◆ことばの話70「賞味期限」

3・4年前から、食品の包装に「製造年月日」を記さなくてよくなったため、今は「賞味期限」のみが印刷されているのは、みなさんご存知でしょう。

そのせいでしょうか、最近「賞味期限」というフレーズを、食品以外に使うケースを時々目にします。

たとえば、去年の7月下旬の新聞。「ノストラダムスの大予言」関連の図書を集めた展覧会が国立国会図書館で始まった、という記事の中に

「予言の“賞味期限切れ”間近い二十七日」

というふうに使われています。ノストラダムスの予言が「1999年7の月、空から恐怖の大王が・・・」とあったので「予言、ハズレ!」という気持ちがこの「賞味期限切れ」という言葉にこもっているのでしょう。

そしてつい先日も、経済関係の雑誌である「Forbes(フォーブス)日本版2000年3月号」の広告に、

「カリスマの賞味期限」

という大きな見出しが、カギカッコなしで出ていました。この場合「カリスマ」が流行語として使われていることもあり、そのブームがどのくらい続くかということと、各企業のカリスマ的指導者の支配がいつまで続くか、という意味合いでしょう。

それにしても今までは、「賞味期限」なんて言葉を人に使うことはなかったのではないでしょうか。まあ、似たようなものでは、結婚披露宴で新婦の友人が、新婦の「使用上の注意」とか「品質保証書」などを読み上げるのは聞いたことがありますが。良く考えると、大変失礼です。(女性をモノ扱いしている訳ですから。けど、大抵は、新婦の友人、つまり女性が女性に対してやってますが。)

「賞味期限」、今後少し流行るかも、しれませんね。(流行らないか。)

2000/1/28

(追記)

流行っているようです、「賞味期限」。アナウンス部の新しいアルバイトの女性がに聞いた所、「女性雑誌などで、“恋愛に賞味期限はあるのか?”と言うふうな使い方をしているのを見た」そうです。

また、1月29日(土)の読売テレビの番組「あさパラ!」の中で落語家の桂南光さんが

「賞味期限の切れた女は・・・」という発言をして、抗議の電話が1件あったそうです。

やはり、人に対して使うのは「失礼」ですよね。

この言葉を使う時は「使用上の注意」にご留意下さい。

2000/2/2

(追記2)

ブルース・ウィリス主演の映画「ストーリー・オブ・ラヴ」のCMで、「愛に賞味期限はあると思いますか?」というセリフが出てきました。女性雑誌に載っていたのは、たぶんこれのことでしょう。

よく考えたら、「人」に「食べ物」のようなものの言い方をするものが他にありました。「旬(しゅん)」です。また、女性に対して(差別的ではありますが)「食べごろ」と言うのもありました。

まさに「人を食った」話です。

2000/2/7

(追記3)

新潮選書「日本・日本語・日本人」(大野晋・森本哲郎・鈴木孝夫)という本の28ページに 「文明の賞味期限」という項があります。

国語学者の大野晋さんが、哲学者の森本哲郎さんに対して、

「森本さん、あなたは世界中の文明を見て歩いてるけど、やはり文明にも賞味期限みたいなものがあるんじゃないかしら。」

というふうに「賞味期限」という言葉を使っています。あの「日本語練習帳」の著者である大野さん(1919年生まれ)までが、"流行語"である「賞味期限」を使うとは!!もう流行語ではなくて、日本語として定着したと見て良いのでしょうか。

そう言えば、藤本義一さんの最近出た本のタイトルにも、たしか「賞味期限」が使われていたな。「人生の賞味期限」だっけ?

けど「賞味期限」を過ぎても、本当は食べられるんですよ、美味しくないかもしれないけど。食べちゃダメなのは「消費期限」です。お間違いなく。

2001/10/15

(追記4)

村上春樹・柴田元幸「翻訳夜話」(文春新書2000,10,20)に「翻訳の賞味期限」という項目がありました。(81ページ)村上春樹さんの発言の中に出てきます。

「“チャンピオンたちの朝食”。あれね、アメリカで出た時に読んで素晴らしいと思ったんです。ところが日本でなかなか翻訳が出なくて、おそらく十年以上かかってやっと出たんです。でもそのときにはなんかもう気が抜けちゃってるのね。これは賞味期限の問題だと思うんです。」(85ページ)

翻訳も文学も「味わう」ものだから、賞味期限があるんでしょうね。

2001/11/8

(追記5)

小林信彦『名人〜志ん生、そして志ん朝』(朝日選書720:2003、1、25)の19ページに、「B&Bは、自分達を<賞味期限付きの商品>と割り切っている。」 と「賞味期限」が出ています。この文章は1981年に書かれていますから、人に「賞味期限」を使った、かなり早い例ではないでしょうかね。

2003/1/15

(追記6)

久々の追記です。
2006年1月6日の朝日新聞「くる年とる年」という連載コラムの4回目「41歳と22歳」の中で、
「女はクリスマスケーキ。そんな言葉があった。25歳までに結婚しないと『売れ残る』という意味だ。」
という書き出しで、女性の年齢と生き方の変遷について書いてあります。それにしても「女はクリスマスケーキ」は死語でしょうねえ。
その中で、博報堂生活総合研究所の主任研究員・大内悦子さん(41)が出てきます。大内さんは昨秋、『女の産みどき』という本を出版したそうですが、それは3年前に生活総研のリポートとしてまとめたものが、今回の出版に繋がったとか。そのリポートのタイトルは、
「女の産み時・伸びいく賞味期間」
というものだったそうです。
2006/2/3


◆ことばの話69「ふるまう」

以前「ことばの話56」で「大盤振舞」について書きましたが、今回は「ふるまう」です。

今日のお昼の「ニュース・ダッシュ」で、京都のお寺で「笹酒」が参拝客にふるまわれたというニュースをやっていました。「ガン封じ」に良いそうですが、この「笹酒」、はたして「タダ(無料)」で「ふるまわれた」のでしょうか?それとも「お金を取って」「ふるまわれた」のでしょうか?

