◆ことばの話110「着ぐるみ」

先週、静岡県でウマやリスのぬいぐるみをかぶって、女子中高生に淫行を行っていた男が逮捕されましたが、その時、テレビ各社や新聞でも使われた言葉が「着ぐるみ」でした。

私は16年前、テレビ局に入った時に、この「着ぐるみ」という言葉に出会い、「へぇー、そんな言葉もあったのか」と思いました。それが、一般紙などでも使われるほど一般的になったということでしょうか。

いつものようにアナウンス部にある広辞苑と日本語大辞典、それに新明解国語辞典を引いてみたところ、日本語大辞典と新明解国語辞典には「着ぐるみ」という言葉は載っていません。唯一、広辞苑(第5版)にのみ、空見出しですが載っていました。空見出しというのは、見出しだけ載っていて、あとは矢印で「○○を見よ」というふうになっているものです。この場合は「ぬいぐるみを見よ」となっていました。

「ぬいぐるみ」の項には、いわゆる人形のぬいぐるみと、人が中に入る人形の二通りの意味が載っていました。もちろん後者が「着ぐるみ」です。

もともとはどちらも「ぬいぐるみ」であったのが、意味の違いを際立たせるために、人が着る方を「着ぐるみ」と呼ぶようになったのでしょうね。

インターネットで検索してみると、検索エンジンの“インフォシーク”では「着ぐるみ」が1万4574件、同じく検索エンジンの“グー”では5355件もありました。この件数から言うと「着ぐるみ」はもう一般語となっていると見ていいのでしょう。

ちなみに、「着ぐるみ」と同じような意味のテレビ業界用語(?)として「かぶりもの」というものもあります。こちらは“インフォシーク”では4353件、“グー”で1356件と、「着ぐるみ」の3分の1から4分の1しかありませんでした。

インターネットで見る限り、「かぶりもの」は、まだそれほど一般的ではないようですが、新聞上で普通に出てくる日も近いのかもしれません。

2000/4/21


◆ことばの話109「内引き」

“内引き”という言葉をご存知でしょうか?

実は私も、今朝(4月21日)初めて知りました。広辞苑や日本語大辞典といった辞書にも載っていない言葉です。

この言葉は、今朝の読売新聞・朝刊の「にっぽん人の記憶20世紀」という連載記事の中に登場しています。記事は、今「コンビニ」を特集ししているのですが、見出しは「万引き地獄に夢破れ」です。サブタイトルが「頼れぬ本部、敵は内部にも」とあります。

もうお分かりでしょう。そう、店員など身内による窃盗・万引きのことを“内引き”と言うんだそうです。

この記事の中で紹介されている九州の“あるコンビニ”では11人の店員全員が結託して、3年間になんと1400万円以上の商品を“内引き”していたそうです。

業界用語や隠語を7300語も集めた辞書「集団語辞典」(米川明彦編・東京堂出版)をひいてみると、警察用語として、この“内引き”が載っていました。意味は「従業員が自分の職場の商品を盗むこと」とあります。

先日、奈良県田原本署の警察官が、署内のコーヒーセットや香典、変造500ウォン硬貨を盗んで捕まりましたが、これも“内引き”なんでしょうかね?

「万引き」の反対語が“内引き”ということですが、“外引き”という言葉は、ないようです。ちなみに“岡っ引き”は、関係ありません。

2000/4/21


◆ことばの話108「カツオ」

「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」

の季節になってきました。

昨日(4月19日)のお昼のニュースで、和歌山県の串本漁港でカツオが水揚げされたというニュースがありました。その担当アナウンサーから、アナウンス部に内線電話がかかってきました。



「カツオの数え方は、何匹でしょうか?それとも何尾?」



こういった時に役に立つのは三省堂の「新明解国語辞典」です。なぜなら、この辞典にはものの「数え方」つまり助数詞が載っているのです。

さっそくこの辞典を引いてみると、「一匹、一尾、一本」とあります。なるほど、カツオくらい大きな魚になると「一本、二本」という数え方を確かにしますね。

しかしニュースで読む場合日本テレビ系列では、「よりわかりやすい方の助数詞を使う」ことになっています。たとえばウサギの数え方は「一羽、二羽」ではなく「一匹、二匹」を使うということです。

その考え方から言うとカツオは「一匹、二匹」が“ベター”ということになります。

ついでに、いろんな魚について、ひいてみました。

カツオと同じくマグロも「一匹、一尾、一本」でしたが、イワシは「一匹、一尾」だけ。アジは「一匹、一尾、一枚」。なるほど、アジは、包丁でおろせるから「枚」なのか。

「一枚、二枚・・・」・・・お岩さんではありません。

ヒラメとカレイはおろしませんが、見た目が平べったいので、やはり「一匹、一尾、一枚」と「枚」もあります。

じゃあ、ウナギはどうなのか?

