◆ことばの話115「ハザード・ランプ」
5月3日に起きた「バスジャック」事件。高速道路を東へ東へと逃げる高速バスを、上空のヘリコプターからの生中継の映像が延々と続き、まるでアメリカの事件をみているようでした。
東広島市内の奥屋PAに停まった西鉄の高速バスの様子も、まるであの浅間山荘事件のように(と言っても、その頃は私も小さくあまり記憶はないのですが)テレビ画面に映し出されていました。
その際に中継している現地(おそらく広島)の記者のうちの何人かが、
「バスは、ハザート・ランプを点滅させています。」としゃべっていましたが、もちろん正しくは「ハザード・ランプ」と「ド」は濁ります。
その確認の為に、自宅にある「広辞苑第4版」を引いてみると・・・なんと「ハザード・ランプ」はおろか「ハザード」も載っていません。英和辞典の「ハザード」の発音記号を見るとやはり「ト」ではなく「ド」と濁ります。
○「ジャンパー」が×「ジャンバー」、○「ギプス」が×「ギブス」と、半濁音が濁音になったり、
○「(野球の)バント」が×「バンド」いうふうに清音が濁音になったりということは、関西・西日本では良くあることですが、濁音が清音になることも、やはりあるのでしょうが、それにしても、なぜ辞書に載っていないのでしょうか?
辞書が「第4版」と古かったのが原因か?と思い、会社で「広辞苑第5版」と「日本語大辞典」を引いてみると、辛うじて「ハザード」だけ項目がありました。意味は障害物。ゴルフなどの「ウォーター・ハザード」が例として挙げられていました。
ただ、「ハザード・ランプ」は項目が立っていませんでした。
このところよく使われる言葉に「モラル・ハザード」「ハザード・マップ」などもありますし、何よりこれだけ車が身近になっている世の中で、車関係のこの言葉「ハザード・ランプ」が辞書で立項されていないことには、驚きました。
次の改定では、項目は立たなくても、例の中に出てくるかもしれません。
2000/5/4
(追記)
清音が濁音になる例もありました。○「(かばんの)バッグ」が×「バック」、○「ベッド」が×「ベット」、○「バッティング・ケージ」が×「バッティング・ゲージ」、○「キャスティング・ボート」が×「キャスティング・ボード」。外来語以外でも、○「蓼科(たてしな)」が×「たでしな」。これはうちの両親が昨日そう話してました。もっとも本来「蓼」は「たで」ですから、「たてしな」のほうが例外なのかもしれませんが。
清音が濁音に、濁音が清音に、または半濁音が濁音にという変化(間違い)がなぜ起こるのか?思うに、よく使う似た言葉に引きずられると言うのが第一点(ボートとボード、ケージとゲージ)。発音しやすい方を使うというのが第二点。
ところで、韓国料理の「ビビンバ」は「ビビンパ」が正しいのでしょうか?それともやはり「ビビンバ」でしょうか?おそらく「バ」と「パ」の中間の音なんでしょうね。
ことほどさように、外国のコトバを日本語(カタカナ)で表記するのは、ムズカシイわけです。
2000/5/10
(追記2)
まだありました。×「アボガド」○「アボカド」、×「デバート」○「デパート」。
西日本では「体育大会(たいいくたいかい)」が「たいいくだいかい」、「自転車(じてんしゃ)」が「じでんしゃ」、「自治省(じちしょう)」が「じじしょう」、「自治体(じちたい)」が「じじたい」というふうに、なぜか濁ってしまう傾向があることも重ねて付け加えておきます。
2000/5/12
◆ことばの話114「バスジャック」
5月3日、ゴールデンウイーク後半が始まったこの日の午後、ご存知のように、九州で大変な事件が起きました。刃渡り40センチの包丁を持った、17歳の少年が高速バスを15時間余りにわたって乗っ取り、68歳の女性一人を殺害、数人に怪我を負わせたのです。この事件を指して、マスコミ各社は「バスジャック」と表現していました。日本テレビの木村優子キャスターは、「ニュースプラス1」の中で1度だけ「ハイジャックされたバスは・・・」という表現を使っていましたが。
