◆ことばの話255「"ら" と "など"」

人や物の複数形を表わすのに「ら」「など」といったことばがつきますが、これをどう使い分けるのか?

ニュース原稿で出て来る時には、人には「ら」をあまり使わないようにしています。

「ら」をつける人には何か悪いイメージが感じられるから、だそうです。

逮捕された容疑者や刑事裁判の被告といった、まあ一般的に"悪い人"の場合は「ら」を使い、いわゆる"一般人"には「など」を使うようにはしていますが、「など」よりも「ら」の方が口調がいい場合も、結構ある訳です。こういう時は悩みますね。

英語やドイツ語、スペイン語などの言語には、原則として名詞に「性」があったり、単数形と複数形があったりしますが、そもそも日本語の名詞には、「単数形と複数形」というものはない、と聞いたことが(読んだことが?)あります。それなのに、外国語の影響で、複数の場合は必ず「ら」「など」といった複数を表わす接尾語をつけようとする傾向に対して、「それは外国語への迎合である」という意見もあるようです。

確かに、「何匹もの犬が吠えている」様子を、「犬たちが吠えている」という形で複数を表わすのは擬人法になってしまい、何か「犬」に特別な意味を持たせているかのような気もして、少しヘン。「犬が(何匹も)吠えている」で良いんじゃないでしょうか。

「ら」が見下したような感じがするということと共に、「など」は非常に使い勝手が良いコトバなんです。

たとえば、裁判の原告がいくつもの団体に及ぶ場合など、そのうちの一つを挙げて「○○など」とやっておけば、わずらわしくないし、時間も節約できるし、聞いている方もスッキリします。しかしその一方で、非常におおざっぱな表現になり、全てを明らかにせずにごまかしていると取られかねません。一つのニュースの中で「などなどなどなど」とたくさん「など」が出てくると、「えーい、うるさい!」と思う時もあります。

「便利だけど、使い過ぎると、ダメ。」

何事も、そうなんですよね。

2001/3/16


◆ことばの話254「コ杯」

昨日(3月14日)で、2002年サッカーワールドカップの入場券申し込み受付が終了しました。皆さんは申し込まれましたか?100万件を越える応募があったものの、インターネットでの申し込み受付の不手際などで、いまいち盛り上がらなかったかなぁという気もします。そのワールドカップ備えて、本番1年前にあたる今年の5月30日から、世界の強豪8チームが参加して、プレ・ワールドカップとも言える「コンフェデレーションズカップ」が開催されます。

その組織委員会がスイスのチューリッヒで13日開かれたという記事が昨日の読売新聞・夕刊に載っていました。その見出しは、



コ杯選手招集 開幕4日前OK



なんと「コンフェデレーションズカップ」が省略されて「コ杯」。あら、コハイ。

コーク・ハイではありません。こ、これは、いくらなんでも省略し過ぎではないでしょうか。ちょうど春闘の時期ですが、労働組合関係の用語「ベース・アップ」が、省略されて「ベア」だと知った時には、まるで「クマ」に会った時のように驚きましたが、その時と同じような驚きです。

でも、似たような例は他にもあります。

テニスの「フェデレーションカップ」「フェ杯」ですよね。それにしてもなんで「フェ杯」にならないんでしょうか?音声的にはそうなるはずなのに。おそらく、英語のスペル上は「Federation Cup」略して「Fed Cup」で、それを日本語に訳すると「フェド杯」になっているのではないか?と想像するのですが。



スポーツ関係の用語にはこういった省略語は多いです。なぜならば、カタカナ語、外来語が多く、新聞紙面、特に見出しには収まりきらないからです。

同じ日(3月14日)の読売新聞・夕刊には、やはりサッカーのヨーロッパ・チャンピオンズカップの2次リーグの結果が載っていましたが、見出しはこうです。



マンU8強入り〜サッカー欧州CL



これはサッカーファンでなければ絶対分からないでしょう。だって「マンU」ですよ。もちろん「水戸黄門マンユー記」ではありませんねんまんねん。

これは、イングランドのプレミアリーグ所属の名門チーム、「マンチェスター・ユナイテッド」のことです。それが「マンU」。「欧州CL」は「ヨーロッパ・チャンピオンズカップ」の略。本文を読めば分かるのですが、見出しだけ見たのでは、分からないだろうなあ、普通。でも、ある程度しょうがないですよね、出てくるチーム名が、全部長いんですもん。



マンチェスター・ユナイテッドにシュトルム・グラーツ、デポルティボ・ラコルーニャ、

バレンシア、パナシナイコスにガラタサライ、パリ・サンジェルマン・・・。




舌、噛みそうになります。



まあ、「マンU」は、サッカーファン以外は読まないことを前提とした、"ゴメンネ略語"とでも言いましょうか。音声的には、なんかヘンなんだけどなあ・・・マンU。

2001/3/15

(追記)

