以下のブランド小物、"かわいいモノは伝染(うつ)るんです"夏の陣まで徹底リサーチ!」

という、意味不明の文字が躍っていました。

「夏の陣」って、おまえは豊臣秀吉かっ!(たぶん、夏のバーゲンのことであろうが。)「伝染(うつ)るんです」って、おまえは吉田戦車のカワウソ君かっ!!と、思わず突っ込みを入れたくなる今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。

閑話休題(こういう風に使いたい。)、「オトナ買い」とは、コドモだったら買えないような、札束でビンタするような買い方のようです。それも対象は、本当の「大人」が買うようなものではなくて、コドモが欲しがるような(コドモの頃欲しかったような)、そういう商品なのではないでしょうか。

そこに「オトナ買い」の「オトナ」が、漢字ではなくて、カタカナである理由もあるように思います。

「現代用語の基礎知識2001」には、この「オトナ買い」は載っていませんでしたが、代わりに「大人系」という言葉が載っていました。これは「厚底サンダル、ガングロ、超ミニの露出系・セクシー系にかわって復活したクラシックスタイル。ひざ丈の花柄スカート、フリルのブラウス、爪先のとんがったピンヒールが目立つ」というものだそうです。

「コドモの心を持ったオトナ」がもてはやされた時期もありましたが、やはりそれは、普段は大人なんだけれども、時折ちらっとコドモを見せるから良いのであって、常に「コドモの心を持ったオトナ」では「オタク」と呼ばれることが多いのではないでしょうか。

しかしまあ、いっぺんその「オトナ買い」たらいうものも、してみたい気が、せんでもないあ、なあ。

2001/5/23

(追記)

「オトナ買い」に詳しいスタッフに聞いたところ、

「去年(2000年)の春、卵型のチョコレートの中に模型が入っている"チョコエッグ"が発売された頃から、"オトナ買い"という言葉がはやり出しましたね。チョコエッグをたくさん買う人のことを"チョコエッガー"とか呼んでましたけど、そういう"オトナ買い"をするオトナのことを"チャイルドパパ"とも言ってますね。」

ほう、すると何か「アダルト・チルドレン」にも通じるところがある感じがしますね。

2001/5/23

(さらに追記)

実はどこかで聞いたことがあるなぁと思っていたんです、この「オトナ買い」。思い出しました。3月に配信された新語メールマガジン「ちぇげらう」で「大人買い」が取り上げられていたのでした。「大人買い」の意味は、「大人の経済力でコレクション」、もともとはトレーディングカードなどを収集するコレクターの間で普及していた言葉だそうで、1999年夏のペプシコーラのスターウォーズ・キャンペーンで一般化したと、「アエラ」(2001年1月1日号)に載っているそうです。この言葉に関心を示した299人のうち、知っている人の割合は34.8%、初めて聞いたという人は64.9%だそうです。

関連語としては、食品業界で、おまけ付きで版阿鼻される食品のことを「食玩(しょくがん)」、コレクターがコレクションの対象となる商品の全種類をそろえることを「コンプリート」というなどの言葉があるようです。

2001/5/29


◆ことばの話306「サヨナラヒット」

またもや、やってくれました、メッツの新庄選手。日本人大リーガー初の、サヨナラヒットです!!

現地時間の5月20日、本拠地シェイ・スタジアムでのドジャース戦で、9回2死1、3塁で、センター前に弾き返し、これが日本人初のサヨナラヒットとなりました。

ところで、この「サヨナラヒット」、アメリカでも「サヨナラヒット」っていうのかな?

どう考えても和製英語(?)って感じですけれでも。

アメリカ生活も経験しているS解説委員に聞いたところ、



「さあな。グッバイ・ヒットかな。さよならだから。」



と、中学生並みの知識で答えられそうな、気のない返事・・・。

スポーツ紙各紙に目を通すと・・・ありました、ありました。スポニチに、こんな囲み記事が。



"サヨナラ打は日本生まれの野球用語。英語では、「game- endinng hit」とか 「 game-winninng hit 」が一般的で、「試合を終わらせる」「勝利付ける一打」の意。 ただFENのアナウンサーは「Sayonara Hit」と日本語を流用。台湾でサヨナラ本塁打をサヨナラの意味の中国語で「再会全塁打」と称し、野茂が「サンシン」を浸透させたように「サヨナラヒット」も広まるかも!?"



ほんとに、新庄選手がこの「サヨナラヒット」を連発するような活躍を見せれば、本当に「サヨナラヒット」も英語の仲間入りするかも・・・・。

それでは、今回は、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・・。

2001/5/22