◆ことばの話280「宮澤財務相の"ら抜き"」

宮澤喜一・前財務大臣。大正8年生まれの当年とって82歳。首相経験のある大物政治家なのはみなさんよくご存知。その宮澤さんが、大蔵大臣として戦後最長期間勤めたことになるという短いニュースを、4月26日の小泉新内閣の閣僚発表のニュースの間に、目にしました。(テレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」)

その中で、初の財務大臣としてこの2月にイタリアのパレルモで開かれたG7に行った時の記者会見の様子を見ました。そこで宮澤翁はこのように、のたまもうていたのです。

「しかし、あそこへ行っても何にも見れないんだなぁ。」

もう、お気づきですよね。宮澤喜一82歳(まだ81歳かも)、「見れない」を堂々と使っていたのです!・・・と、大々的に書くほどではないか。もっと古い時代の故人で使っていた人は、たくさんいそうだし。

それにしても、2月のニュースも見ていたはずなのに、このシーンは見逃していたのでしょうか。

しかし、やはり80歳を越えた方が、しかも公人が「見れない」などと言うのを耳にすると、ちょっと「えっ!?」と思いませんか?

60過ぎのモリさんや、60前のコイズミさんが「見れる」を使ってもそんなに「えっ!?」とは思わないんですけどね。

ことほど左様に、「ら抜き」は高齢の世代にも浸透しているのだなぁ、という、21世紀初頭のおはなしでした。後世に伝えましょう。

2001/5/2

(追記)

今朝(5月4日)の朝刊各紙にこんな事件が載っていました。

「バスジャックされた"ら"メールします」

JR宮崎駅発・博多駅行きの高速バスに、5月3日午前8時半頃に乗った女子短大生(19)から父親(46)にこんなメールが届きました。これを読んだ父親は、娘の乗ったバスがバスジャックされたと早とちりして110番通報、九州の各県警は総勢160人の緊急配備を敷いた・・・というもの。110番通報から1時間半後に一件落着と言うことですが、これはさしずめ人騒がせな「ら抜き言葉」ですね。(2001、5、4)

2001/5/4


◆ことばの話279「パーカとジャージー、再発見」

以前、ことばの話82で「パーカとジャージー」ということについて書きました。

ふだん「パーカー」と呼んでいる「ヨットパーカー」が、辞書には「パーカ」と語尾の「−」がない形でしか載っていないこと、また、ふだん「ジャージ」と呼んでいるものが辞書には「ジャージー」と「−」がついた形でしか載っていないことなどを書きました。

この3月に「三省堂国語辞典」の第五版が出ましたが、この辞書は新語や新しい言い方を積極的に取り入れることで知られています。

そこで「もしかしたら・・・」と思って「パーカ」と「ジャージー」を引いてみました。すると、なんとこの辞書の見出しには「パーカ(−)」と、( )付きながら「−」が付いているではないですか!つまり「本来は"パーカ"だが、"パーカー"とも言われる」ということを示していたのです。

そして「ジャージー」は「ジャージ(−)」とやはり「本来は"ジャージー"だが"ジャージ"も使われる」ということを示していたのです。

やはり辞書の中でも、時代は動いている!!

もしかしたら・・・と思って、同じ三省堂の「新明解国語辞典」を引いてみました。すると、「ジャージー」の説明の最後に「ジャージとも言う」となっているではありませんか。

ただ、「パーカ」は「パーカー」にはなっていませんでした。

「三国(三省堂国語辞典)」、一歩リード!というところですかね。

ついでと言ってはなんですが、3月20日に第二版が出たばかりの、同じく三省堂の「新明解アクセント辞典」も引いてみました。

すると!!「ジャージー」「ジャージ」、「パーカ」「パーカー」ともに載っているではありませんか!同じ「新明解」でも「アクセント辞典」が「国語辞典」をちょっとリードしたようです。

2001/4/27

(追記)