京都の別のお寺では、年末に中風封じの「大根焚き」という行事がありますが、これは、1000円ぐらいのお金を取っています。この「笹酒」はお金を取っているかどうかについては確認できていませんが、もし有料ならば「ふるまう」にはならないのではないか、と考えたのです。

確かに「ふるまう」という語感から言うと「タダ」でないといけないように感じます。

しかし、辞書をひいてみると「ふるまう」とは「もてなすこと、馳走すること」とあります。ここからは必ずしも「タダ」には結びつきません。

そうすると、たとえお金を取っていても「ふるまう」を使って良いことになります。

また、もしお金を取っていたとしても、それはいわゆる「経済行為」としてのお金ではなく「お布施」なのだと考えると、やはり「ふるまう」という表現も認められる気がしてきます。つまり、寺側が笹酒をふるまったら、参拝者が勝手に喜捨したということですね、形式上は。

まあ要は「笹酒」を「ふるまわれた」人たちが納得していれば良いんですよね。

それにしても「ささ」も「お酒」という意味がありますし、「ささざけ」だと「酒酒」になってしまいそうだなあ・・・それに「ガン封じ」って、いつ頃から言われているんだろうか?100年前に「ガン」という病名があったのかなあ・・・と、また別の心配事が出てきました。ご存知の方、教えて下さいね。

2000/1/28


◆ことばの話68「一番低い最高気温」

寒いですねえ〜。ようやく冬本番!なんでも、この冬一番寒さだそうで・・・。

北海道の占冠(シムカップ)村では、氷点下33度!「ヒエ〜」という悲鳴まで凍りそうな寒さです。また近畿でも、兵庫県の北部で70センチ近い大雪が降っているそうです。

そこで、今日の「読売新聞ニュース」(15:48〜51)でのコメントになるんですが、



「今日は、今年一番低い最高気温だそうで・・・」



ウン?よく聞かないと勘違いしそうですね、

「一番低いのなら、最低気温じゃないの?」と。

そうじゃないんです。

一日のうちで一番低い気温が「最低気温」、一番高い気温は「最高気温」ですよね。

その「最高気温」を1年間ズラッと並べた中で、今日は「一番低い気温」だったので、

「今年、一番低い最高気温」だというわけです。

つまり「今日の最低気温」は「今年の中で一番低くはなかった」ということも、合わせてわかりますよね。もし、最低気温も一番低かったなら、「最高・最低気温ともに、今年一番の低さ」となるはずですから。

おわかり頂けましたか?

えっ?寒くてあまり頭が働かないって?

うーん、また、暖かくなった頃に読み返してくださいね。

2000/1/27


◆ことばの話67「論議と議論」

皆さんは「論議」と「議論」の違い、分かりますか?

はっきり言って、私もよくわかりません。

一応、辞書によると、

「論議」は「ある問題に関し、激しいやりとりの上より高い相互理解やより具体的な施策を進めること」とあり、この言葉を使った文章の例としては、

「(論議が)活発になる」「・・・を巡る〜」「〜がしきりである」「〜が出尽くす」

「〜が盛り上がる」「不毛の〜」「大きな〜を呼ぶ」「〜が集中する」「〜の的となる」「〜の焦点となる」「〜が蒸し返される」「〜がかみあわない」「〜の余地がある」

「〜の空回り」「〜が混乱する」「〜が分かれる」などが載っています。

これに対して「議論」は「ある問題に関し自説の陳述や他説の批判を交互に行い、合意点や結論に達しようとすること」とあります。

文章例としては、

「議論が起こる」「〜が交わされる」「〜が沸騰する」「〜が盛んになる」「〜がかみあわない」「〜が蒸し返される」「〜の分かれる所」「〜を戦わせる」「〜を展開する」

「〜を詰める」「〜は抜きにして」「〜の為の〜」といったものが載っています。

「論議」と「議論」で、同じような使い方をするものは太字の3つの例文です。

確かに同じような意味に使われがちですが、微妙なニュアンスの違いがあるのも確か。

思うに、たくさんの人がいろいろ意見を出すのが「論議」、ディベートのように二つの意見の是か非かを言い合うのが「議論」のような気がします。

どうでしょうか、この意見には「論議」の余地がありますか?「議論」を戦わせます?

2000/1/25


◆ことばの話66「再クローン牛」

コンピューターの世界と遺伝子工学の世界は、正に「日進月歩」。

ついこの間「クローン牛」が出来たかと思ったら、なんですか、今朝の朝刊では「再クローン牛」が出来たとか。つまり、クローン牛のクローンから出来た第二世代のクローン牛というわけです。

こう、文字で書くと「何となく分かったような気になる」んですが、これ、放送で音だけ聞くと、ヘンですよ。だって



「サイクローンうし」



ですから。まるで、「サイクロン牛=台風牛」のようです。

しかし実際の放送では「サイクローンうし」とは言ってませんでした。



何と言っていたかというと、



「リクローンうし」



・・・昔「ブックローン・チャイクロ」というコマーシャルがあったなあ・・・。

大阪・心斎橋には「リクローおじさんのチーズケーキ」ってのもあったな。

「リクローン牛」も、なんか変です。

ちなみに、テレビの画面には「再クローン牛」と字幕が出てきたのですが、その「再」の上には「リ」とルビがふってあったのです。これもなんか変だなあ。

表記にこれだけ違和感があるのは、やっぱり「再クローン牛」という存在そのものに違和感があるからでしょうかねえ?

2000/1/25

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