その後、もう少し大きな記事では、「コンフェデ杯」という見出しも見つけました。

スペースがあれば、略語の字数も増えるんですね。

2001/3/26

(追記2)

ご存知のように、その後5月30日にコンフェデレーションズ・カップは開幕。日本は見事に準優勝を飾りました。やったぁ。

そもそも「○杯」というふうな略称表記は、テニスの「デビスカップ」→「デ杯」から始まったのではないでしょうか。その後、ワールドカップを「W杯」と表記するようになり、当初はこれを「ダブリューはい」などと読んでいる人もいましたが、今はこう書いて「ワールドカップ」と読むのが当たり前になりました。

これは、その試合に日本が参加するようになって来たからでしょう。

またコンフェデレーションズカップへの日本の参加は、今回がまだ2回目と歴史が浅いこともあって、なじんでいないのでしょうね。それにしても「コンフェデレーションズカップ」って、舌を噛みそうですからね。

2001/6/13


◆ことばの話253「お借りしてもいいですか」

とある昼下がり、アナウンス部の後輩の女性アナウンサーが、おずおずと私の席に近づいてきました。そして「道浦さん・・・」とやや、伏せ目がちに声をかけてきました。

も、もしや愛の告白!?なわけもなく、



「あのー、ホッチキス、お借りしてもいいですか?」



なーんだ。

「いいよ」と応じつつ「ちょっと待てよ」とホッチキスを差し出す手が止まりました。

「今、"お借りしてもいいですか?"って言ったよね。」

「言いました。」

「ほかの言い方はあるかな。」

「お借りできますか?借りていいですか?お貸し願えませんか?お貸し頂けますでしょうか?貸してください。貸してくれませんか?」

「よく出来ました。借りるのは君で、貸すのはボクだよね。そうすると、"お借りしてもいいですか?"の主語は君だよね。」

「・・・そういうことになりますね。けど"貸してください"だと、なんか直接的すぎません?」

「なるほど。しかし、相手に"ある行為"をお願いするなら、相手の行為に尊敬語をつけて言う方が敬意が高いんじゃないかな?」

「あのォー、ホッチキス貸してくれるんなら、どっちでもいいんですけど・・・」



ということで、話は終わったんですが、よく考えると、主語も述語も関係なくて、「お借りしてもいいですか?」の引っかかった点は、「〜してもいいですか?」がまるで英語の直訳の構文「Can I 〜」と同じで、しかも「お借り」というのが名詞として使われているところではないか?思い至りました。あっ、けど「お借りできませんか?」でも「Can I〜」と構文は同じだなあ。やはり「Would you〜」=「〜してくれませんか?」の方が丁寧ですよね。そうすると、この構文だと「貸してくれませんか?」「お貸し願えないでしょうか?」になるのかな。



結局、同じことを言うのに自分を主語にするか、相手を主語にするかは、年齢・年代によって違うのではないかな?と、ふと思ったところで、その日は終わったのでした。

今度、調べてみますね。

今回もオチはありませんでした。

2001/3/14


◆ことばの話252「よろしかったですか」

最近、というか2、3年前から街でよく耳にする言葉に、



「よろしかったですか?」



があります。お店で何かを買う時に、確認の意味で店員さんに「よろしかったですか?」と聞かれるのです。何か引っかかるなあ、と思っていたのです。これまでは「よろしいですか?」と「現在形」で聞く(聞かれる)のが普通だと思っていたのですが、なぜか「過去形」で聞かれるんですよね。

しかも、一度確認をしたあとで「(ああ、そうそう、ちょっと忘れてしまってので、もう一度伺いますけど、これで)よろしかったですか?」という使い方なら、まだ納得するのですが、そうではなくて、一度も確認などしていないことについて、いきなり「よろしかったですか?」なのでこちらは面食らう訳です。

この言い方、特に名古屋で耳にする、とも聞いたことがあります(実際名古屋でういろうを買った時に"一つでよろしかったですか?"と言われた)が、最近は関西でもしょっちゅう耳にします。



なぜ過去形になるのだろうか?

いろいろ考えました。その結果、



英語でもWill you〜?よりもWould you〜?のほうが丁寧なように、現在形よりも過去形の方が丁寧な感じになると、話し手が考えているからではないか?



