◆ことばの話160「何が鳴いてるかと思て・・・」

大阪のおばちゃんネタをもう一つ。

先日、取材先に行くために地下鉄に乗ろうと、電車をホームで待っている時の話です。

ホームには数人の客がいましたが、静かなものでした。その静寂を打ち破るかように、

私が座っていたベンチの右の方から、いきなり、



「ワン、ワン!」



という犬の鳴き声が聞こえたのです。

みんな一斉にその鳴き声がした方を見ました。鳴き声の原因は、若い女性が連れてきていた、専用のバスケットに入った犬でした。犬のバスケットはまあ、時々電車の中でも見かける光景ではありますが、電車の中やホームで鳴く犬はあまり見かけません。

鳴き声の原因がわかって皆、ほっとした雰囲気が流れました。その落ち着いた中を、ツーッと、犬を連れた若い女性の方に近づいて行くおばちゃんの姿が、私の目の前を横切っていきました。そして、そのおばちゃんは、犬連れの女性にいきなり話しかけたのです。



「いやあ、一体、何が鳴いているのかと思って・・・」



そのあと、「ちょっと見せて・・いやぁー、かわいいねえー。」と言うと、バスケットの中から顔を出していた犬の頭をなで出しました。

犬好きのおばちゃんだったんですねえ・・・。



それにしても、相手は「ワン、ワン」と鳴いていたではありませんか。犬以外の動物で、一体何が「ワン、ワン」と鳴くでしょうか?人間くらいですよ。しかもあなたは見知らぬ人が連れている犬にまで興味を示すくらい、犬好きなわけでしょ。あの鳴き声を聞けば、犬だとわかっていたはずです。だから、顔を見に来たのではありませんか!

「一体何が鳴いているかと思って・・・」というのは、なんかすごいなあと思い、ひとり、笑いをこらえていたのでした。

地下鉄のホームにも、いろいろとおもしろい出来事がころがっているものです。

2000/8/18


◆ことばの話159「デジカメとDVカメラ」

10年間使った8ミリビデオが壊れてしまいました。良い機会なので新しくデジタルビデオカメラを買おうかなあと思っています。

そこでフト気付いたのですが、デジタルビデオカメラの略称 は一体なんと言うのでしょうか?スティールカメラであるデジタルカメラは普通「デジカメ」と略していますが、そういえばデジタルビデオカメラの略称はあまり耳にしません。業界では「デジカム」というふうに言っているのを聞いたことがありますが、あまり一般的とは言えないでしょう。

こういった商品がよく載っている雑誌「DIME」でたまたまデジタルビデオカメラの特集をしていたので、それをみると「DVカメラ」と書いてありました。

読み方は「ディー・ヴイ(あるいはブイ)・カメラ」なんでしょうね。それとも、「ディー・ヴィー・カメラ」かな?

しかしこれもあまり一般的とは言えないのではないでしょうか。

ここでハタと思いついたのは、カメラとビデオの機能の差です。

デジタルカメラは、フイルムは使わないし、主にパソコンの画面で撮影したものを見るという今までのフイルムを使うカメラとは全く違った道具ですから、今までのカメラとは違う名称として「デジタルカメラ」と区別して言わなければならない。そこでよく使われる名称の都合上、略称としての「デジカメ」が普及したのではないか。

それに対して、デジタルビデオカメラは、今までの8ミリビデオなどと、基本的な性能や目的は変わらずにテープを使って録画する道具(機能的には、静止画をメモリーしてパソコンで見られたり、違う面もあるのですが)ですから、あえて「デジタルビデオカメラ」といわなくても、今まで通り「ビデオカメラ」あるいは「ビデオ」で十分。そのため「デジタルビデオカメラ」という言葉があまり使われずに、当然その略称も一般的には生み出されていない状況なのではないでしょうか?

テレビ放送が見られる「ワイドテレビ」や「平面テレビ」が、今までのテレビと形は変わっても、一応「テレビ」と呼ばれているのに対し、見た目はテレビ画面だけれどもパソコンしか見られないものは「モニター」と呼んで差別化を図っているのと同じようなことでしょうか?

ちょっと、違うかな?

2000/8/18


◆ことばの話158「ややこしい音」

大阪府泉南市で、不思議な事件が起きました。民家から5人の遺体が見つかったというのです。警察では死体遺棄事件と見て捜査を進めていますが、この家は何かの新興宗教を起こしていて、体を清めるために何も食べないでいたら順に死んでいったと、世帯主は話しているというのです。なんともよく分からない事件ではあります。

さて、TVカメラのインタビューに答えてその家の人たちのことを話す、近所の人たちの言葉が、非常に大阪的だなと感じたので記しておきます。

まず、少し年配の近所のおばさんは、



「夜中にややこしい音、出してるのは聞いてましたけど。」



「ややこしい音」とは一体どんな音なのでしょうか?きれいな和音ではないですよね。たんに「大きな音」や「やかましい音」を出していたというのでもないようです。あくまで「ややこしい音」。音の内容にまで、批判的に一歩踏み込んだひと言と言えるでしょう。このひと言で、この家の事をこの近所のおばさんがどう感じていたかが、すべて見えてくるような気がします。

そもそも「ややこしい」とは牧村史陽の「大阪ことば事典」によると、



「こみ入る・複雑な・ごたごたする・こんがらがる・あやしい・うさんな・えたいの知れぬまど、様々な意味を持った大阪独特の語である」



とあります。まさに「言い得て妙」でしょう。この事件自体が「赤子のションベンで、ややこしい」ものですから。



もう一人の近所の男性の言葉は、



「(この家の人は)最近イッコも見ぃーへんかったで。」



この「イッコも」。「一人も」という意味ではなく、「全然」という意味なのですが、まったく見なかったという感じが増幅されるような気が・・・しませんか?