今年の1月に民主党の鳩山由紀夫氏が、連立政権を指して「国会がハイジャックされた」という表現を使ったことは、この「ことばの話72」でも書きましたし「ハイジャック」についても書きました。(語源はよく分からなかったのですが。)
今回、ある言葉のホームページを見ていると、「“バスジャック”ではアメリカ人に通じない。英語では“ハイジャック”だ。」という意見がありました。
確かに、今朝の英字新聞「Daily Yomiuri」(5月4日)の見出しは
「 Kyushu bus hijacked, 1 killed, several hurt 」
と、「ハイジャック」が動詞で使われています。
「バスジャック」は和製英語のようですね。つまり「ジャック」部分が「乗っ取り」を意味し、その前に「何を乗っ取ったのか、その対象物」が入っているようです。
「バスジャック」の他に、船を乗っ取れば「シージャック」、放送局を乗っ取れば「電波ジャック」という具合です。
アメリカ人には通じないかも知れませんが、私は非常にわかりやすい和製英語だと思います。ただ、こんな言葉が新聞やテレビでしばしば出てきて欲しくは、ありません。
2000/5/4
(追記)
2002年2月7日のスポーツニッポン紙に、
「全国100番組でラジオジャック」
という見出しが出てました。「電波ジャック」の一つでしょう。けど、比喩的なのでこれは犯罪ではありません。「100番組に出演」という意味です。 そう言えば「TVジャック」と言う番組も、昔、ありましたね。
2002/2/7
(追記2)
NHK放送文化研究所のホームページに「バス乗っ取り」と「バスジャック」、どちらの言い方が良いか?という質問があって、研究主幹の豊島秀雄さんが、
「『バス乗っ取り(事件)』としたほうがよいでしょう」
と答えています。解説を読むと、「乗っ取り」というなじんだ日本語があるので、ほかの言い方をしなくてもよい、となっています。 また「バスジャック」の由来である「ハイジャック(hijack)」は米語で、その語源はカタカナ語辞典や英語辞書によると「米国西部のギャングが『へーイ.ジャック』と呼び止めたことから」「輸送貨物強奪犯の被害者に対する命令"Stick'em
(or your hands) up high (手をあげろ), Jack!"」などの説をあげているとのこと。いずれの説にしろ「バスジャック」という言い方には無理があり、文字数も「(バス)
」「(バス) 」と同じ4文字で、あえて放送で「バスジャック」を使う必要があるとも思えない、と記されています。 でも結構便利なんですかねえ、この「○○ジャック」は。かなり定着しているようではあります。
2004/2/19
◆ことばの話113「コスパ」
普段はあまり買わないんですけど、他に何も読む物がなかったので、久しぶりにダウン情報誌を駅の売店で買いました。
目玉の特集は「昼ごはん&仕事帰り大研究」ということで、本町・長堀・心斎橋・堂島・中之島・三宮・元町・烏丸にある、美味しくて安いお店を紹介しています。
その中の「グルメサラリーマンの昼メシ10・本町編」を、どれどれと、吊革につかまりながら読んでいると、いきなり初めて目にする言葉を発見!
「・・・・焼き肉定食650円など600円台メニューズラリで界隈でも
超コスパな店ということで大人気&行列のここ。」
この「コスパ」が分かりませんでした。
まてよ、としばし考えて「もしかしたら、コストパフォーマンスの略語では?」と思い当たりました。つまり値段が安い割に、おいしい・量が多いなど、質が高いということを表わそうとしているのですね。
「○○パ」という形で思いつくものといえば、「ダンパ(ダンス・パーティ)」「ナンパ」「ハンパ」「ラッパ」「ひらパー(ひらかたパーク)」「(光速)エスパー」などがありますが、このうち略語は「ダンパ」と「ひらパー」。どちらも複合語の最初の言葉の二文字と、後ろの言葉の一文字を組み合わせています。(正確には、「ひらパー」は語尾を「パー」と伸ばしているのに対して「ダンパ」は「パー」と伸ばしていませんが。)省略の仕方は同じですね。
この「コスパ」のアクセントは平板なんでしょうか?それとも中高なんでしょうか?
