◆ことばの話210「おけいはん」

年の瀬も押しつまってきた、この師走。京阪電車の車内で、「おやっ?」と思う中吊り広告を目にしました。カルタふうのデザインに



「京阪のるひと おけいはん」



という文字が書かれていました。最初「京阪の、"るひと"ってなんや?」と思いましたが、もちろんこれは「乗る人」。まあ「ひらぱー」以来、京阪電鉄はなかなか面白い広告を展開しますよね。

その後、若い女の人が初詣姿(着物です)で映ってる横にまた「おけいはん」の文字が。 この人が「おけいはん」だったのか。

ただ私がこの広告で引っかかったのは、「おけいはん」という名前の「〜はん」の付き方です。私自身はあまり「○○はん」と言う言い方をしないのでよくは分かりませんが、確か、船場言葉では「いとはん」とは言っても「こいはん」とは言わず、「こいさん」と言うのではなかったか?

そのあたりについて、なにわことばに詳しい「なにわことばのつどい」の中井正明さんに聞いてみました。


「あのー、"おけいはん"というような言い方を、船場ことばで言うんですか?」

「言いいまへんな。あれはインチキです。普通はイ段の音に"はん"はつきません。もともと大阪弁の尊称の最上級は"さん"です。"さま"は言いません。"天皇さん""おひーさん""お月さん"も、みんな"さん"です。また"はん"は"さん"よりも敬意が下ですから、目下から目上に向かっては使いません。例えば、部下は"社長さん"とはゆうても"社長はん"とはいいません。"社長はん"というような言い方が許されるのは、その社長を子供の頃から知ってる大番頭ぐらいでしょう。また、お金を借りる場合に"森川はん、金貸して!"ゆうても貸してくれません。"森川さん、お金貸して"と丁寧にゆうて初めて貸してくれます。"いとはん"にしても親しすぎますな。丁寧に"いとさん"とゆうべきでっしゃろ。それが"しきたり"です。」


なるほどー。

さらに中井さんは、方言指導をしている鳴尾よね子さんの記事も送ってくれました。それによると、


「最後の音がイ段、ウ段、ンの場合「ハン」はつけしません。」


とあります。また、牧村史陽編「大阪ことば事典」の「ハン」の項を見ると、以下のように書かれています。ちょっと長いけど引用してみましょう。


「敬称サンの段訛。吉田ハン、松本ハン、お千代ハン、お玉ハンから、オバハン、オマハン、(中略)・・・さらに生国魂ハンなどと神様までも親しんでハンづけでにする。ところが必ずハンとなるかというと、そうばかりでもなく、竹ヤン、源ヤン、おたやん、などの場合にはヤンである。また、山口ツァン、竹内ツァン、菊池ツァン、松ツァン、・・・奈良の大仏ツァンなどツァンということもある。しかし荒木サン、村上サン、藤井サン、森サン、金サン、お君サン、聖天サン、弁天サンなどは、どこまでもサンであって、ハンともヤンともいわない。おじさんも同じことで、オッサンとはいうが、オジハンとはいわない。谷崎潤一郎の「細雪」の中に、ゴリョンハン、トォハンという語が出てくるが、これも無理な発音であって、ゴリョンサン、トォサンというのが正しく、ハンと言えば大阪弁になると思ったミスである。(中略)以上をまとめると次のようになる。すぐ前の音がイ段・ウ段・ンの場合は"さん"のまま。ア段・エ段・オ段に限っては"はん"になる。」


しかし、もしこの"しきたり"に従って「おけいはん」を「おけいさん」にしたら、「けいはん(京阪)」としては社名を「けいさん電車」にしなくてはならない訳で・・・別にしなくても良いですが。

まっ、「苦肉の策」というところでしょうか。

「大阪ことば事典」には、最後にこんなことが書かれています。


「大阪で生まれて大阪で育ったものでないとこの用法の会得はむずかしい。」

2000/12/28

(追伸)

故・佐治敬三・サントリー社長の「へんこつなんこつ」という本を読んでいたら、「信治郎はん」という表現が出てきました。これはウ段のように見えて発音上はオ段なんでしょう。(ちなみにこの「信次郎はん」は佐治さんのお父さん、サントリーの前身・寿屋の創業者です。)また「広瀬ハン」というのもありました。エ段ですね。お互いに信頼関係があり、親密な関係にある、そして上・下ではなく対等関係にある間柄では、相手に失礼ではなく「はん」も使われるみたいですね。

しかし「佐治さん」はやはり「さん」であって「佐治はん」ではありませんが、そんな中一ヶ所だけ、「皇太子はん」という表現があって、これはイ段なので、本来は「皇太子さん」になるはずなのですが。やっぱり、難しい表現のようです。

2000/12/29
(追記)

