◆ことばの話175「あるって」
関東の方で時々耳にする若者言葉で「あるって」というのがあります。
「歩いて」の意味ですが、なぜ「歩いて」が「あるって」になるのか疑問に思い、考えてみました。
そもそも「歩く」という動詞の連用形は「歩きて」ですが、その「き」がイ音便で「い」になって「歩いて」となります。このパターンの他の五段動詞の例を挙げると、
「書く」=「書きて」=「書いて」
「泣く」=「泣きて」=「泣いて」
「空く」=「空きて」=「空いて」
などです。
また、「走る」の連用形は「走りて」から「走って」と促音便になります。
「飲む」=「飲みて」=「飲んで」、「読む」=「読みて」=「読んで」とともに撥音便になります。このように五段動詞の連用形は、単語によって形が違う、ということに気付きました。
そこで「あるって」ですが、その形から言うと、「連用形が促音便になっている」わけです。上にあげたように、促音便の動詞には「走る」があります。
そこで同じような動作の連想から、
「“走る”が“走って”となるなら、“歩く”も“あるって”となってもいいんじゃないか?」
となって「あるって」が出て来たのではないか?と考えました。
それにしても「歩く」より「あるって」の方が促音便の分、はずんでいて、スキップくらいのスピードがあるような気がしませんか?
いつものように武庫川女子大学の言語文化研究所長・佐竹秀雄先生にメールで疑問について尋ねたところ、
“五段活用の動詞の音便は、活用語尾の行、すなわち何(なに)行の活用で あるかによって連用形の(音便の)形が決まります。”
ア行は「促音便」(例・言う) |
ナ行は「撥音便」(例・死) |
カ行は「イ音便」 (書く) |
バ行は「撥音便」(転ぶ) |
ガ行は「イ音便」 (泳ぐ) |
マ行は「撥音便」(読む) |
サ行は「し」 (刺す) |
ラ行は「促音便」(売る) |
タ行は「促音便」 (立つ) |
|
“但し唯一の例外は、「行く」。これはカ行なので「イ音便」になるところですが、なぜか「促音便」になるのです。”
というお返事でした。
また、こういった五段活用の音便問題は、ワープロの変換処理のような言語情報処理に使われているそうです。なるほどねえ。日頃“穏便”な生活を送っていると、あまり“音便”には触れないものですねえ。
2000/9/1
(追記)
その後読んだ「留学生と見た日本語」(佐々木瑞枝著・新潮社)という本に、「てフォーム」という形で載っていました。ちょっとだけ抜粋すると、
「書くと言う動詞のあとに“て”をつけてその後に動詞を続ける。“書いている”とか“書いてしまう”他にも“書いてあげる”“書いてくれる”“書いてみる”。たくさんあるでしょう。こういうのを“てフォーム”っていうの。そして“て”の後に来る動詞の意味は本来の動詞の意味と少し違ってくる。」
「それがね、とてもおもしろい規則があるの。例えばさっきの書くという動詞、終止形が“く”でしょ、それが“い”に変わる、つまり書くは書いてになる。他にも終止形が“く”で終わる五段動詞考えてみて」
といった感じです。
なお、著者の佐々木さんは日本語教育者で、現在、横浜国立大学の教授です。
2000/9/22
(追記2)
「あるって」を聞きました!2001年7月2日、北海道大学に取材に行った時に、極光警備という会社の警備員のおじいさん(70歳ぐらい)が「あるって5分くらいかな」と使っていました!
2001/10/2
(追記3)
2006年2月7日の午前0時のNHKニュースで、小型の人工心臓を装着する手術に成功した渡辺勝行さんという患者さんが会見で、
「普通にあるっていた時と変わらない」
と言っていました。
2006/2/7
(追記4)
佐々木瑞枝さんは、現在は武蔵野大学の教授(2003年4月から。武蔵野大学=旧武蔵野女子大学)だそうです。NHKの原田さんからご指摘を受けました。ありがとうございました。
2006/2/13
◆ことばの話174「運転を見合わせています」
子ども達の夏休みも終わりという今朝(8月31日)、大阪の大動脈、大阪市営地下鉄・御堂筋線で、始発前に作業用車両が脱線、架線を切断したため、御堂筋線は4時間にわたってストップ、28万人に影響が出ました。
このニュースがまず速報として出た時、各社とも、
「全線、運転を見合わせております。」
と表現していました。
しかし、本来これは「運転がストップしている」「不通になっている」というべきではないでしょうか?