こんな本を読みました。
『ジャージの二人』(長嶋 有、集英社文庫:2007)
泊まり明け、帰宅途中に寄った本屋さんで見つけて買いました。
『ジャージの二人』。「ジャージー」でなく「ジャージ」。
長嶋さんは、芥川賞作家で1972年生まれと若いけど、その彼をしてもう「ジャージー」ではなく「ジャージ」なんだなあと思って買ってしまいました。「ジャージの二人」の9ページから119ページまでに「ジャージ」の出てくる回数は、なんと21回でした。

2007/9/7

(追記2)

先日新聞で見たのですが、「第二回ケータイ小説大賞」という賞があって、それを受賞した「reY(レイ)」さん(29)の作品の名前が、
『白いジャージ〜先生と私』
と、 伸ばさない「ジャージ」でした。もう市民権を得ていますね、「ジャージ」。少なくとも若い人の間では。ラグビーの「ジャージー」は語尾を伸ばし、アクセントも「頭高アクセント」ですが、「平板アクセント」になると、短くなるのでしょうね。

2007/10/7
(追記3)

サッカー実況で有名なNHKの山本 浩アナウンサー(現在は解説主幹、エグゼクティブ・アナウンサー)の著書 『メキシコの青い空』(新潮社)に、「ジャージ」という伸ばさない形がたくさん出てきました。
「昔、日本のジャージを着た日本代表から数えて」(181ページ=実況描写)
「あのときも確かに日本のジャージのブルーが透明な空気によく映えていた。」(201ページ)
「このジャージで踏み入れる、最後の国立の芝」(221ページ=実況描写)
「横浜にとってはこれがこのジャージで戦う最後のゲームです。」(227ページ=実況描写)
「このジャージでもう再び見ることはありません。」(228ページ=実況描写)
「延長前半、選手のジャージが肌に張り付いている。」(280ページ)
合計6回出てきて、そのうち4回は自身の実況を文字化したものでした。山本さんは、「ジャージ派」のようですね。
2007/10/22
(追記4)

ちょっと前のスクラップが出てきました(最近机の周辺を整理しているので)。
『ビッグコミックオリジナル』(2007年4月20日号)業田良家『百年川柳』(NO.370)で、
「そうだパーカーにしよう」
語尾を伸ばした「パーカー」が登場しました。業田さん原作の『自虐の歌』、まもなく映画が公開ですね。今朝の「ズーム」でご紹介しました。あの原作4コマ漫画のめちゃめちゃ分厚い単行本、昔、読みました。家にあります。
2007/10/25
(追記5)

11月3日の午後5時40分頃、テレビ朝日のニュースで、ラグビーの慶明戦のニュースを伝えていました。その中で女性アナウンサーが明治大学のことを「紫紺のジャージ・明治」と紹介する際に「ジャージ」を、
「ジャージ(LHH)」
「平板アクセント」で語尾を伸ばさずに読んでいました。
2007/11/5
(追記6)