という結論に至りました。



そしてつい先日、スーパーの前を通り掛かると、シャンプーやリンスを特売しているおばちゃんが、通り過ぎるお客さんにこう、声をかけていたのを耳にして、ハッ!としたのです。



「シャンプーは、よろしかったですか?」



「シャンプーはよろしいですか?」と現在形で聞かれた場合には、私だったら、「我が家におけるシャンプーの現状」に思いを馳せることなく、即座に「結構です。間に合ってます。」と答えると思いますが、「よろしかったですか?」と過去形で聞かれると、「あれ?どうだったかな?待てよ、そういえばシャンプー、なくなりかけていたっけ?」と、"シャンプーに関する記憶"を過去に溯って確認しようと、つい、してしまいがちだということに気付いたのです。

つまり、買ってもらうため、購買意欲を奮い立たせるための「ひっかけ」の効果は、現在形よりも過去形の方が、より効果的に訴えかけるのではないでしょうか。

そういった、実に巧みな心理作戦が、もともとこの「よろしかったですか?」という過去形には含まれていたのではないか。それを、いろんなところで、「そんなにいいものならば・・・」とマニュアル化して取り入れていったのが、現在の「よろしかったですか?」の氾濫に繋がっているのではないか?というのが、私の推測です。

もし、それが当たっていたとしても、なぜ名古屋から?というナゾは残るわけですけどね。

2001/3/13


(追記)
居酒屋の呼び込みで、
「よろしかったら、おためしください。」
と言っていました。この「よろしかったら」は、ごく一般的に使われているものですが、このフレーズと、近年巷を賑わわせている、「よろしかったですか?」は、関連はないのでしょうか?どこかで連想が働いた、ということはないのかな?
また、若者の間で「違う」→「違って」という本来の活用が、
「違くて」
のように「形容詞型の活用」が好まれるのも、同じく形容詞型の活用の「かった」を含む「よろしかったですか」の多用と関係があるのでしょうか?
今回は答えはありませんが。アイデアのメモ、ということで。

2004/5/5

(追記2)
12月19日夜、NHK職員の不正事件の謝罪釈明番組(海老沢会長出演)で、街頭インタビューに答えた、20代後半の女性が
「その(受信料の)使い方がちがければ」
と言ってました。
動詞「違う」を形容詞ふう活用させたもので、「ちがくて」という連用形は、聞いたことがよくありましたが、この、
「ちがければ」
という仮定形の活用例は、初めて耳にしました。

2004/12/24


◆ことばの話251「アジア系外国人2」

以前ここに書いた「アジア系外国人」(平成ことば事情237)ですが、3月6日の毎日新聞のメディア欄でも詳しく取り上げられていたので、その記事をご紹介しながら、改めて考えてみます。

これは毎日新聞に2月度に読者から寄せられた苦情の一つについて、毎日新聞の「"開かれた新聞"委員会」が検討したものです。

苦情は、カトリック横浜教区滞日外国人と連帯する会というところから出されたもので、「アジア系外国人という表現は差別に繋がるので避けるべきだ。」という指摘だったそうです。

これに対して、毎日新聞の「"開かれた新聞"委員会」のメンバーは、次のように答えています。(要旨のみ)

玉木明氏(フリージャーナリスト)
「アジア系外国人」は犯人の風体を示す重要なファクター。問題となるのは意識。<われわれ>と、<われわれ>に属さない<かれら>を峻別し排除しようという動きは、<われわれ>意識が強まるほど強くなるので注意が必要だ。

柳田邦男氏(作家)
それ自体が差別を助長するとは思わないが、他の2つの事件でもその表現が使われていたことを考えると、安易に使い過ぎ。何を持って「アジア系外国人」とするのか、記事からは判断できない。犯人像をもっと具体的に書くべきだ。

中坊公平氏(元・日弁連会長)
「アジア系外国人」と見られる判断材料が示されていない。

吉永春子氏(テレビ・プロデューサー)
「アジア系外国人」はよく使われているが、「アフリカ系外国人」「欧米系外国人」とはいわない。やむをえず使っているのであろうが、もっと適当な言葉はないのだろうか。

田島泰彦氏(上智大学教授)
「アジア系外国人」はやや分かりにくいが、差別を助長するとは言えない。犯罪の事実を示す上でも必要。ただ、目撃情報の危うさを認識して予断を避け、多角的な取材と抑制的な表現が求められる。

清水光雄氏(毎日新聞東京本社社会部長)
事実にどこまでも拘る姿勢で臨んでいる。被害者や目撃者の証言を報じる場合も、事件当時の状況や混乱の度合いなどを見極めた上で、予断を抱くことなく慎重に判断して記事にしていきたい。

確かに、犯人の風体は、捜査上重要な要素ですから、一番分かり易い表現が求められますが、はたして「アジア系外国人」が分かりやすいのかどうか。日本人だって「アジア系」です。日本にいると外国人じゃないだけで、よその国に行けば外国人です。「東洋人風」も同じことが言えますよね。

読売テレビのS解説委員に聞くと「アメリカでも、スペイン語をしゃべる人のことをひっくるめて"ヒスパニック"と読んでいるが、そうやってひっくるめる言い方は、誤解を招くことも確かにあるよな。」という話でした。

今後も「アジア系外国人」(という言葉・表現)には、注意していきたいと思います。

2001/3/10