えっ?イッコもせーへんて?おかしいなぁ。

2000/8/17
(追記)

道ですれ違った、知らないおばさんの二人連れの会話が耳に入りました。



「北朝鮮が、またややこしいことゆうて、なあ・・・・・。」



あ!「ややこしい」を使ってる!
関西の女性の使う「ややこしい」は、正にこの使い方でいいのですね!

2003/9/4


◆ことばの話157「“いまだに”と“いまだ”」

ニュース原稿の中によく出てくる言葉に 「いまだ」があります。

本来これは「文語」で、このあとに否定の助動詞「ず」を伴い、 「いまだ〜ず」という形になるべきものです。

「いまだ、できず」

「いまだ、ならず」

「いまだ、見つからず」

といった具合です。

また口語の場合は「いまだに」を使い、「〜ない」を伴って「いまだに〜ない」「いまだに〜ありません」のように使われるべきものです。

「いまだに、連絡がありません」

「いまだに見つかりません」

のような具合です。

しかし、最近はこれが混同された「いまだ〜ありません」という「文語 十 口語」の形がしょっちゅう見受けられます。

また、逆の形の「いまだに〜ず」=「口語 十 文語」という形も、たまに見受けます。

副詞の呼応が、意味の上では否定形を伴っているので保たれているのですが、形としては崩れています。上に羽織を着て、下にスラックスをはいているような感じでしょうか。

あるいは着物を着ているのに、足には革靴を履いているような感じでしょうか。

二十一世紀を目前にして、文明開化の頃の日本人のような言葉になっているのが、この

「いまだに」と「いまだ」です。

いまだに、コトバの文明開化は行われていないというべきでしょうか。

それとも、いまだ、コトバの文明開化は行われというべきでしょうか?

いまだ、コトバの文明開化は行われていませんは、いけませんよ。

2000/8/17


◆ことばの話156「バックホー」

和歌山の毒入りカレー事件の林真須美被告らの家が取り壊されたニュースを見た視聴者の方からお手紙を頂きました。

それによると、家を壊すのに使っていた建築機材を「ユンボ」と言っていたが、あれは本来「バックホー」というものだ、と言うご指摘でした。

私は「バックホー」というものは初めて聞いたので、さっそく調べてみました。辞書を引くと確かに「バックホー」は載っていました。

「土木建設器材の一。水路の掘削など、地表面より低い場所の作業に使用。」とあります。

あまりイメージが湧きません。

そもそも「ユンボ」は特定商品名なので、「パワーショベル」という一般名詞を使うように指導しているのですが、そういう意識の低い人が原稿を書いた場合にノーチェックで放送に出てしまうことも、ままあります。

ともあれ、どんな機会なのか、インターネットで調べてみることにしました。

すると・・・ありましたありました。インターネットだと当然の事ながら写真が載ってますので、こういった場合は国語辞典よりよくわかります。

そこで分かったのは、土などを掬い上げるシャベルのアームの部分(バケットと言うそうですが)が、「下から上に、手前から前方に向かって上がっていくのが、パワーショベル」「上から下に向かって、前から後ろの方に動くのがバックホー」であることが分かりました。その意味では「ユンボ」も「バックホーの一種」ということになります。

なぜ油圧ショベルを「ユンボ」と言うか?ということについても、新キャタピラー三菱の広報Q&Aのコーナーが答えてくれていました。それによると



「油圧ショベルは欧州で生まれたため、昭和30年代に使われていた油圧ショベルの 大半はヨーロッパからの輸入でした。そのメーカーの中にフランスのシカム社(のちにユンボ社)があり、シカム社の油圧ショベルの商品名が「ユンボ」でした。また、昭和35年にシカム社と技術提携した新三菱重工業(現・三菱重工業)が翌36年に初めて国産化した「三菱ユンボパワーショベルY35」の商品名も「ユンボ」だったということもあり、油圧ショベルの代名詞として定着したのです。

他にもショベルカー、バックホー、パワーショベルなどいろいろな呼ばれ方をされていますが、日本建設機械工業会では「油圧ショベル」を統一名称としています。

*「パワーショベル」は呼称が統一される前にある国産メーカーが独自に使用していた 呼び名。

*「ショベルカー」は油圧ショベルに限らず建設機械は警察用語で「ショベルカー」と呼ばれます。新聞報道でもこの表現が使われています。




とあるんですが、読売テレビでは「パワーショベル」を原則使うようにしています。

たまたま使われてしまった「ユンボ」でしたが、過去5年間の報道原稿をチェックしてみると、4回だけ使われていました。しかし「バックホー」は一度も使われていません。

きっと投書してくれた視聴者の方は、建設関係に詳しい方だったのでしょうね。

2000/8/17

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