『魔王』(伊坂幸太郎、講談社文庫:2008、9、12)の中に、
「安そうなジャージの上下を着ていた」(177ページ)
と語尾を伸ばさない「ジャージ」が出てきました。
2009/1/19
(追記7)
夏樹静子の小説『量刑』(光文社文庫)に、
「ジャージィにスニーカーの初老の夫婦と見える二人が、仲良くベンチに腰掛けていた。」(257ページ)
というふうに「ジャージィ」という表記が出てきました。Google検索(9月10か)では、
「ジャージィ」=     7630
「ジャージー」= 363000
「ジャージ」=  5840000
「ジャージィー」=1680000
でした。「ジャージィ」は少ないですが、語尾を伸ばした「ジャージィー」は36万件もあるんですね。でも「ジャージ」がやっぱり一番多いですね。テレビ・新聞の表記は「ジャージー」ですが。
2009/9/10
(追記8)
同じく『量刑・下巻』の311ページに、
Tシャツに足首までのジャージィ姿のまま、ドアに向かって身構えるように立つ。」
「ジャージィ」が出てきました。「追記7」は「上巻」でした。
また、万城目学の『プリンセス・トヨトミ』(文藝春秋:2009、3、1)には、全504ページの中に、
「ジャージ」
がたくさん出てきます。
「ジャージについた糸くずを手でつまんだ。」(58ページ)
「上下ジャージ姿の大輔」
「ジャージで授業を受けるように」
「大輔はジャージがあまり好きじゃない」(以上66ページ)
「明日からジャージで登校することを」(74ページ)
「今日からジャージで学校に来るっていう約束」(75ページ)
「正面からジャージ姿の男子生徒が向かってくるのが見えた」(96ページ)
「大輔ははジャージ姿で登校した」(138ページ)
「ジョギングに励むジャージ姿の少女らの列とすれ違う」(173ページ)
「Tシャツの上に、ジャージを羽織り」(310ページ)
「このジャージ姿に坊主頭という無様極まりない格好だった」(311ページ)
「大輔のジャージの肩口がびくりと反応した」(318ページ)
「あと一人ジャージを着た男子がいたが」(337ページ)
「いつの間にか、ジャージ姿の鳥居が」(339ページ)
「スーツに、ジャージ、作業着、店の制服、ありふれた私服ーー年齢も出で立ちも、まさに千差万別である」(393ページ)
「『鳥居さん、ジャージ』」
「鳥居はその場でジャージを脱ぐと、旭に手渡した」(以上、466ページ)
「『しかし真田、ジャージはどうしたんや』」(482ページ)
「スーツでびしっと決めた昨日の姿と異なり、何せ上下ともにジャージである」(486ページ)
「受け取った中身をのぞくと、鳥居に貸していたジャージだった」(278ページ)
と、全部で20回も出てきました。すべて「ジャージ」でした。そのほか、
「朝食はいつも同じメニュー。(中略)テレビは『おはよう朝日です』を観る。」(373ページ)
「よみうりテレビは、情報番組がのんびり芸能ゴシップを扱い」(388ページ)
とあったので、著者の万城目さんは「宮根誠司さん」のファンなのかもしれません。
2009/9/16
(追記9)

『風が強く吹いている』(三浦しをん、新潮文庫:2009、7、1)という小説を読みました。青春もの。箱根駅伝に果敢に挑戦する若者たちの話です。
この小説では「ジャージではなく「ジャージ」という短い表記がたくさん出てきます。
「乱れたジャージを整えた。」(231ページ)
ジャージのズボンにいままさに手をかけようとしていた走(かける)は」(244ページ)
「清瀬は羽織っていたジャージを脱いだ。」(249ページ)
「コメントするキャプテンもジャージ姿だったが」(260ページ)
「同じジャージを着ていても」(464ページ)
「寛政大学のユニフォームとジャージに着替え、ベンチコートを手にする。」(504ページ)
「清瀬のジャージのズボンの裾をめくりあげようとした。」(513〜514ページ)
ジャージのポケットから携帯電話を取り出した走に」(523ページ)
「二人の視界のなかに、ジャージを穿いた脚が現れ、立ち止まった。」(551ページ)
「ジョージは走のジャージの袖を引っ張り」(558ページ)
「寛政大学のジャージを着て待ちかまえていた給水要員が」(560ページ)
「携帯電話をムサに預け、キングはジャージを脱いだ。」(566ページ)
「走は通話を終えた携帯電話をジョージに預け、ジャージを脱いだ。」(583ページ)
「紙袋からタオルやらジャージやらを引っ張りだしながら」(615ページ)
「ユニフォームのうえから手早くジャージの上下を着込み」(617ページ)
「寛政大学のジャージを着たものたちに向かって」(646ページ)
「清瀬はジャージのうえから、そっと右脚をこすってみた。」(609ページ)
また、解説の最相葉月さんも、
「下駄とジャージ姿で散歩できる気安さから」
「ジャージ」を使っています。
また「ジャージ」は短いのに、「パーカ」は長くて「パーカー」です。
「ムサがTシャツのうえにパーカーを羽織った。」(216ページ)
そんなことを気にしながら読みました。
2009/10/30
(追記10)

