◆ことばの話305「かわす」

突然ですが、

【1】「相手の攻撃をかわす

という時の「かわす」と、

【2】「相手の追撃をかわす

という時の「かわす」は、どう違うでしょうか?



新明解国語辞典をひいてみると

「ぶつかり(ぶつかられ)そうになるのを、とっさにからだの向きを変えたりからだを片寄せたりして、避ける。」

「敵の攻撃をうまくそらして、まともに影響を受けないようにする。」


という意味が書いてあります。

三省堂国語辞典には、

「からだ・の向きを変え(をかたよせ)て避ける。(例)身をかわす」

「(相手の攻撃を)そらす、しりぞける、負かす。(例)強打者をかわす、追及をかわす、
四対三でかわす」

広辞苑には、

「身をひるがえして避ける。(例)体(たい)をかわす、追撃をかわす」

とあります。



【1】 の場合「相手の攻撃」は前からやってきます。それを体をかわして(よけて)避けるのですが、【2】の「かわす」は、「振り切る」という表現でも置き換えられるでしょう。 しかし、最近こういった使われ方もされるようです。



【3】「Aは、前を行く走者5人をかわしてトップに立った」



この「かわす」は本来「追い抜いて」に置き換えられるものです。先日の新聞用語懇談会で、この「かわす」の使い方について、「おかしいのではないか」という意見が出ました。

「かわす」に「追い抜く」の意味があるのか?手元のいくつかの辞書を調べた限りでは、載っていませんでした。

ではなぜ「追い抜く」意味の「かわす」が使われるようになって来ているのか?考えてみました。



思うに「視点」の問題が絡んでくるように思います。というのも、あるランナーAが、前を行く走者を「追い抜く」様子は、第三者が外から客観的に見ていると、確かに「追い抜く」です。また、ランナーA本人にしてみても「抜いてやる」という強い意志の下に行われた行為であれば、「追い抜く」で良いと思います。

しかしここで、ゲームセンターにあるカーレースのゲームを思い出してみて下さい。

あのゲームでは、自分の車は画面の一番手前に写っています。そしてその車も、自分が座っている座席も、決して前には進みません。あのレースで前を行く車を「追い抜いて」いるように見えるのは、実は「前の車がどんどん自分の方に向かってやってくる」のです。

追い抜いているように見える行為は、相対的に(目の錯覚を利用して)そう思えるだけで、本来あれは「自分の車に向かってぶつかって来ようとする車を避ける、よける、かわすゲーム」なのです。その意味では、古典的な(私にとっては、慣れ親しんだ最初のゲーム)「スペースインベーダー」や「ギャラクシアン」といったシューティング・ゲームと、原理は同じです。

そういうふうなゲームに慣れたマラソンランナーにとっては、もしかすると、自分の足で前のランナーを「追い抜く」のではなく、近づいて来る前の走者を「かわして」いるような気になるかもしれません。また、そういったランナーに気持ちが乗り移ったアナウンサーが「5人かわしてトップに立った!」などと叫ぶことがあるのかもしれません。



果たしてこの説で「"追い抜く"の意味の"かわす"はオカシイ!!」とする人たちの攻撃を、「かわす」ことができるのか、どうか・・・。

2001/5/27

(追記)

これを書くより前に気になった発言例を記したメモ(というか落書き)が出てきました。

2001年5月20日の日本テレビ「スポーツうるぐす」で、元・横綱で、アメリカンフットボールNFLの選手を目指していた花田 勝さん(元・若乃花)が、こう発言していました。



「これから、いろんな試練が私に向かってくると思いますが・・・・。」



おいおい、逆じゃないの?これから、いろんな試練に「あなたが」立ち向かっていくのではないのですか?それとも何かい、横綱だから、試練に「胸を貸す」ということなのでしょうか?ぶつかり稽古のようですね。

でもこの花田さんの考え方= 「自分は動かず、向こうからいろいろやってくる」というのは、ここで私が論じている「かわす」考え方と同じです。今の30歳以下ぐらいの人達の考え方の基本には、こういった感じのものが根底に流れているのではないでしょうか?それとも彼は横綱だから特別なんでしょうかね?