2007年11月26日の日本テレビ『スッキリ!!』で、婚約を発表した女優の川島なおみさんが会見で、パティシエである5歳年下の「彼」からどう呼ばれているか?と聞かれて、
「彼は京都の人なので、『なおはん』と呼ばれています」
と答えていました。「なおはん」は、「はん」の前が「オ段」なのでOKです。
2007/11/26
(追記2)

『ビッグコミックスペリオール』(2009年1月23日号、小学館)で連載されている柴門ふみさん「はんなり」というマンガは、京都の骨董品店が舞台。ただ、ここで使われているセリフに、
「お兄はん」
というのがあります。
「お兄はんも 今 帰ってきたとこなんか」
「お兄はん、今日『お焚き上げ』見に行かんかったか?」
「お兄はんと加納さんらしい二人連れ」
「お兄はん・・・!?今の話、ホンマなんか?」
と、おもに主人公である修治の弟・弦が、修治に対して言ったセリフなんですが、この、
「お兄はん」
は、おかしいですよね、すぐ前の音がイ段・ウ段・ンの場合は“さん”のまま。ア段・エ段・オ段に限っては“はん”になる」という原則に照らし合わせると。
「お兄さん」
になるはずです。そして「加納さん」こそ、文字では「かのう・さん」ですが、発音としては「かのー」と「お」で伸ばしているので、
「加納(かのー)はん」
でもよさそうなのですが、どうなんでしょうね。
なお、この「おけいはん」と同じような話は、「平成ことば事情259あめちゃん」「2941舞妓ハンとお茶屋さん」「3315女将はんか?女将さんか?」にもありますので、お読み下さい。
2009/1/19


◆ことばの話209「ヘンコ」

後輩の野村明大アナウンサー(20代後半)が、こう話し掛けてきました。



「道浦さん、ヘンコって大阪弁、ありますよね。ぼくはあの言葉、“偏屈”十“頑固”の意味で漢字で書くと“偏固”と思ってたんですけど、最近の子はみんな“変子”つまり“(ちょっと変わった)変な子”の意味で使っているみたいなんですよ。」



そこへ野村アナのさらに後輩の大田アナウンサーが口を挟んできました。



「えっ、ボクらはずっと、“変な子”の意味で“ヘンコ”っていってましたけど、違うんですか?」



ホホウ、どうやらこの情報は有益なようですな。

確かに私ぐらいの世代(30代後半)より上は、「へんこ」は「偏屈で頑固」の意味で使っていましたがどうやら、大田アナくらいの年代(20代半ば)から下は、野村アナが言うように「変な子」という意味に変わっているのかもしれません。

おなじみ牧村史陽編「大阪ことば事典」をひくと、「ヘンコ」は見出しになっていませんでしたが、「ヘンコツ」が載っていました。



[ヘンコツ](名)

へんくつ(偏屈)かたくな。片意地。ヘンチキ。ヘンチキチン。ヘンコ。




最後に「ヘンコ」がありましたから、要は「ヘンクツ」→「ヘンコツ」→「ヘンコ」と変化してきたのでしょう。

ことばの「音」自体は変わらないのに微妙に意味が違ってきている言葉、これは異なる世代間での意味の疎通を阻害します。お互いに通じてると思ったら、全然違うことを言っていたということにもなります。

この「ヘンコ」の場合は、意味が一部重なっているので、余計にその違いに気付きにくい変化だといえるでしょう。

野村アナ、よく気付きましたね。ほめてつかわすぞ。

えっ?ごほうび?・・・また、今度な。

2000/12/23


◆ことばの話208「ダダ下がり」

ニューヨークの株価が下がったことを受けて、20世紀も押し迫ったこの時期に来て、東京の株価も下がってきました。その状況を、12月22日金曜日の「あさイチ!」で解説員の辛坊さんが、



「東京市場の株価も、ダダ下がりです」



と表現しました。

「ダダ下がり」

この「ダダ」は一体何なのでしょうか?私の目は、東京市場の株価よりこの「ダダ」に向いてしまいました、このところ言葉に入れ込んでいますので。病膏肓というヤツです。

なんとなく「ダダ」は大阪弁くさいので、さっそく「大阪ことば事典」(牧村史陽)をひいてみると、ありました、ありました。



[ダダ](接頭)名詞や形容詞に付いて、その意を強める。

(例)ダダがらい(やたらに辛い)。ダダくだり(ひどい下痢)。ダダもれ(はげしい水漏れ)。ダダひろい(むやみに広い)




ふーむ、なるほど。私が思いついた「ダダ」は「ダダもれ」だけだったけどな。

そう言えば「だだっぴろい」は標準語ではないかな?広辞苑を引いてみましょう。

・・・ありました、「だだっぴろい」。なんと漢字は「徒広い」と書いてあります。

そうか、「徒(ただ)」から来てるのか、と思い「徒(ただ)」をひいたのですが、載っていません。「だだっぴろい」にだけ、この「徒」を充てているのです。

やはりこの接頭辞の「ダダ」は、関西弁特有のようです。音の濁り具合がなんとなく、関西弁ぽいですよね。えっ?そんなことないって?