半年ほど前(今年5月のゴールデンウイーク)にこんなメモが残っていました。
『三匹のおっさん』(有川浩、文藝春秋:2009、3、15)という小説の中に出てきた「ジャージ」です。
「服装はいつも決まったように黒いジャージだ。」(19ページ)
「重雄に体格の似た黒ジャージの男は」(124ページ)
「あんた、四六時中ジャージじゃないのよ。亭主がジャージなのにあたしだけオシャレしたっておかしいじゃない。ジャージの亭主に見合った格好しないと」
「…たまには康生たちに店任せて温泉でも行くか」「ジャージじゃない服着てちょうだいよ」(198ページ)
日本人って、ジャージが好きなんですねえ・・・。
2009/11/6
(追記11)

今年の直木賞作家、佐々木譲の直木賞受賞作で、連作短編集『廃墟に乞う』(文藝春秋、2009、7、15第1刷・2010、1、20第2刷)の「兄の想い」の中に、語尾を伸ばす「ジャージー」がたくさん出てきました。
「ブランドもののジャージーの上下を着ていた。」(102ページ)。
「横のジャージー姿の男の表情が、少しだけ変わった。」(103ページ)
「ジャージー姿の男はあわてたように割って入った。」(103ページ)
さらに、続く104ページにも、
「ジャージーの男」
3回出てきました。佐々木さんは「ジャージー」派なんですね。
2010/3/15
(追記12)

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海、ダイヤモンド社:2009、12、3第1刷・2010、1、14第3刷)という本を読み始めたら、出てきました、「ジャージ」
『入り口のところにジャージ姿の夕紀が立っていた。』(20ページ)。
『「お洒落といっても、下はジャージだけどね」そう言うと、夕紀はいたずらっぽく微笑んでみせた。』(21ページ)
語尾の「−」のない「ジャージ」です。
2010/3/22


◆ことばの話278「実家」

平成ことば事情277「同級生」とよく似たケース、と言いますか、従来と意味が変ってきている言葉に「実家」があります。
従来の「実家」は
「(入り婿・嫁・養子から見て)自分の生まれた家。さと。」
(岩波国語辞典第六版)でした。奥さんが、
「実家に帰らせてもらいます」
というふうに使っていたのですが、このところ、「実家」を使う人は拡大しているようです。それを受けて、同じく「岩波国語」には
「成人した子と親との別居がごく普通になった1970年ごろから、生家・父母の家の意で使う」
とあります。独身の男性も「実家に帰ったり」するということです。
ちなみに親の下で生活していることを、「膝(ひざ)の下」と書いて「膝下(しっか)」というそうです。「じっか(実家)」から点点(濁点)がとれていますね。
現代の若者は、「一人暮らし」よりも、成人しても親の家から出ない「しっか(膝下)」で生活する若者も多いようですが、「膝下」という言葉は廃れて、「実家」の意味は、昔より拡大してきているというのも、なんだか皮肉な結果ですね。

2001/5/2

(追記)

『広辞苑』を引くと、「実家」には二つの意味があって、
「実家」=(1)自分が生まれた家。父母の家。「実家に帰る」(2)婚姻または養子縁組によって他家に入った者から元の家をいう称。「家」の制度の廃止により法律上は廃語となった。さと。
とありました。もう認められているんだ、1番目の意味として。
川上弘美の『此処彼処』の中の「湯島」を読んでいたら、
「母の実家(さと)に」
と、「実家」と書いてルビは「さと」という実例が出ていました。
そう言えば、
「さとへ帰らせていただきます。」
「おさとの便りも絶え果てた」(童謡『赤とんぼ』)