2002/2/24


◆ことばの話304「唐揚げと空揚げ」

平成ことば事情303「ころもがえ」に続いて、「ころも」の話です。

先日、ニュース・スクランブルのスタッフが、思いつめた表情でやってきました。

「道浦さん、"からあげ"は"空揚げ"か"唐揚げ"か、どっちでしょうか?」

「??えっ?そりゃ、"唐揚げ"でしょ?違うの?」

と聞き返すと、

「辞書には"空揚げ"って書いてあるんですよね。」



えーっ!!ずっと、「唐揚げ」だと思ってました。居酒屋で食べていたのも「とりの唐揚げ」だし「小エビの唐揚げ」でした。間違いありません。

もちろん「唐揚げ」も載っている辞書もありましたが、「空揚げ」が最初に書いてあったりします。

去年(2000年)11月から第二版が刊行されている、日本で最大の国語辞典「日本国語大辞典」によると、第一版では「空揚げ」しか載っていなかったのに、最新の第二版では「中華風のものに"唐揚げ"の字をあてることが多い」と載っています。

意味は「料理の揚げ物で、ころもをつけないで、魚肉などを油で揚げること。また、その料理」

よく考えると、そもそも衣をつけないで油で揚げるから「からあげ」ですから、本来の意味からすると、「空揚げ」のほうがふさわしい気がします。

ではいつから、なぜ、「空揚げ」が「唐揚げ」に変ったのか?

中華料理風のものには「唐」を当て字として使ったのか?別に「唐(とう)」の時代に中国(つまり、唐)から伝わった訳でもなさそうです。

「唐様(からよう)」という言葉もありますし(この場合は外国風ということかな?。)、

「からいも」「からかみ」「からくさ」など「から〜」という言葉はいくつかありますね。本来の「から」は朝鮮を指すものであったが、その後、中国も指すようになり「唐」の字があてられるようになったそうです。(岡島昭浩・福井大学助教授)

単に中華風ということから「唐(から)」の字をあてたのかどうか、そのあたりは、分からずじまい。今後の検討課題です。

とりあえず、「とりから」でもつまんで、ビールを飲みながら考えましょうか。

2001/5/21

(追記)

大阪外国語大学の小矢野哲夫教授のホームページ「けとば珍聞」の2000年6月号で、まさしくこの「空揚げと唐揚げ」について触れてらっしゃいました。ちなみに小矢野先生は「唐揚げ」派だそうです。

2001/5/22

(追記2)

7年ぶりの追記です。
「情報ライブミヤネ屋」の字幕スーパーをチェックしていたら、
「唐揚げ」
という表記が出てきました。しかし『新聞用語集2007年版』『読売スタイルブック2008』を引いても、まだ
「空揚げ」
の表記しか認めていません。そこで、それに従って、スーパーを「空揚げ」に直して、スタッフにそう伝えたところ、
「道浦さん、『から揚げ』の『から』は『空』なんですか!?『唐』じゃないんですか?」
と質問が来たので、
「一般のお店では『唐揚げ』も多いけど、用語集などでは『空揚げ』になっているんあだよね。衣を着けないで揚げるから『から=空』なんだよね」
と答えると、
「そうなんですか・・・でもそれだと『からあげ』っぽくないんで『から揚げ』にします!」
ということに、今回はなりました。
2008/10/7


◆ことばの話303「ころもがえ」

まだ5月だというのに、なんか妙に蒸し暑いですね。

そんなある日、大先輩の記者が私に声をかけてきました。

「なあ、"ころもがえ"の"がえ"って、交替の"替"だっけ?"さら"だっけ?」

「えっ、"さら"ってなんですか?」

「ほら"さらしな"の"さら"だよ」


そこでようやくわかりました。そう言えば"ころもがえ"は「衣更」とも書いたような気がします。 広辞苑を引いてみると、確かに「衣更・更衣」という見出しが出ていました。というよりも「衣替」という字は見当たりません。

読売新聞の記者ハンドブックを見てみると、「ころもがえ」は「衣替え」の字をあてることになっています。

なるほど、本来は「衣更」と書いて「ころもがえ」だったのが、常用漢字に「更」の「かえ」という読みがないために「替」の字をあてたのだな、と推測しました。

そもそも「衣更」もそうですが、「更衣」と書いて「ころもがえ」と読ませるのは、今は難しいでしょうね。どう見ても「更衣室」の「こうい」としか、読めないでしょうし。

それにしても、エアコンも普及したためか、6月1日に「衣更」をする習慣も、学校の制服は別として、なくなってきているような気がしますね。いかがでしょうか。

2001/5/21


◆ことばの話302「3拍形容詞のアクセント」

「白い、黒い、青い、苦い、早い、寒い、熱い、暑い、低い、高い」 「赤い、重い、軽い、暗い、甘い、遅い、眠い、厚い、丸い」



さて、上の段と下の段の形容詞を、声を出して読んでみて下さい。どう違うでしょうか?