ほかにも「ダダ」のつく言葉を見つけたら、ぜひご一報下さい!

2000/12/23


◆ことばの話207「そうでっか」

子供のことばっておもしろい、と思いませんか?

3歳になる長男は、今、電車や乗り物が大好き。結構難しい名前の特急やバスの名前もいつのまにか覚えてしまいます。

先日、何かのおりに会話の中で「そうでっかー」と大阪弁でしゃべったのを聞きつけた息子いわく、

「“そうでっかー”って、“ハイデッカー車”みたいやなあ。」

ハイデッカー車というのは、デッキが高くなっている、二階建てバスふうの“一階建て”バスのことです。よう、知ってるなあ、そんなことまで。

またある日、「おばけなんてないさ」という歌を口ずさんでいた彼は、

「おばけなんてないさ、おばけなんてうそさ」

と、ここまで歌ったところで、ふと我に返って、

「ねえ、おとうさん、うそついたら、あかんなあ。」

と歌詞に注文をつけます。

「そうやねえ。けど、おばけって、いる(と思う)?」

と聞くと、

「いらん!」

うーん、まあ、いらんやろな。

そして、クリスマスも近づいた今日12月23日、今度は「赤鼻のトナカイ」を口ずさんでいた彼。

「真っ赤なお鼻のー、トナカイさんはぁ・・・・暗い夜道は、ピカピカのー、おまえの鼻が、役に立つのさ・・・・。」

ここまで歌って、また突然、

「ねえねえ、おとうさん。“おまえ”なんて言ったら、あかんなぁー!」

・・・我が家の教育は、厳しすぎたんでしょうか?

サンタさんには、ことばに気をつけて我が家に来て頂きたいものです、3歳の息子のチェックが入りますから。誰に似たのかなあ・・・。

2000/12/23


◆ことばの話206「手作業」

アメリカの大統領選挙もようやく決着がついて、何とか21世紀を向かえられそうです。

2億人も人口がいるアメリカで、まさかわずか数百票を巡って1ヵ月以上もゴタゴタすると、誰が想像したでしょうか。

その大統領選挙でよく耳にしたことばの中に「手作業」がありました。機械で票読みをするのではなく、人間の手で確認作業をするというものです。副大統領として、情報ハイウエー戦略、日本で言うIT化を進めたゴアさんが、肝心の選挙戦で、こんなに原始的な方法に頼ろうとしたのは、何か皮肉な光景でした。

ところでその「手作業」、英語ではどう言っているのかが気になって、英語に詳しい後輩に調べてもらいました。

すると、BBCのニュースでは、「hand count」と言っていたそうです。また「manual count」でも良いそうです。「再集計」を強調するなら「hand re-count」でもいいとか。書き言葉よりもカジュアルな言い方としては、「hand count and tally」というのもあるそうです。

わりと直訳っぽい英語ですねえ。

それと、フロリダ州の州都「タラハシー」って、なんか、日本の愛知県あたりにありそうな地名ですね。棚橋さんって人や名良橋選手もいるよな。先日「グリーン・マイル」というトム・ハンクスの出てる映画をビデオで見てたら、この「タラハシー」が出てきました。



ところで、そんなゴチャゴチャしていた最中に、アメリカのボストンに住む、Iさんという先輩からこんなジョークが届きました。



「最近フロリダでは、夜な夜な幽霊が出る場所があるらしい。そこでは、副大統領に似た男が、背を丸めて、こうしゃべるらしい・・・・いちまーい、にまーい、さんまい・・・・」



おあとがよろしいようで・・・。

2000/12/23

(追記)

あれから、はや1年4ヶ月。日本で、4月1日に第一勧業銀行・富士銀行・日本興行銀行が一つになった「みずほ銀行」が、コンピューターの「システム・トラブル」で、ATM機が使えないという事態が起き、10日たった現在も混乱は続いています。

これに対して、みずほ銀行は「手作業」で対応していると、今日(2002年4月10日)のお昼のニュース(NTV)で伝えていました。

このようにコンピューターに頼りきれずに人間に頼らざるを得ない局面が、最近、時々見受けられますが、そうなった時の影響力の大きさたるや・・・という感じです。

これを聞いたアナウンス部のアルバイトでコンピューターにも詳しいI嬢は、

「でも、なんかホッとしますね。」

と話していました。なるほど、そういう見方もあるか。

心温まるお話でした?

2002/4/10