の「さと」は、「嫁入りした者の元の家」の意味の「実家」ですね。

2005/11/6


◆ことばの話277「同級生」

皆さんは同級生というと、どんな顔を思い浮かべますか?懐かしい面々が浮かんでくることでしょう。

ところで、この「同級生」という言葉、本来は「同じクラスの児童・生徒・学生」をさしていたのですが、どうも最近は意味が変ってきてるんだそうです。
というのは、最近は、
「クラスはもちろん、学校も違う人でも、同い年であれば、"同級生"という」
そうです。
これはNHK放送文化研究所が出している「放送研究と調査2001年2月号」に載っている調査結果です。2000年11月に行われた全国の20歳以上の男女2000人に対する調査で、
「太郎と花子は同級生だ」という場合の意味を、次から選べという設問でした。

(1)太郎と花子はクラスが同じ
(2) クラスは違うが同じ学校の同じ学年
(3) 学校は違うが同じ学年
(4) わからない
結果は、本来の使い方である(1)のみは38%、(2)のみが31%、(3)のみが7%でした。

また、(1)と(2)を足したもの(つまり、クラスが同じか同じ学校の同じ学年)は、47%、また、(1)と(2)と(3)を足した(あるいはそのうちのどれか二つを足した)もの、言ってみれば「クラスが同じか、同じ学校の同じ学年か、学校は違っても学年は同じ」という選択肢を選んだ人は20%もいました。

また、本来の使い方である(1)の意味をまったく感じていない人は40%以上もいました。
しかもこれは年代にそれほど差がなく、(3)の使い方(学校は違うが学年が同じ)をした人は、

20歳代=29%
30歳代=22%
40歳代=23%
50歳代=21%
60歳代以上=15%
です。(一番若い20歳代と一番年配の60歳代以上では、倍違いますが。)

調査にあたった、NHK放送文化研究所の原田邦博主任研究員にお話を伺いましたら、「西日本の方が、この広い意味での"同級生"は使われていると思いますよ。」ということでしたので、さっそく読売テレビアナウンス部でも「同級生の意味」について聞いてみました。すると、
「学校は違っても、同じ学年なら同級生」(奈良出身・30代女)
「同級生は同じ学校の同じ学年。同窓生は同じクラス。だって、同窓会って、同じクラスのやつとしか、やらないじゃないですか」(埼玉出身・30代男)
「同じ学年人に対して"同級やね"とはいうが、同級生は同じクラス」(京都出身・40代男、静岡出身・30代男)
といった反応がありました。やはり、30歳代の若い世代では、学校は違っても学年が同じなら「同級生」という世代になっているんでしょうか。
また、スポーツ担当の20歳代の男性アナウンサーは、
「野球選手は、学校が違っても同じ学年なら"同級生"って使うみたいですね。たとえば、阪神の田中秀太選手が"巨人で同級生は二岡です"って答えていたんですが、秀太は熊本工業高校出身だし、二岡は広島の広陵高校出身ですから、あれっ、おかしいなと思ったことがあります。また阪神のカツノリ選手と話をした時に"ボクは制作のT君と同期なんです。"と言ったら、カツノリが"じゃあ同級生ですか?"と聞いてきたので、"いえ、違います。"と答えたことがありましたよ。」
と話してくれました。
思うに、同じ学校で1学年に10クラスも20クラスもあれば、3年間で同じクラスになる人の数は限られますが、1学年に1クラス、あるいは2クラスと少ししかクラスがない場合には、「同じ学年」=「同じクラス」になり、「同級生」=「同じ学年」になることも十分考えられます。少子化の現代、ここまでは理解できます。
問題はやはり、「学校はは違うけど学年が同じ」という場合の「同級生」です。
これは、知らないもの同士が親近感を持つための道具として使っているのではないでしょうか。
同じ学年を「同級」というのを援用して、「同級」の人なら「同級生」と呼ぶようになったとも考えられます。
今後も「同級生」に注目していきたいと思います。 あっ、ちなみに私は、松田聖子と「同級生」です。学校は違うけど。