お分かりですね。

上の段は「白い」(LHL)のように「低・高・低」の中高アクセントで、下の段は「赤い」(LHH)のように「低・高・高」という平板アクセントの形容詞です。(Lは低く、Hは高く発音)

標準語の3拍形容詞には、この二つのパターンのアクセントがあります。

しかしこのアクセントに、変化が見られるのです。

下の段の平板アクセントの形容詞が、上の段と同じ、中高アクセントで発音されることが増えてきているのです。「赤い」「重い」「軽い」「甘い」・・・すべてそうです。



さらにこれらの形容詞を活用させた形もアクセントが変ってきています。

これまでは上の段の中高アクセント形容詞「白い」「黒い」を過去形に活用させた場合(連用形)には、「白かった」「黒かった」は「しろかった」「くろかった」(HLLLL)と、頭高のアクセントになり、下の段の平板アクセントの形容詞「赤い」「重い」は、「赤かった」「重かった」(LHLLL)のように頭から2つめ(あるいは後ろから4つめ)にアクセントが来る中高アクセントになります。

ところが最近は、活用させた場合に本来は「しろかった(HLLLL)」と頭高になるはずのアクセントが「しろかった(LHLLL)」と中高になってきているのです。この傾向は「甘い」「重い」「軽い」などにもみられます。



この原因としてまず考えられるのが、標準語の3拍の形容詞のアクセントが、量的に、中高の方が平板よりも多いからではないかと考えます。つまり、多数派のアクセント(中高)に、少数派(平板)が引きずられているのではないか。

また形容詞は文字どおり何かを"形容する"訳ですが、それと共に自分の感じた気持ちを表現する述語としても使われます。「寒い」「甘い」「重い」「軽い」。こういった形容詞を強調して表現する際に、平板アクセントでは、強調しにくいのではないか。だから中高アクセントにして強調しやすい形にしているのではないか、と考えます。



また、関西弁のアクセントも影響を与えているのではないでしょうか?

関西弁の場合、「白い」「黒い」「青い」といった上の段の形容詞は、「白い」「黒い」「青い」(HLL)と、頭高のアクセントになります。

また、下の段の形容詞も頭高になりますが、中には「甘い」「丸い」などのように、「LHL」の中高アクセントも使われるものもあります。(特に強調するときに、「あまーい」「まるーい」と真ん中の「ま」・「る」のあとに長音符号をつけて中高アクセントになります。)この影響もどこかで受けているのかもしれません。

そして関西弁の形容詞を過去形に活用した場合は、「しろかった」「くろかった」「おもかった」「かるかった」「あまかった」などすべて「LHLLL」の中高アクセントになります。これは、標準語における、下の段の形容詞の活用アクセントと同じです。

これも関係あるのかもしれません。

まだ詳しい調査は行っていませんが、どうもアクセントが変ってきているのは、間違いなさそうです。今後も調査を"長く"続けるつもりです。(「長い」はLHLの中高アクセント。過去形は「長かった(HLLLL)」の頭高アクセント)

2001/5/26


◆ことばの話301「日韓併合」

教科書問題が持ち上がっている今日このごろですが、そんな中、ふとこんな疑問が浮かびあがりました。

「"日韓併合"って言うけど、その当時は"韓国"ではなくて"朝鮮"だったのではないか?」

だって、併合で置かれた役所(政府)も「"朝鮮"総督府」でしたよね。「"韓国"総督府」ではありませんでした。

とりあえず辞書(広辞苑)を引きました。「日韓併合条約」をひくと「韓国併合条約のこと」と出ていました。それで「韓国併合条約」を引くと、

「日本が併合のため韓国に強要した条約。1910年(明治43年)8月調印。韓国の統治権を完全かつ永久に日本に譲渡することなどを規定、以後韓国を改めて朝鮮と称し、朝鮮総督府を置いて支配した。」

とありました。

なんと!併合した時の国名は「韓国」だったんだ!「韓国」は第二次世界大戦以降だと思ってました。

「世界史年表」(吉川弘文館)を見ると、「朝鮮」は、1897年「大韓国」に「国号改名」しています。そして、1909年に伊藤博文が暗殺されました。この時、伊藤博文は「朝鮮総督監」と思っていたらそうではなくて、「韓国統監」だったのです。

そして、1910年、8月の「日韓併合」で国名は「朝鮮」に。「大韓国(韓国)」は1897年から1910年までの13年間だけの国だったのですね。

そして、その後35年にわたる日本の支配。第二次世界大戦終戦で、朝鮮は南北に分裂。1948年(昭和23年)8月「大韓民国」成立、9月「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」成立。

1950年6月、朝鮮戦争起こる。

ここまでが、「韓国・朝鮮」の19世紀末から20世紀半ば(1897年から1950年)までの「歴史」です。

身近な国の、身近な歴史さえ知らない自分にちょっと反省。



「歴史」というのは、ある事実に関して、違う立場の複数の認識があるものです。一つの角度からだけの「事実」は必ずしも「真実」とは限りません。

こういった多面性も、私たちは学ぶ必要があるのではないでしょうか。

2001/5/25

(追記)

その後テレビ報道などを見ていると、「日韓併合」ではなく、「韓国併合」という文字が教科書にも出ているようです。私たちは「日韓併合」って習った気がするのですが、今は違うのでしょうか?また調べておきますね。来月(6月)4日に、問題になっている扶桑社の教科書も出るそうなので、注目です。

2001/5/27