この雑誌は関西でしか売っていないと思うのですが、「コスパ」は関西でだけ使われているのでしょうか?いろいろ分からないことだらけです。
連休明けにでも、発行元の「京阪神エルマガジン社」に聞いてみたいと思っています。
2000/5/4
◆ことばの話112「ちぐはぐ会話」
ヨーロッパを歴訪中の森総理。ロシアでプーチン次期大統領と会談したり、アイスホッケーを見たり、オーケストラの演奏を聞いたりしていたと思ったら、一昨日(5月1日)には、もうイタリアに飛んで、セリエA・ローマ所属のご存知・中田選手らと、ローマのグランドホテルで会食をしたようです。
その時の模様を伝える読売新聞夕刊(5月2日)の記事の見出しが「ちぐはぐ会話」。 テレビニュースで見たその時の会話は、こんな感じでした。
森総理「きょうは試合がないんですか?」
中田選手「ないです。」
森総理「あったら、ここにいないですよね。」
中田選手「そうですね。」
まあ、ここまではジョークみたいな感じに取れないこともないですが、森総理、明らかにセリエAに関して勉強不足。セリエAの試合が土曜日に行われ、ヨーロッパのカップ戦が水曜日に行われることは、いまやサッカー好きの若者のみならず、スポーツファンなら知っていることです。
さらにそれに続けて森総理は、やめとけばいいのに
森総理「韓国での日韓の試合で日本が勝ったことは一度もないんですよ。」
中田選手「え?ありますよ。」
そうなんです。あるんです。1997年11月1日、フランスワールドカップ・アジア最終予選の対韓国戦、ソウルのチャムシル・スタジアムで、日本は韓国を2対0で下しています。その試合に中田選手も出ています。私も、チャムシル・スタジアムで直接見ました。
何を根拠にこんな暴言(虚言)を森総理は言い出したか?その根拠は新聞には記されていませんでしたが、テレビニュースではやってました。
森総理「いや、勝っていない。だって、川淵君がそう言っとった。」
なるほど、同じ早稲田大学出身の川淵チェアマンの発言が、その根拠でしたか。
中田選手がそのあとどう言ったのかは、テレビではやっていませんでしたが、たぶんアホらしくなって何も言わなかったんじゃないかと思います。
こういう発言をする人のことを指して、昔の人はこういう諺を残しておいてくれました。
「釈迦に説法」
森総理はおそらく1997年11月以前に川淵チェアマンと話をした時に、この話を聞いたんだと思います。だから「韓国で、日本は一度も韓国に勝ったことがない」という情報はその時点では正しかったのです。いかんせん、情報が古すぎる。
実は、このエピソードは森総理の一国のリーダーとしての資質に関する様々な情報を示しています。
まず第一に、「相手に関する正確で新しい情報を持ち合わせていないこと。」
次に、「情報がないなら、相手から情報を引き出す会話をすればいいのに、自分の断片的な知識でのみ判断しようとする。」
そして最後に、「自分の意見が否定されると、威圧的に相手を否定しようと躍起になる」
森総理は今回ヨーロッパ各国を駆け足で歴訪していますが、中田選手に対してと同じように、古い断片的な情報しか持ち合わせずに、各国の首脳や文化人と様々な会話をしているかと思うと、日本の外交の将来は、極めて不安です。
今回の会話を、全く逆の立場に置き換えてみると、いかに森総理の発言が失礼なものか、よく分かると思います。
中田選手「きょうは、国会はないんですか?」
森総理「ありません。」
中田選手「あったら、ここにいないですよね。」
森総理「そうですね。」
ここまででも、結構「この若造は失礼なやっちゃな・・・。」と森総理は思うことでしょう。さらに、いきなり・・・
中田選手「総選挙で、自民党が勝ったことは1回もないんですよ。」
森総理「え?ありますよ。」
中田選手「いいえ、勝ってません。だって、竹下さんがそう言ってたもん。」
どうですか?普通、こんなことを言われたら、「ケンカを売ってるのか?」と思いませんか?
同じようなことをヨーロッパ各国でやっていたとしたら・・・
「ロシアの社会主義政策って、1回も成功したことがないんですよ。」
「イタリアの内閣って、3ヶ月以上、もったためしがないんですよ。」
黙ってニコニコしている総理の方が、日本の、いや世界の平和の為には、良いのかもしれません。
(P. S.)