ウナギは「一匹、一尾」だけでした。しかし、そのあとに「小売りの単位としては、一本、一枚、一串(ひとくし)」とあります。なるほどねえ、魚も“生”で売られるもの(数えられるもの)と、調理して売られるもので、数え方が変わってくるんですね。

イヤァー、勉強になりました。

2000/4/20


◆ことばの話107「以上、お伝えしました」

ニュース番組の中で、生中継の様子を見ることは、ごくごく普通のことです。

そして、中継の最後には

「以上、中継でお伝えしました」とか「以上、有珠山からお伝えしました」

という決まりことば(これを“Qワード”と言いますが)を言うのもまた、ごくごく普通のことです。

ところが最近

このQワードが変わってきているのです。



ケーブルテレビでNNN24というチャンネルがあります。

正式名称は「NTVノンストップニュース」で、プロ野球中継とCNNのようにニュース番組をループで何回も流すのが特徴です。

ループで何回もニュースを流す、と言っても毎回「生」ではありません。15分おきくらいに繰り返される番組は2回目以降はVTR。(1時間半おきくらいに内容が新しくなります。)

このNNN24用に中継をする場合、日本テレビの方から「ループで使用するので、“生中継”や“中継で”お伝えしました・・・とは言わないで欲しい」という要請があるのです。

そのためでしょうか、最近、地上波ニュース番組でも、「生中継でお伝えしました」と言うことはとんんと聞かなくなりました。それでころか、「中継で」ということばも抜いて



「以上、お伝えしました」

という、これまであまり聞かれなかったQワードを、しばしば耳にするようになったのです。

これが、今一つなじめません。せめて「以上、有珠山からお伝えしました。」と場所を入れるとか何とかしてもらわないと、落ち着きません。

「以上、お伝えしました」ということばを聞くと、思わず

「何を?(お伝えしたの?)」とか「わかってるがな」と「つっこみ」を入れたくなります。これまでの形から言うと「目的語」が抜けた不完全な形のコトバなのです。

場所をひとこと入れるだけの労力を、中継先のリポーターの方にはお願いしたいと、切に願います。

以上、7階アナウンス部からお伝えしました。
2000/4/7

(P. S)

この言葉に関して、北海道出身の坂アナウンサーが「札幌テレビのアナウンサーや記者は必ず“以上お伝えしました”を使っている。もしかしたら札幌テレビでは、こう言うように指導されているのではないか?」と指摘したので、札幌テレビの明石アナウンサーに電話で確認してみると「別にそういうことはない」とのことでした。特に指導されなくてもその局として同じような言いまわしを使ってしまう“クセ”はあるのかもしれませんね。

2000/4/10


◆ことばの話106「滅私奉公」

脳梗塞という思いもよらぬ形で総理の座を退くことになった小渕総理。かわって総理の椅子に座ることになったのが、森善朗・自民党幹事長です。その森さんの座右の銘が



「滅私奉公」



自分が自分が・・・という気持ちを押さえて公のために尽くす、という意味ですが、テレビのニュースを見ていると、この「奉公」の読み方が微妙に違います。



「めっしほうこう」か「めっしぼうこう」か。 濁るか濁らないかという問題です。



「○○奉公」というように最後に「奉公」がつく言葉を「逆引き広辞苑」で調べてみると、

そのほとんどが「ぼうこう」と濁っています。

一つだけ濁らないのが「質物奉公(しちもつほうこう)」という言葉。「江戸時代、身の代金の代わりに奉公して働かされたこと」だそうですが、広辞苑で「質物奉公」をひくと

「質奉公におなじ」とあります。そこで「質奉公」をひくと、なんと、「しちぼうこう」と濁っているではありませんか!



一体どういう事か、岩波書店の広辞苑編集部に聞いてみました。

そもそも、「○○奉公」という場合、「○○」の部分は「奉公」の内容を示し、修飾する語句が来ることが多く、その場合は「ぼうこう」と濁るのだそうです。

ただ「滅私奉公」の場合、「滅私」は「奉公」を修飾しているのではなく、「並列」されているので、本来濁らないのではないか。いろいろな辞書を見てみたが、濁って「ぼうこう」と見出しに付けているものは、今のところない、ということでした。

ちなみにこのパソコンで「めっしほうこう」と濁らずに打って変換すると「滅私奉公」になりますが、濁って「めっしぼうこう」で変換すると「滅私暴行」になります。



二つの言葉がくっついて一つの言葉になるものを「複合語」といいますが、もともとは別の言葉だった訳ですから最初はよそよそしく、アクセントも別々ですが、だんだん一つの言葉として認識されてくると、アクセントの山が一つにつながる「コンパウンド」という現象が起きます。さらに言葉の結びつきの度合いが強くなると、「連濁」、つまり濁る発音に変わります。広辞苑編集部の人は、どちらが先に起こるかは一概には言えないと話していましたが、私はコンパウンドの方が先に来るような気がします。



「滅私奉公」も最初は「めっし(HHL)ほうこう(HLLL)」(Lは低く、H高く発音)と言っていたのが、まず「めっしほうこう(LHHHLLL)」とコンパウンドが起き、次に「めっしぼうこう(LHHHLLL)」と連濁も起きたと考えられます。

本来の意味を考えれば、コンパウンドも連濁も起きないはずですが、人口に膾炙するうちに、一つの熟語として認知されてコンパウンドや連濁が起きたのでしょう。

それに、この言葉自体が、今の世の中「死語」です。言葉が使われないというより、そういった生き方をする人が、若い世代ではいなくなっています。(と、思います。)

だから本来の意味が忘れられてコンパウンドしようが連濁しようが、あまり誰も気にしないのかもしれません。

えっ?それは誰が総理になっても誰も気にしない事に通じるって?・・・・困ったことですね。

2000/4/5

(追記)

その後、テレビの国会中継で野田聖子議員の質問に立った森総理が、「滅私奉公」を「めっしほうこう(HHHLHLLL)」と「奉公」を濁らずに、二つに分ける発音でしゃべっているのを聞きました。

2000/4/26

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