「見合わせている」というのは「運転しようと思えばできるんだけれども、念のため、大事を取って運転していない」という状態を指すと思います。
ところが、架線が切れて電気が停まってしまった状態では、運転しようと思っても運転できないではありませんか。何か「見合わせている」というのは気取った感じがします。「運転を取りやめている」という表現も、ちょっとやはり実態にそぐわない感じがします。 昔はこういう場合「不通となっています」といっていたような気がします。私は子供の頃にこれを聞いて、
「普通になっているのか・・・。じゃあ、特急や急行は走ってないんだなあ、事故のせいで。」
と思っていました。「普通」でも電車は一応走ると思っていたのです。
子供の頭に「フツウ」が「不通」だとは思えません。「フツウ」は普通、「普通」だと思うのが「普通」です。
えーい、ややこしい!!と、いうふうな論議があって「不通となっています」は止めて、「運転を見合わせています」というような表現になった、というのが私の推論ですが、どうでしょうか?
2000/8/31
◆ことばの話173「フレッシュ」
「いやーびっくりしました、“フレッシュ”って、共通語じゃなかったんですね。」
と、後輩のMアナが話し掛けてきました。
なんでもスタッフと一緒に喫茶店に入って、コーヒーを注文した時のこと、島根出身の女性スタッフが、
「私、コーヒーに入れるミルクを"フレッシュ"ということを、大阪に来て初めて知りました。」
と話したことから、大阪出身のスタッフ全員が、
「えー、全国でもフレッシュって言うんじゃないの?」
と言ったところ、ほかの一人が、
「そう言えば東京では通じなかったって、誰か言ってましたよ。」
で、冒頭の「びっくりしました。」となるわけ。
このように、大阪の人は大阪弁と思っていない、いわゆる「気付かない大阪弁」というものがあります。
「日本のことばシリーズ27・大阪府のことば」(明治書院)の60ページに、その名もまさに「気づかない大阪弁」という項があります。それによると、
・ オシピン(=画鋲)
・ カッター(=ワイシャツ)
・ ヘレ肉(=ヒレ肉)
・ モータープール(=有料駐車場)
・ サシ(=ものさし、定規)
・ 自動車学校(=自動車教習所)
・ ダイビン(=おおびん・・・ビールなどの大瓶)
・ ショービン(=こびん)
といった例が載っています。
「大ビン」「小ビン」を「ダイビン」「ショービン」と呼ぶことについては、関東の人を中心に「なんとなく音の響きが汚く感じられるのでイヤ」という声を聞きますが、関西人はこう反論します。
「ほたら、なにか。あんたらは“中ビン”を“チュービン”と言わずに“ナカビン”とでも言うんかい!?」
・・・一理も二理もある、と思いませんか?
それはさておき、ここには「フレッシュ」は載っていませんが、真田信治・大阪大学大学院教授の「脱・標準語の時代」(小学館文庫)の139ページに「関西発の外来語」として、こう載っています。
「大阪では喫茶店でコーヒーを注文すると“フレッシュ”が付いてくる。これが関東の人などには分からないことばのようである。フレッシュとは、コーヒーに入れるミルクのことで、コーヒーフレッシュなる商品名が省略されて出来たことばである。関西では普通名詞のように使われている。」
ちなみに、「アイスコーヒー」のことは「冷(れい)コー」または「コールコーヒ」と、これまで関西では言っていましたが、現在これを使うのは年配の方に限られるようで「消えつつある関西弁」の一つです。
まあ、名古屋ではコーヒーを頼むと「柿の種」が付いてくるそうですから、「フレッシュ」が付いて来ても、そんなには驚かないんじゃないかな。それと、その「フレッシュ」を作っている会社は、確か名古屋の会社です。
2000/8/29
◆ことばの話172「クレーム隠しとリコール隠し」
三菱自動車工業のクレーム隠し事件は、さらにその後展開を見せ、警視庁による本社の捜索まで行われました。連日新聞紙面をにぎわせていますが、ここで、ちょっと疑問が出ました。
三菱自動車が隠していたのは「リコール」なのか、「クレーム」なのか?