2001/5/2

(追記)

雅子様ご懐妊の公式発表が、昨日(5月15日)宮内庁から行われました。それを受けての今朝(5月16日)のデイリースポーツの25面の見出しが
「同級生リミット来月26日」
サブタイトルが、
「ロイヤルベビーに続け〜コウノトリお願い!お父さん立ち上がれ!!」
でした。ここでいう「同級生」は、リード部分に
「まだ間に合う同級生―・・・ロイヤルベビーと同級生になる子供を産むためのタイムリミットが残り一カ月足らずに迫っている」
と書いてあるように、あきらかに「同じ学年」を意味しています。
本文の中にも
「今年四月二日から来年の四月一日までに生まれた子供たちが、ロイヤルベビーと"同級生"となる」
ともあります。こちらはカッコつきの"同級生"ですが。

これを紹介した読売テレビの番組「あさイチ!」の森たけしアナウンサーは

「ボク、実は皇太子様と"同級生"なんですよ。」

と言っていましたが、確か森アナは青山学院大学の出身、皇太子様は言わずと知れた学習院大学のご出身。これも「同じ学年の意味」の「同級生」でしょう。

それにしても「お父さん立ち上がれ!!」って、まだ子供が生まれていないのに、「お父さん」は勇み足では?

2001/5/16


◆ことばの話276「メル友」

京都の女子大生が殺害されると言う事件が起きました。この女子大生は、最後に会った友人に「このあとメル友に会いに行く」と言ったとニュース原稿に書かれていました。

「メル友(とも)かぁ」と思いながらニュースを読んだのですが、ニュースが終わってからSアナウンサーが「"メル友"ですか・・・」と意味深なひとこと。それで「ハッ!」としました。この「メル友」、なんの説明もなく聞いてわかる人は、どのくらいいるのでしょうか。確かに若者はわかるでしょうが年配者、中でもメール(電子メールやケータイメール)を使わない人には、わからないかも知れません。

先日「三省堂国語辞典」の編集の方にインタビューした際にも、この「メル友」の話が出ました。次の改定で取り上げようと思っている言葉だそうです。ただ、その編集の方(50歳代後半とお見受けしました)は、

「これは、なんて読むんですかねえ・・・"メルトモ"ですかねえ、それとも"メルユウ"ですかねえ。」

などとおっしゃっていたので、やはりメールをしない人には耳遠い言葉なんだなと感じました。

「現代用語の基礎知識2000」(自由国民社)には、

「メル友=メール友だち。ケータイで、PHSでEメールで。」

と出ています。また「2001年版」では、

「Eメール友だち。」

とだけ、出ています。

この「メル友」、従来あった(今は完全に消滅してしまった)ポケットベルでのコミュニケーションを取る友だち=「ベル友」の、ケータイメール版だと思うのですが、そのあたり、「現代用語」の2000年版を引いてみると、「ケータイ語」という項目があって、

「・・・非言語の通信もはやっている。携帯電話やPHS、ポケベルのメール機能を使ったり、電子メール専用のモバイル端末でメールをやりとりする習慣だ。このとき独特の絵文字も入った省略語で通信をする。例えば"シブ6集"と送れば"渋谷に6時に集合"という意味だ。もともとポケベルでの"ベル友"といわれるコミュニケーション習慣が、携帯電話全盛の時代を迎えてケータイ語として進化しつつあるようだ。」

と書かれています。

「メル友」が辞書に載るのが先か、それとも「ベル友」のように消え去ってしまう方が先か?

答えがわかった方、メールください。

2001/5/2

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