ことサッカーの話、否、日本の話だけに、アツくなってしまいました。
2000/5/3
◆ことばの話111「ダウゼンベルヒ」
先日(4月26日)の日経新聞夕刊で「通訳奮戦記」というコラムを読んでいると、通訳の長井鞠子さんという人が“外国人の固有名詞には苦労する”という話を書いていました。
その中で、欧州中央銀行総裁のドイセンベルク氏のことをNHKラジオで「ダウゼンベルヒ」と言ったいたが、いつのまに読み方を変えたのだろうか?と結んでいました。
さっそくいつものように、インターネットの検索ページ(インフォシーク)で調べたところ「ドイセンベルク」が56件、「ダウゼンベルヒ」が13件でした。
ドイツの特派員として都合6年間、ボンで暮らした読売テレビの本田邦章・報道部長に聞いた所、「ああ、それは共同の山本さんのせいなんだよ。」
???ダウゼンベルヒとその山本さんは、一体どういう関係があるんだろうか?と不思議に思いながら、さらに話を聞くと「共同通信のドイツ・フランクフルト支局長で、大学院で言語学を専攻した山本さんって記者がいて、その人が“ドイセンベルクはオランダ人だから、現地読みに近い発音表記はダウゼンベルヒである”って言い張ったんだよ。だから共同から外電ニュースの配信を受けている産経新聞と日経新聞は、“ダウゼンベルヒ”になっちゃったんだよな。でも、朝日・毎日・読売新聞は、欧州中央銀行はフランクフルトにあるし、ドイツのメディアは外国人の名前もドイツ語読みするから、みんな“ドイセンベルク”って言ってて、結局そのまま分かれて定着したんだよ。」
この“ドイセンベルク”=“ダウゼンベルヒ”さんが欧州中央銀行の総裁に就任する前からこの話はあって、総裁就任時に朝日新聞の岸さんという人が「この際、統一してドイセンベルクにしよう」と共同通信に提案したそうですが、山本さんは頑として首を縦に振らなかったそうです。
これで“ナゾ”は解けました。
また、NHKがなぜ“ダウゼンベルヒ”だったのかについては、NHK放送文化研究所の深草主任研究員に伺いました。するとやはり「ダウゼンベルヒ氏はオランダ人なので現地読みしている。EUの駐日大使も“ダウゼンベルヒ”とオランダ語読みしていた。但し、外務省は“ドイセンベルグ”と英語読みしている。この通訳の長井鞠子さんは、英語の通訳のようだから、英語の“ドイセンベルグ”の方が耳慣れていたのだろう。」という話でした。
日本のメディアも、中国の地名や人名に関しては漢字を日本語読みしていますから、事情はドイツのメディアと同じようなものですね。
その人の出身国の読み方にするのか、それともその人が働き生活している国の言葉の読み方にするのか、ヒト・モノ・カネが国境なく動き、コスモポリタン化が進むEUでは、今後こういったケースは更に増えるかもしれません。
そういえば、世界的なバイオリニストの故ユーディ・メニューインは、日本人記者に「あなたの名前はメニューインか、それともメニューヒンか?」と聞かれた時にニッコリと微笑みながら「それが私だと言うことが分かれば、どちらでも構いませんよ。」と答えたそうです。
コスモポリタンは、かくありたいですね。
2000/4/28
(追記)
実はこの話、2年も前に問題になっていたのでした、しかも私も出席していた会議の席で・・・。
1998年5月20日に岩手県盛岡市で行われた、新聞用語懇談会の98年春季合同総会の資料をたまたま見返していたところ、その最後にこうありました。
(Duisennberg氏のカナ表記)
欧州中央銀行総裁(前オランダ中央銀行総裁)の名前の表記が次のように分かれている。
ドイセンベルク・・・朝日、毎日、読売、日経、時事
ダウゼンベルク・・・産経
ダウゼンベルヒ・・・NHK、東京、共同
「ダウゼンベルヒ」はオランダ読み、ドイツ読みは「ドゥイゼンベルク」と説明があったが、表記を統一しようとの議論にはならなかった。
ということです。一応、ご参考までに。
2000/5/18
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