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スワッチのアニメ日記タイトル
■2010年02月18日  『高橋先生アフレコ訪問』



 先週は映画の予告編アフレコがあったことを書きましたが、最近はいろんな収録物のてんこ盛り。毎週ある本編の収録もこなしながら大量な原稿に取り組んでくれる、高山みなみさんはじめ役者の方々には本当に頭が下がります。やはり映画も公開される春は「名探偵コナン」の季節。僕らスタッフもすべからく面白い作品をお届けするために、小さいことから大きいことまで丁寧に作業していかなくてはいけませんね。

 そんな作業の中には「名探偵コナン 漆黒の追跡者(チェイサー)」BD版でネットで見られるパブリシティ映像の収録がありました。ここには高山さんや監督、いろんなスタッフのインタビューコメントなどが毎週?更新されていてかなりな必見もの。3月6日アップの僕の回はこれで2度目の収録。なんか勢いづいて話しちゃいけないことまでしゃべっちゃった気がします。

 で、そろそろ蔵出し、冒頭の写真は今回の「名探偵コナン 天空の難破船(ロスト・シップ)」のために実際に乗せていただいた飛行船です。ホント大きいでしょー。実はこの日付は2009年6月15日、ずいぶん前にロケハンしてるのであります。この時はデモンストレーション飛行で埼玉県桶川から横浜上空まで南下、渋谷方面から都心をぐるっとまわって約2時間の優雅なフライト。もちろん同乗メンバー音効の横山さんは窓から風の音を採取したり、脚本の古内さんは飛行船の構造取材に余念がなく、山本監督も美術の渋谷さんらとその飛行をどのように絵にしていくかを話し合っていたりの充実した取材。さあ実際の映像にはどのように反映されるでしょうか、今の時点では僕も含めて大きくお楽しみに!であります。

 先日の「犬夜叉 完結編」のアフレコスタジオに原作者の高橋留美子先生が訪問されました。前のシリーズでも1度おいでいただいて、それから何年ぶりになるでしょうか。もう大詰めになってきたストーリーを一つ一つ踏み締めるように吹き込む役者さんの様子を、じっと噛み締めるようにご覧になっていた先生。アフレコ終了後、犬夜叉役の山口さん・かごめ役の雪野さんから花束を渡されて「犬夜叉のすべては役者のみなさんのおかげです」とコメントされました。もちろんそれもあるのですが、先生に言われるとちょっと違いますよね。

 この日収録に参加した総勢20名の役者、そしてスタッフ一同、高橋先生を囲んでその後もステキな時間を過ごすことができました。われわれすべてのスタッフの想いが完結するまであと少しです。「犬夜叉 完結編」第21話「奈落の体内へ」この回の変化球ポイントは七宝ちゃんでしょうか。相変わらずおかしいキャラですが、画面からは予断を許さない緊張感が感じられます。とにかくもう多くは語りません。クライマックスへの突入をお楽しみください。

『アニメ村のステキな住民』略してアニ民28人目。

 今週はトムスエンタテインメント(TMS)・吉岡昌仁さんです。
 「名探偵コナン」では僕と並んでチーフプロデューサーでクレジットされてる吉岡さんも僕と同学年。サンライズ富岡P同様アニメ業界に3人いる同学年友人の一人です。先述の飛行船にも同船した吉岡さんを今回はよっしーと呼ばせてもらいます。実は僕は「ロボタン」というTVアニメで1985年から当時のTMS・東京ムービー新社に出入りしているんですが、なぜかお互いを知ることもなく、それから10年後の1995年3月「魔法騎士レイアース」2人目のプロデューサーとして突然出会うことになります。

 僕にとってよっしーは古い言い方ではありますが"戦友"みたいなものです。その年齢で出会ってそんな戦友感覚になれるのは、やはりそれからの短期間にいくつもの戦いをくぐってきたからでしょうか。仕事には違いないそれを戦いと言ってよいものかどうか、いずれにしろどんなときにもよっしーは真正面からぶつかっていく、そんなイメージがあります。

 伝説の作品「魔法騎士レイアース」はその作品が求めるものの高さゆえ、現場は強烈な戦場状態でした。この業界ではよくあること、なんですがこの作品ではいろんなことが特別でした。特にすべての点において優秀合格な成績だったこの作品、ただひとつTVでの視聴率が苦戦していたのです。その責任はもちろんこの僕、いろいろ悔しい思いもしました。でもとにかく作品の面白さやクオリティアップのために奮闘していたよっしーの姿は、そのデスク周りの雰囲気とともによく覚えています。作品のためにもそしてわれわれスタッフのためにも、いったい何度朝まで語り合ったでしょうか。

 そのころお世話になっていたのが小学館の奥山さん。当時の少年サンデー編集長代理という立場だった奥山さんは、2人にとっての師匠であり良き相談相手でした。何度も3人の舞台になった歌舞伎町という街は、僕にとってはそのころの色彩のままです。その奥山さんの指導の下、レイアースに続いて1996年1月8日スタートしたのが月曜夜7時30分「名探偵コナン」。

 実はコナンはよっしー率いるレイアースチームが、大きく柱となったスタッフの作品となりました。お互い気心の知れているTMS柳内Pのフォローも受けて、よっしーの踏ん張りもあって普通ではあまりないパターン、同じ枠で同じ制作会社の続投となったのです。こだま監督の参加オファーもして準備期間をしっかりとって、ほぼ万全のカタチで放送開始した「名探偵コナン」の視聴率は関東地区8.5%(ビデオリサーチ調べ、以下同)でした。

 へこみそうになる気持ちと自信を持とうよという気持ちを抱えながら、よっしーと新井薬師Tでどろどろ飲んだ記憶が鮮明です。ちなみに2週目には11.9%となり以降10年近く一桁視聴率には無縁な躍進が続くことになります。

 ちなみに今の土曜18時の視聴率は関東関西ともに10%前後。できれば常時2桁でありたいですね。それを支えるのはまず今のプロデューサーTMS山川君とYTV北田君ですが、もうひとつ大事なのがそれを後ろで支える、よっしーと僕の体力かもしれません。お互い50歳を超えてそうムチャをしていてはいけないんですよ。あ、ムチャをしていっちゃうのが僕ら猪年生まれの宿命なのかな。とにかくご自愛しましょーね。




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