8月28日の朝刊各紙("隠し"ではない)の見出しを比べてみると、
読・朝・産・日の4紙が「クレーム隠し」、毎日新聞のみ「リコール隠し」という見出しでした。本文(リード部分)を読んでみると、
(朝日)「リコール業務に関する運輸省の定期検査に対し、ユーザーからのクレーム情報を隠していた問題で・・・」
(読売)「三菱自動車工業によるクレーム隠ぺい事件で・・・同社は
リコールをめぐる運輸省の検査に際してリコール案件を
隠した疑いが持たれており・・・」
(産経)「クレーム、リコール隠しをしていた問題で・・・」
(日経)「ユーザーからのクレーム情報を運輸省の検査の際に隠していた
問題で・・・」
(毎日) 運輸省の立ち入り検査で・・・クレーム情報の報告を求められ
たが、リコール案件など149件を含む多数のクレーム情報を
隠し・・・」
となっています。
要は、「リコールに繋がるようなクレーム情報を隠していた」ということなのですが、どちらに重きを置くかで、見出しが「リコール隠し」になったり「クレーム隠し」になったりしているようです。
余談ですが、この日の各紙の見出しで、「三菱自動車工業」のどう省略しているかを見てみると、
読・朝・産の3紙が「三菱自」、
日経が「三菱自動車」、
毎日「三菱自工」でした。
三菱自工という呼び名だと、なんとなく「ラグビー」のイメージが強いのですが、ラグビーのように、フェアー・プレーの精神をもう一度思い出して頂きたいものです。
2000/8/29
◆ことばの話171「妻面」
住んでいるマンションでいま、大規模補修工事が行われています。
15階建てなんですが、全体に足場が組まれ、グレーのネットで覆われています。
毎日、エレベーターホールに置かれたホワイトボードにその日の工事予定が書かれているんですが、先日そこに書かれた字を見て「おや?」と思いました。
「外壁の塗装を行いますので、妻面のベランダにおいてあるものを、撤去して下さい。」
この中の「妻面」って、一体どこを指すんだろうか?工事予定のホワイトボードにはさらに注釈がついていました。
「各階の1号室と14号室のみ」
これでおおよそ推測がつきました。1号室と14号室というのは各階の両端の家で、この2軒のみ、南側だけではなくて、横側(西、あるいは東側)にベランダがついているのです。それが「妻面」なのかな?
辞書(新明解国語辞典)を引いてみると、「妻」の3番目の意味として、
「入母屋(いりもや)の屋根で、両端の三角になった壁面。切り妻。」
とありました。「切り妻」なら、耳にしたことがあります。念のために調べてみると、
「切妻屋根の両端の、山形になった壁の部分。」
ちなみに「切妻屋根」は、「二枚の板を、ヘ形に合わせただけの簡単な屋根」 なんだそうです。これから言うと、マンションのようにてっぺんが平らな建物に「妻」を使うのは正しくないのじゃないかと思いますが、要は建物の長さが短い方の側面のことを指しているようです。
これに対して、長い方の側面は「夫」と言うのかな?と思って辞書をもう一度引いてみましたが、そんな言葉はありませんでした。
夫のいない妻・・・建物の「妻」とは「未亡人」なのでしょうか?
2000/8/25
(追記)
講談社の「日本語大辞典」の「屋根」の項に、図版が載っていました。
それによると、「切り妻」の場合は確かに「妻」に対応する壁の部分の名前はありません。「寄せ棟」の場合、「妻」は「切り妻の面の屋根」のことを指し、それと直角に対応している屋根は「平(ひら)」と言うそうです。また、マンションのように、建物の天井(屋根)部分が平らな屋根のことを「陸(ろく)屋根」というそうです。専門用語ですな。
2000/8/25
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